16.来訪者



「こんにちは」
「いらっしゃい」

ちらりと視線を上げると、たまに彼女と一緒に店に来る子だった。
整った顔立ちの、大人っぽい雰囲気を持つその子は確か、彼女の話だと嶋田の従姉妹だったはず。
この子が1人で店に来たのは初めてだな、と思いながら見ているとガムを手に取ってカウンターに真っ直ぐ向かって来た。

「お願いします」
「はいよ」

ガムと一緒に差し出された代金を受け取る。

「あー…あの、いつも一緒に来てた」
「名前ですか?」

ガムを持ったまま、カウンターの前に立っているその女子の顔を見上げると目が合った。

「名前のこと気になります?」

俺を見下ろしたまま、彼女がにこりと笑う。

「…まぁ、いつも来てたのが、ぱたっと来なくなったらそりゃあ…」

あんなに毎日来ていたのに、ここ3日程姿を見せていない。
案外もう飽きたか?と思ったりもしつつ、烏野の女子の制服を見ると反応する自分が情けなかった。

「名前、今熱出して寝込んでます」
「熱?」
「えぇ。彼女よく体調崩すんですよ」

溜息を吐きながら言うその言葉を聞いて、あの日急に降り出した雪のことを思った。
やっぱり送って行くべきだったかと今更後悔しても遅い。

「ここに来れないこと、苦しいって、烏養さんに会いたいって泣いてましたよ」
「な…」

あぁそうか友達だったらそういう話もしてんのか、と納得するが、物凄く恥ずかしい。
目が合うと、ゆったりと彼女が微笑んだ。

「心配だったら連絡してあげてくださいね、きっと喜ぶと思うので。
連絡先教えましょうか?」
「…いや、いい、です」

こめかみを押さえて手を振ると、そうですか、と軽快な返事が返ってきた。

「あの、さ」
「はい?」

帰ろうとしているその背中に声を掛ける。

「なんていうか、あいつが俺を、そのなんだ、好きなこと、友達として止めないのか?」

口にしてみて、俺は何を女子高生に聞いてんだ、と物凄い羞恥心に襲われた。

「いや、いい、すまん、忘れて」
「止めて止まるようなもんじゃないでしょう、そういうのって」

言いかけた俺に被せるにようにして、彼女が口を開いた。

「それに、私は別にいいと思いますよ。
年齢のこと気にしてるなら、どうせいずれ皆大人になるんですし気にすることではないでしょう」

一気にそこまで言うと、一旦止まって、それに、と付け加えた。

「貴方ならきっと、名前に変なことしないだろうなと、話してみて思ったので」

それじゃあ、と言い残してさっさと店を出て行く彼女を、呆然と見送った。
目を瞬いて、我に返って携帯を取り出す。
携帯の履歴から嶋田の名前を探し出してかけた。


「おう、どうしたー?」
「おい、嶋田!お前の従姉妹なに?!怖ぇんだけど!」
「は?なに?フミのこと?」
「そう、その子!」
「…お前、まさか、フミに手出したのか?!」
「…はぁ?!何でそうなんだよ!!」
「おかしいと思ったんだよ、やたらフミがお前のこと聞いてくるから!」
「いや、待て待て待て!更に怖ぇんだが?!
お前、俺の情報ホイホイ人に喋ってんじゃねぇ!」