その夜、八木邸に集まった隊士達の前で、上機嫌に近藤さんは話し出した。
「君達のお陰で、会津中将様より大変有り難いお言葉を頂戴することが出来た!今日は無礼講だ。好きなだけ飲んでくれ!」
「うわー!」
お酒好きな平助や原田、永倉から歓声が上がる。
そんなにお酒飲みたいもんかね……。
そして、酒宴が始まった。
私は末席に座り、壁に寄りかかって周りで起こる事を見ていた。
原田がお酒が入ると始まるという名物の腹芸をやるために上半身裸になった時は、さすがに固まった。
だんだん耐性がついてきたとはいえ、程よく筋肉がついて引き締まった身体を間近で見るのは恥ずかしい。
見ないように視線をずらすけど、チラチラとどうしても見てしまって。
よし、見るんだったら私は龍之介(男)なんだから、堂々と見てしまえっ!
厚い胸板、割れた腹筋……そこには原田が切腹した時に出来た傷……。
痛かったろうな…。
腹を斬っても生きていて良かった。
じゃなきゃ、原田に会えなかった訳だし。
その傷を使って顔を書き原田が動き出す。
平助も永倉もそれを見ながらゲラゲラと笑う。
「ぷっふふっ」
ぐにゃぐにゃ動く顔が可笑しくて、私もこっそり笑った。
「近藤さん。僕が勝った試合、見ててくれましたか?」
「ああ、ちゃんと見てたぞ!総司は随分腕を上げたな」
沖田が嬉しそうに笑いながら、近藤さんと話している。
その様子にほっとしたのか土方さんは穏やかな顔でお酒を飲んでいた。
やがて宴もたけなわとなった頃
「おい、呑んでるかぁ!龍之介!」
離れた場所に座っている永倉が叫ぶ。
「呑んでないよ」
「龍之介、おまえも呑んでみろよ」
いつの間にか近くにやって来た原田が右手の盃に口をつけながら、左手にあるお酒が入った盃を私に差し出した。
「え、いや……」
「ほらっ」
断ろうとする私に半ば押し付けるように原田は盃を渡した。
私は、それを受け取るしか出来なくて、原田を見た後ジッと盃を見つめる。
龍之介って、一体いくつなんだろ?
未成年なんじゃないのかな?
でも、今の時代はそんなのないのか…?
もんもんとそんな事を考えていると
「見てるだけじゃしょうがねえだろ」
私の隣に座った原田は、呆れたように言った。
ちょっとだけ、舐めるだけだったら大丈夫だよね。
私は意を決して盃に口をつけた。
「うぐっ!?」
いきなり横から腕が伸びてきて私の手を掴むと、無理矢理に持ち上げられた勢いで口の脇からお酒が溢れた。
それでも多少のお酒が口の中に入り、そのままの勢いでゴクッと飲んでしまった。
「ゲホッゲホッ、ゲホッ〜〜〜〜っ!」
噎せながら、その腕の人物をキッと睨み付ける。
「おー、なんだ酒呑めるじゃねえか」
ひょうひょうと私の睨みなど、恐れることもなく原田は言い放った。
「今のは呑めるっていうより、無理矢理呑ませただけだろうが!」
知らん。こんな酔っ払い知らん。
もう前川邸に戻ってやる。
私は、そう思いながら立ち上がる。
「ちょっ、待てよ」
手を掴まれたと同時に、急に立ち上がったからかクラリと目眩の様なものを起こす。
立ちながら耐えていると、次はカカカと身体が火照ったように熱くなった。
「おい、大丈夫か?」
心配気に私を覗き込む原田に私は何も応えられない。
物凄く身体が熱い。
水が飲みたい。
先ほどまで、自分が飲んでいた湯飲みに手を伸ばし一気に飲み干した。
「あっ!」
誰かの焦ったような声が聞こえたのを最後に、私の意識が無くなった……というか、それ以降の記憶が全くない。
いつの間にか私は前川邸に戻って自室で眠っていた。
どうやって戻ったのか、あの後はどうなったのか全く覚えてなくて。
でも、きっと自力で戻ってきたのだろうと、そう思っていた。
芹沢さんに会った途端、「この駄犬がっ!」と殴られ、平助や原田、永倉も昨晩の事を聞いても、もう酒は飲むなと言われ、何をしたかは教えてくれなかった。
沖田に至っては「井吹君って、意外に積極的なんだね」と意味深に笑うし、斎藤も私と目を合わせようとせず、目が合ったら合ったで直ぐに反らされた。
私は一体みんなに何をしたんだっ!?
