15.赤いリンゴに唇寄せて



「大丈夫?」
「フミちゃぁん…しんどいぃー」
「そりゃ39度も熱あったら、しんどいよねぇ」

よしよし、と近寄ってきてフミちゃんが頭を撫でてくれる。

烏養さんに連絡先を渡した日、帰り道に結構な雪が降ってきて慌てて帰ったけど結局熱を出してしまった。

「インフルじゃなかったんでしょ?」
「うん…でも熱引かない。喉痛くてご飯食べらんないし…」
「頑張り過ぎたんじゃない」

フミちゃんはくすくすと笑って、買ってきたゼリーやポカリスエットをテーブルに置いていく。
烏養さんへのアタックのことを言ってるんだろう。
私は揶揄われていることに少しムッとして、布団を口元まで上げた。

「お母さんは…?」
「おばさん、ちょっと出掛けるって。帰ってくるまで私いるから」

フミちゃんは優しい。
私が男の人だったらフミちゃんみたいな女の子がいいな、と思う。
それに比べ私は。

「フミちゃん」
「んー?」

フミちゃんは持ってきた小説を読んでいる。
その横顔が、とても綺麗だな、と私は一瞬見惚れる。

「私がフミちゃんみたいだったら、烏養さんも振り向いてくれるのかな」
「何それ」

フミちゃんが短く笑って、私を見た。
ポロポロと涙が頬を伝って、フミちゃんの顔が滲んで見える。

「馬鹿だねぇ。熱出るとメンタルぐずぐずになるよね、あんた」
「だってぇ…」

子供のように泣く私を、フミちゃんはただ笑うだけで慰めもせずに放っておいてくれる。
大丈夫、そんな不安は今だけだよ、って言ってくれてるみたいに。




「寝た」

静かに寝息を立てる名前を見て、私はつい笑ってしまう。

可愛いなぁ、と思う。
小さい頃からずっと一緒だけれど、昔から変わらず彼女は可愛い。

私の可愛い名前。

これが何の感情なのか意図的に曖昧にさせてきたし、今もやっぱりそのままにしている。
これからもはっきりさせるつもりはない。
彼氏だって作れたし、ちゃんと異性として好きだと思うから。
これでいいのだ。

だけど、だからこそ、私には分かる。
烏養さん。
あの人はきっと名前のことが好きだ。
時折お店で談笑している2人を見ることがあるが、ふと名前が視線を逸らした時に彼女を見る烏養さんの目。
あの目は愛おしいものを見る、優しい目だ。

「はぁ。ムカつくわぁ」

穏やかに眠る名前の紅色の頬を押してみると、ふにゃっと笑って、フミちゃん、なんて言うものだから酷い。

烏養さんは大人で、きっと色々なしがらみを突破できないでいるんだろう。
そんなしがらみ、私に言わせれば些細なことだけれど。

「ただいまぁ。フミちゃん、ごめんねー」
「いえいえー」

おばさんの声がして、私は鞄を持って慌てて立ち上がった。
おばさんに、今寝たところだから、と言うと、ご飯食べてかない?、と聞かれ私は断る。

今日はこれから行くところがあるのだ。