新八、左之なんて呼んだら馴れ馴れしいだろうか。
永倉さん、原田さんなんて龍之介だったら呼ばない気がするし…。
新八さん、左之さん…?
ここは、永倉、原田と呼び捨てにする方が無難か。
いや、出て行くなら呼び方なんてどうでもいいのか。
なんて考えながら、教えられた通り中庭に出てみる。
「えーと、井戸は……あった」
頭を巡らすうちに、井戸はすぐに見つかった。
「井戸使うのって初めてだ」
多分、縄で繋がられているこの桶を中に入れて引っ張ればいいのかな。
「う、いしょ」
井戸水を汲んだ桶は意外に重く感じられる。
数日間寝込んでたから、体が鈍ったのか…。
そんなことを思いながら引き上げる。
手を入れた水は意外と冷たかったが、勢いよく顔を洗い勝手に持ち出した手拭いで顔を拭っていると―。
「そこ、どいて。邪魔だよ」
「えっ……!?うわっ!」
突然声が聞こえたかと思うと、左肩を引っ張られそのままの勢いで尻餅をついてしまう。
いっ、たいなぁー。
「な、何するんだ!」
「何って?こんな所にぼけっと突っ立ってる方が悪いんだよ。この井戸は君一人の物じゃないんだから」
顔を上げると、細身の男が井戸の縁に腰を掛け私を見下ろしている。
意地の悪さや揶揄するような笑みを浮かべていた。
顔はなかなかのイケメン!
だけど性格悪いかもなぁ。
「確かにそうかもしれないけど、終わるまで待ってくれてもいいじゃないか」
服についた土を払いながら私は立ち上がる。
「なんで僕が君に気を使わなきゃいけないの?そうしなきゃいけない理由なんて、どこにもないし」
…そりゃあ、そうか。
私はここに拾われた、よくわからない男だもんな。
知り合いでもなんでもないし。
「沖田君」
近づいて来る足音と共に、静かな声が呼びかけた。
沖田というのがこの男の名前だろうか。
「その辺にしておいたらどうですか」
真っ直ぐ下ろした肩までの髪に丸い眼鏡の優しそうな男は困ったような表情をして沖田を見ている。
「…わかりましたよ。山南さん」
……なんだ、この人意外に素直なんだな。
困ったように笑って引き下がる沖田。
やっぱり仲間にはそういう態度ってことか。
「あなたは……確か、芹沢さんが助けた人でしたよね?名前は…井吹君…でしたか?怪我のほうはもう大丈夫なんですか?」
山南と呼ばれた男は私を見ながら言う。
「まあ、お陰様でずいぶんよくなったよ。……それで、その芹沢さんっていう人はどこにいるんだ?」
私は芹沢さんの名前が出たので山南という男なら居場所がわかるかと思って聞いてみた。
「芹沢さんなら外出中ですが」
「……外出中かぁ」
今、ここにはいないのだ。出てくにも挨拶しないで出てくなんてしたくないし、待つしかないかな。
「何?芹沢さんになんか用でもあるの?」
沖田が訝しげに聞く。
「ああ、あんまり居座ってるのも悪いからな。怪我もだいたい治ったし挨拶と礼をしてから出て行こうと思ってな」
「ちょっと待って、もしかして芹沢さんにしか挨拶していかない気?」
突然、目を鋭くした沖田に私は戸惑いながら口を開いた。
「いや、世話になった奴に挨拶しようと思ってるんだが……他の誰に挨拶すればいいか分からないんだ。よかったら教えてもらえるか?」
「近藤さん」
「近藤さん?」
「この浪士組の一番偉い人だよ」
沖田は誇らしげに胸を反らしながら言った。
その仕草がなんとも可愛らしい。
ああ、きっとこの人は近藤さんが大好きなんだな。なんて思った。
「近藤さんが口を利いてなかったら、君は今ごろ飢え死にしてたかもね」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる沖田。
なんか、いじめられる対象を見つけた…というような表情だなぁ。
顔がひきつりそうになるのをなんとか我慢し、気にしないことに決める。
「そうか。なら一番に行かなきゃな。近藤さんはどこにいるんだ?」
「それでしたら、私が案内しましょう」
山南さんがそう申し出たので、「よろしく頼む」とお願いし山南さんの後に続いた。
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