彼は誰時

「うぅ…………」

「大丈夫か?龍之介」

心配そうに永倉が私の背中を擦り、私を支えながら歩く。
永倉の手を借りながら、私はやっと地面に降り立った。

浪士組の資金調達の為に、芹沢さん、新見さん、近藤さん、土方さん、永倉、沖田が大坂にやって来ていた。

ここにくるまで、舟に乗ってきたのだが、それが物凄く辛かった。
私は乗り物が苦手で……舟酔いをしてしまったのだ。
舟に乗るって分かってたら芹沢さんの命令だとしても絶対に行きたく無かった。
しかも、あの殿内の一件からまだ十日も経っていなくて……あの面子の舟旅……空気が最悪だった。
ぴりぴりとした空気に舟の揺れ。
酔わないように遠くを見てたけど、ダメだった。
甲斐甲斐しくも永倉は具合が悪くなった私の事を面倒みてくれた。
早く舟から降りたくて、やっと揺れない地面にたどり着いたとき泣きたくなるぐらい嬉くなった。
帰りも舟に乗るのかと思うと凄く憂鬱……。

「井吹君、大丈夫か?」

ふらつきながら、歩く私に近藤さんも心配そうに声をかけてきた。

「……なんとか」

「不甲斐ないな」

芹沢さんが私に冷たい目を向けながら言う。

「……悪かったな……」

私は乗り物が駄目なんだい…。
覇気がなく言う私に、芹沢さんはふんと鼻を鳴らす。
帰りはあるのか知らないけど酔い止めが欲しい……。
そんなことを思っていると、近くを調べ回っていたらしい新見さんが走って戻ってきた。
なんか、【平野屋】という両替商に行く事になったらしい。
まだ舟に乗ってるようなぐらぐらとした感覚が続き体調が悪くて、話をろくに聞いてなかった。
芹沢さんと新見さんだけで店の中に入るらしく、私達は店の中に入らず、外で待つ事になった。
私は立っているのがしんどくて店の壁に背中を預けて目を瞑る。
そうする事で少し気分が楽になってきた。

「おい、」

その声に顔を上げると土方さんが不機嫌そうな顔をして私を見ていた。
その顔を見て私は慌てて背中を壁から離ししゃんと立つ。
ちゃんと立って待ってないから、怒られるっ!
そう思ってびくびくしていると、無言でつき出された竹筒。

「え……?」

意味が分からず竹筒と土方さんの顔を交互に見ると、はぁと土方さんはため息をついた。

「ただの水だが、これ飲めば少しは楽になるだろ」

「え、あ。……ありがとう」

竹筒を押し付けながら言う土方さんに私は竹筒を受け取りながらお礼を言う。
土方さんはチラリと私を見るが、すぐに視線を反らして近藤さんの方に歩いて行ってしまった。
ありがたく、竹筒に口をつけ水を飲むと気持ち悪いのが流れていくようだった。
……あれ……これって、もしかして……間接キスでない!?
飲んでしまってから気付いた事に、私は慌てた。
いやいや。土方さんが飲んでたか分からないし。
うん。きっと大丈夫だ。
そう言い聞かせてると

「あ〜あ、僕は土方さんが口付けたもんなんて絶対嫌だなぁ……」

沖田がそんなことを言いながら近付いてきた。
え?今、なんて言いました?
口つけたって言いましたか?
……間接キス確定……?
え、いやいや……うわぁあ…!

「井吹君って……衆道の気でもあるの?」

私が表面には出さない様にしながら心の中で慌ててると、沖田がそんな事を言ってきた。

「は?……しゅどうってなんだ?」

意味が分からなくて首を傾けて聞く。

「……」

すると、呆れたように沖田は私を見下した。

「な、なんだよ…?」

「……分からないなら、分からないままでいいよ」

沖田はため息をついて、馬鹿にした様に首を振る。

「なんだよ。気になるじゃないか……!」

聞き出そうと私が沖田を見上げた時――

「ですから、旦那様は留守にしていると申しております!」

平野屋から悲痛な声が響いてきた。

「この無礼者が!」

芹沢さんの激高した声に続き、鉄扇を叩くような音がした。
私と土方さん達はハッと薄暗い店の中を凝視する。

「我々は、攘夷報国の実を上げる為に東国より遥々参った誠忠の士であるぞ!」

芹沢さんが、若い男――多分、お店の人――を蹴りあげようとしているのが目に入る。

「よせって、芹沢さん!!」

私は慌てて店に入り芹沢さんに駆け寄るが

「ええい!貴様は下がっていろ!」

「うわっ!?」

そのまま突き飛ばされてしまう。
そのまま背中を打ち付けると思われたが

「おっと。大丈夫か?龍之介」

永倉が受け止めてくれた。心配そうに顔を覗き込まれる。

「あ、ありがとう。俺は平気だが……」

永倉にお礼を言い、芹沢さんへ目を向けると鉄扇で若い男を殴っている所だった。

「も、申し訳ございません!」

その時、店の奥から店主と思われる男が腰を低くして走り出て来た。

「どうかこれにて、ご無礼お許し下さい」

男は【小判 金五拾両】と 書かれた包みをふたつ並べて置くと、土下座をする。

「なんだ、居るじゃありませんか」

新見さんが嫌な笑みを浮かべながら、その男を見下ろす。
金を受け取った芹沢さんは、店に入ってきた皆を引き連れて平野屋を後にし、店から出た途端、我慢出来ないというように近藤さんが口を開いた。

「芹沢局長!これはどういうことですか!我々は大坂まで浪士組の資金を借り受けに来たのですぞ。これでは京で押し借りを働く不逞浪士と変わらぬではありませんか!」

いつもは温厚な近藤さんが、これほどまで怒りをあらわにしているところなんて見たことがない。
だが、芹沢さんは平然とした態度で口を開く。

「この時世、あぶく銭を溜め込んでいるというのは、異国人相手に儲けているということだ。そういう悪徳商人に懲罰を与えるのも、攘夷の一環だと思うがな」

「そりゃ、こじつけじゃねえか!」

土方さんが声を荒らげると、新見さんがやれやれといった様子で口を挟む。

「では、あなた方には浪士組の資金を調達する当てが他にあるんですか?」

「それは……」

「芹沢先生は自ら憎まれ役になって資金を集めてらっしゃるというのに。行動もせずに批判するのは、いかがなものですかね」

確かにそうかもしれないけど、それにしたってやり過ぎな気がする……。
そう思いながら成り行きを見守る。
芹沢さんは黙ったままの土方さんと近藤さんに鋭い視線を向ける。

「お前達は、悪を演じることも出来ぬのだな」

「何だと……!?」

近藤さんは弾かれたように顔を上げ、土方さんも芹沢さんの物言いに目を見張った。

「武士は、市井(しせい)の民から畏怖される存在でなければならん。ましてやこの先、不逞浪士と戦っていくつもりならば、何人からも恐れられる覚悟を持て」

「覚悟、だと……!」

土方さんは驚愕に目を見開きながらも、芹沢さんをぐっと睨み返した。
覚悟……か。
その時ちらりと芹沢さんが、こちらに視線を向けた。
確かに私と目が合った。
それは、一瞬の事だったけど、
『貴様も、さっさと覚悟を決めろ』
そう言われた気がした。


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