彼は誰時

それから数日後、私はいつものように芹沢さんに呼ばれ肩を揉んでいた。

「それで揉んでいるつもりか?もっと力を入れろ!」

精一杯の力を込めて揉んでいるが、この人の凝りが酷いんだ。
そう思いながら、必死で体重を乗せる。

「……全く、井吹君の物覚えの悪さには驚かされます」

芹沢さんの脇に控えてる新見さんが馬鹿にしたように私を見やりながら言った。
イラッとはするけど新見さんの嫌味にも聞きなれた。
私はそのまま無言で揉み続ける。

「芹沢殿……殿内です」

その時、廊下側の障子の陰から声がした。

「ん?どうした」

「折り入ってお話したいことがあるのですが」

「なんだ?……入れ」

芹沢さんに促され、障子が静かに開く。
殿内義雄…確かこの男はそんな名前だった。
殿内は芹沢派の浪士で、何回か会話した事もあったが、あまりいい印象を持たなかった。
好き好んで話したいとも思わない。

「で、話とはなんだ?」

芹沢さんがぶっきらぼうに言うと、芹沢さんの前に座った殿内は芹沢さんの顔色を窺いながら口を開いた。

「率直に伺いたいのですが……芹沢殿は、あの近藤のことをどう思っておられるのですか?」

近藤と言う言葉に、私は肩を揉む手を止めてしまった。
ピクリと反応して止まった私なんて気にも止めないように芹沢さんは唇に不適な笑みを浮かべながら殿内を見る。

「どう……とは?」

「先日定められた【局中法度】……そして、今の浪士組の体制に関してなのですが、あれは全てあの土方と三南が勝手に取り決めたものと聞いております。
拙者は、この浪士組を率いていくのは芹沢殿以外にないと思っているのですが……。
芹沢殿はなぜ、あのような者どもに好き勝手な真似をさせておくのです?」

「……そうだな。このまま、捨て置くことは出来んか」

うんうんと新見さんも頷きながら聞いている。

「……事におよぶ際は、是非拙者に」

殿内はそう言い残し深々と礼をした後、部屋を出て行った。

「参りますか、芹沢先生……」

「犬、俺が帰る前に酒を買っておけ」

芹沢さんは呆然としている私に背中でそう命じると新見さんと共に部屋を出て行った。
事におよぶ際って……どういう意味……?
いつの時代もある派閥争い。
その時に起きる出来事……。
脳裏に過る最悪の仮定に慌てて頭を振る。
そんな訳ない。きっと……そんな、わけない。
いくら芹沢さんだって…そんなはず……。
そう言い聞かせても、心に渦巻く不安は消えなかった。
その時、ふと浮かんだ顔は近藤さんでも土方さんでも山南さんでもなく、あの不安定な表情をした沖田だった。


私は余計な事を何も考えないように雑用で誤魔化して、芹沢さんに頼まれたお酒を買って戻ってきた時には、すっかり辺りが暗くなっていた。
徳利を持って八木邸の前を通りかかった時。

「龍之介!」

足を止め声がかかった方向へ顔を向けると平助だった。
近くには永倉と原田、そして斎藤も一緒にいる。

「おまえ、総司を見なかったか?」

「えっ……」

走り寄ってきた平助の問いに私の心臓がドクンと鼓動する。
なんだか、嫌な予感しかしない……。

「夕飯の時間だから部屋に呼びに行ったんだけど……どこを捜しても見当たらねえんだよなぁ」

ため息混じりに平助が言うと永倉が口を開く。

「何か、殿内とかいう隊士と二人で歩いていた所を見た奴がいるんだけどよ。……そいつと総司は仲がいいっていうわけでもねえし、何で二人で歩いてたんだろうな……?」

「っ!!」

まさか、あの話を沖田が知って……!?
その事に思い当たった私は、急いで踵を返す。
走りだそうとした私の腕を原田が掴んだ。

「お、おいっ!?」

「早く沖田を探しに行かないと!」

焦ったように言う私に原田が真剣な様子で尋ねてくる。

「……龍之介、何か知ってるのか?」

そんな事、話してる場合じゃないのに!
そう思ったが、話さないと手を離してくれそうもない。

「知っている事があるなら話せ」

「…実は」

斎藤の言葉に促されるまま、私は芹沢さんの所で聞いた話を早口で説明した。
私の話を聞いた四人は顔をしかめ、斎藤は土方さんに報告しに、永倉、原田、平助は沖田を探しに行く事になった。
もちろん、私も一緒に探しに行くつもりだった。
なのに、斎藤に「詳しく話せるのはお前だけだ」と腕を引っ張られ八木邸の座敷に座らされていた。
目の前には近藤さん、その左右を山南さん土方さんが座り、背後には井上さんと斎藤が座っており、囲まれるように座っている私はなんだか落ち着かなかった。

「で、その殿内と総司が、なんだって一緒に出かけてるんだ?」

私の話を聞き終わった土方さんが苛ついて訪ねる。

「それは俺にもわからない」

「他にその話を知っている者は居るのか?」

首を振る私に近藤さんが問いを重ねた。

「そこに居たのは、芹沢さんと新見さんだけだった……」

多分、芹沢さんが沖田に何か言ったのだろう。

「くそ!芹沢さんが、何か総司に吹き込みやがったんじゃ?」

同じ事を思ったのだろう土方さんが苛立ちながら立ち上がる。

「副長、どちらへ?」

立ち上がった土方さんに斎藤は訊いた。

「総司を捜してくる。そんな話を聞いたんなら……あいつ、何をしでかすか分からねえ」

「手分けして探しましょう」

山南さんもそう言って立ち上がったときだった。

「総司!」

「うるさいな。どこも怪我なんかしてないって言ってるでしょ」

玄関の方から平助と沖田の声が聞こえてきた。

「今の声!」

私が声を上げると土方さんが部屋を飛び出した。
私も斎藤も土方さんに続いて玄関に向かった。

「総司!」

「あれ、土方さんに一君。どうしたんですか?そんなに慌てちゃって」

草鞋を脱いで立ち上がった沖田は、のんびりした口調で振り返った。
その沖田の姿を見て絶句する。
沖田の着物や顔におびただしい返り血が散っていたからだ。
な…んで……。
その血の意味することに、私は言葉も出ず、その赤から目を反らすこともできず、ぐるぐる『なんで』と頭の中で問いかける。

「総司、てめえ……その血は……」

呻くように土方さんは言った。

「……説明なら、中でしますよ。少し休ませてくれませんか。人を斬ったばかりで、疲れてますから」

そういい放った後、沖田は八木邸の中へ姿を消した。


私は、とぼとぼと前川邸へ戻る。
沖田の話なんて聞きたくなかった。
彼は人を斬ったと言った……それがすべての答え。
…近藤さん…
あの血を纏った沖田を見た時の近藤さんを思い出す。
驚き目を見開いて、信じたくないといった近藤さんの表情。
近藤さんにとって今夜の出来事はどんなに辛いことだろう……
近藤さんの沖田に対する気持ちは数日前に聞いたばかりだった。
きっと弟や息子のように可愛がっていたに違いない。
そんな沖田が仲間を斬り殺してしまうなんて……。

芹沢さんはまだ戻ってないようで部屋の中はがらんとしていた。
芹沢さんとは、今日はもう顔を合わせたくなかったので、ホッと息をつく。
買って来たお酒を部屋に置くと、自室へ戻り布団へ潜り込んだ。
私は寝ようと目を瞑るが近藤さんや土方さん……そして血に濡れた沖田がちらついて、なかなか眠る事が出来なかった。


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