私は頭を抱えながら、誰か教えてくれ。と懇願した。
*****
井吹が一気に飲み干した湯飲みには、お酒が入っていた。
それを知っていた藤堂は慌てて止めようとするが、すでに遅く……。
井吹は全て飲み干した後、バタンと倒れ込んだ。
「おい、龍之介大丈夫か!?」
藤堂が駆け寄り、顔を覗き込むと井吹はぼんやりと視線を向ける。
顔は真っ赤に染め上がり、心なしか目も潤んでいる。
「へぃすけ……みずちょうだい……」
井吹は呂律が回らない様子で藤堂に懇願する。
「分かった!今、持って来てやるから!」
藤堂は、そう言うと水を取りに勝手場まで走って行ったのだが、そこへニヤニヤと笑う沖田がやって来た。
「井吹君、はい。お水」
湯飲みを差し出された井吹は、素直に受け取るとお礼を言い起き上がりながら一口飲む。
「げほっげほっ!さけ!これもさけじゃないかっ!」
「あ、ごめーん。水じゃなかったんだね」
「総司!龍之介、悪かった。酒弱かったんだな」
悪びれもせず言う沖田に原田はたしなめ、心配そうに井吹を覗き込む。
「……うー……なんで、そういじわるばかりするんだぁ……おきたは、おれのこときらい?」
うるうると目を潤ませて、沖田を覗き込むように見上げた井吹は、謀らずとも上目遣いになる。
「……そんなこと、ないけど」
一瞬、目を見開いた沖田だったがすぐに顔を元に戻し答えた。
「ほんとーかっ!」
嬉しそうに笑う井吹に流石の沖田でもタジ、となる。
「なんだか龍之介、性格変わりすぎじゃねえか?」
その様子を見ていた永倉が困惑したように原田に言うと原田も困惑気味に呟く。
「酒を飲むと人が変わる奴もいるって言うが……ここまで変わる奴も見たことねえな」
「ながくらと、はらだは、おれのこときらいなのか……?」
その会話を聞いてか、井吹は悲しそうに原田の服の裾を掴みクイクイと引っ張り原田を覗き込む。
「嫌いじゃねえけどよ。とりあえず、落ち着け龍之介!な?」
永倉は落ち着かせようと、宥めにかかるが、井吹はくりんと首をひねり永倉を睨み付け、じわじわと目に水を溜め、ついにはポトリと溢した。
「な、泣くなよ龍之介」
焦ったように永倉はポンポンと井吹の背中を叩くが、井吹の目からはポロポロと涙が流れて止まらない。
「あー!新八っつぁん!なに龍之介を泣かせてるんだよ!?」
水を取りに立っていた藤堂が戻ってきた途端に声を上げる。
「平助、これには深い訳があるんだぁ」
「総司が、追加で酒を飲ませたみたいでな。多分、酔っ払って何がなんだか分からなくなってるんじゃねえのかな」
永倉、原田、藤堂が話している間に、斎藤は藤堂が持ってきた湯飲みを取ると井吹へ差し出す。
「井吹……、平助が水を持ってきた。とりあえず、これを飲め」
「……うん。さいとーありがとー」
ヒグヒグと涙を流していた井吹だったが、斎藤から湯飲みを受け取り、泣き笑い顔を向けた。
コクコクと水を飲む井吹の姿は、なんだか井吹の周りに花が咲いているような……そんな、ほんわかとした空気が流れていた。
水を飲み終わった井吹は、涙を拭くと近くに座った斎藤の肩にコテンと頭を乗せる。
「さいとーは、優しいねぇ」
甘えるような仕草をする井吹にドキリと心臓が鳴る斎藤。
「ちょっ、龍之介!一君が困ってるだろ!」
「あー……そっかぁ。ごめんな、さいとー」
平助が井吹の肩を掴み離すと、井吹は謝りながらへにゃりと笑った。
それを間近で見た二人は、目を見開いて動かなくなる。
「……?」
きょとんと、そんな二人を不思議そうに井吹は眺め、近藤と土方がいる場所に目を向ける。
ふらりと立ち上がった井吹は、そのまま覚束無い足取りで二人に近づく。
「お?井吹君、どうしたんだい?」
近藤の問いにも答えず、じーっと土方を凝視する井吹に、土方も目を向ける。
「なんだよ」
「……ひじかたさん……ここ、にーってしてるぞ」
井吹は自分の眉間を指差しながら言う。
「ほっとけ」
その言葉に、ますます土方は眉を寄せる。
おもむろに井吹は、土方の眉間に手を伸ばした。
「あんまり、にーってしてると、あとがつくよ?」
伸ばし、伸ばしというように無邪気に笑いながら撫でる井吹に土方は虚をつかれたように目を丸くした。
「あっ、なくなった!このほうがいいよねー?こんどーさん」
「あはは、確かにそうだなあ」
井吹が嬉しそうに近藤を見ると近藤も朗らかに笑いながら頷く。
「……フン」
土方がそっぽを向いたと同時に、広間の襖が開いた。
「おい、犬。いつまで油を売っているのだ」
入って来たのは芹沢だった。
「あー、せりざわさんっ!」
ニコニコと駆け寄る井吹。
急に走ったことで酔いが回ったのか、ふらりと井吹は芹沢に倒れ込んだ。
それを難なく抱き止めると芹沢は広間を睨み付けた。
「犬が世話になったな。行くぞ」
「へへっ、せりざわさ〜ん」
ぎゅうっと抱き付いて離れない井吹に芹沢はため息をつく。
それを羨ましそうに見てる者、殺気を出す者と様々な者がいた。
「あまり引っ付くな気持ちの悪い」
芹沢は、そう言いながらも無理矢理離そうとはせず、仕方ないとばかりに抱き上げた。
「……!」
俵担ぎをされた井吹は恥ずかしそうに暴れるが芹沢は気にせず「まったく、世話が焼ける犬だ」と踵を返し歩き出したのだった。
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