私は数日経つうちに、傷が癒え起き上がって自分で粥をすすれるようになった。
相変わらず、目が覚める度に夢落ちでなかったとガッカリする。
夢の癖に傷は痛むし、お腹は減る。眠くもなるし……。
ここでの死は本当の死……になるかもしれない。
もしかしたら死ぬことで現実に戻れるかもしれないが、そんな勝てるかわからない賭けはしたくない。
この世界は私が現実だと思いたくないだけで現実なのかも知れない。
やがて立ち上がることもそう苦ではなくなると、障子を開けて庭を眺めたりした。
庭が土だ。しかも広いし。キョロキョロと周りを見渡す。
やはりテレビで見た古い家に似ている。
平助にこの浪士組の事を聞いたり、さりげなく今何年か聞いたりした。
話によると、ここの人達は浪士組として幕府の募集に応じ江戸から上洛してきたらしい。そして今は文久3年……。
文久っていつだよ。
幕府、という単語を聞く限りかなり前の日本なのだろう。
それに刀を腰に下げてるし、廃刀令が出る前。
廃刀令って確か明治……に出たはず。
ああ、ちゃんと日本史を勉強しとくんだった!
*****
「あれ?」
障子を開け、私の使っている部屋に入って来た平助は声を上げた。
「どうしたんだよ。その格好」
なにかおかしいだろうか。
私は置いてあった服を四苦八苦してなんとかして着た。
ゲームかアニメの世界のような服なんて……。
なんだかコスプレしている気分だ。
「なんかおかしいか?」
首を傾げて聞く私に平助は違う違うと手を振る。
「そうじゃない。急に着替えてどうしたんだって聞いてるんだ」
「ああ、いつまでも世話になってる訳にもいかないだろ?記憶が正しければここの誰かに助けてもらったと思うんだ。そいつにお礼と挨拶をしてここを出て行くよ」
「出て行くって……どこか行く当てでもあるのか?」
さあ、どうだろう……。
私には行く当てなんて全くないけど、この龍之介にはあるかもしれない。
沈黙する私に平助はため息をつく。
「礼を言うのは悪くないと思うけど、行く当てもないのに出て行くことないんじゃねえの?……まあ、オレが決められる事じゃないけどさ」
「確かに行く当てなんてないが、なんとかなるだろうさ」
「ちょ、ちょっと待てって!」
部屋の隅に立てかけてあった刀(多分龍之介のだろう)を帯に差して部屋を出ると、平助も廊下へ出てくる気配がした。
その声と気配に足を止めることなく歩き続ける。
果して、出入口はこっちの方向であってるのだろうか。
あ、恩人だと思われる名前と部屋の場所を聞くのを忘れてた。
はたと思い当たり立ち止まると同時に声が掛かった。
「平助、誰だそいつ?」
無造作に赤髪を縛った大柄な男がちょうど私が通り過ぎようとした部屋から出て来て行く手を阻まれる格好になった。
彼の隣にはもう一人、別の男の顔もあった。そちらの男は短髪頭に緑色の鉢巻きを巻いている。
うわっ…なにこのイケメン!
まじまじと赤髪の男を見る。
長身だし女の人にモテモテなんだろうなー。
きっと引く手あまたで女には困らないに違いない。
平助はワンコみたいに可愛いけど。
「あっ!左之さん!新八っつぁん!」
追い付いた平助が二人を見て声を上げた。
どっちが左之でどっちが新八だろう。
私は二人の顔を見比べる。
「お前、いったい何者だ?」
赤髪の男が目を鋭くして私に問いかける。
何者って言われても困るな。
「上洛の途中で、芹沢さんが拾ってきたヤツだよ。ようやく怪我が治ってきたと思ったら、出て行くっていうからさ」
腰に手を当てた平助が、ため息混じりに説明する。
「なるほど、道理でどこかで見た顔だと思った」
「えーと、お世話になりました。その芹沢さんってのが俺を助けてくれた人なのか?」
私は赤髪の男にペコリと頭を下げ、平助を見る。
「ああ、そうだよ」
「そうか。んじゃその芹沢さんに挨拶してくる。聞くの忘れてたが部屋はどこだ?」
「おいおい、まさかそのままで行くつもりなのか?」
呆れたように言う赤髪長身の男に私は顔を向ける。
「いや、このままはさすがに……」
そういえば顔も洗ってないんだった。
首を振る私に緑色の鉢巻きをしてくる男が口を開いた。
「お前、名前は?」
「あ、……井吹、龍之介です」
つい、自分の名前を名乗りそうになってしまった。
危ない危ない。
さっきから、ため口だったり敬語だったりキャラが安定しない。
鏡を見た顔は生意気そうだったから、どんな人にも敬語は使わなそうなんだよね。
本当に気を付けないと。
「『龍』か、いい名前だな」
赤髪の男がそう言う。
いい名前だってよ龍之介。
曖昧に笑う私に何かを感じたのか男は一瞬真剣な表情になるが、ニッと笑うと自分を親指で指しながら口を開いた。
「俺は原田左之助。そっちは永倉新八ってんだ」
イケメンが左之で短髪筋肉が新八だったらしい。
さっきから思ってたけど、本当この人筋肉ムキムキだよなぁ。
かなり鍛えたんだろうなー。
「ん?なんだ?」
ジロジロと見ていたからか永倉が不思議そうな顔してこちらを見る。
「いや。なんでもない」
慌てて視線を反らした私に首を傾げながら
「顔を洗うなら井戸はあっちだぞ」と教えてくれた。
「井戸まで一瞬に行ってやろうか?」
「大丈夫だ。一人で行ける」
平助の申し出に首を振り答えると、私は踵を返して三人に背を向けた。
prev next