06.縁は異なもの味なもの



「あ、嶋田のお兄ちゃん」
「あ、名前ちゃん…イカしたTシャツ着てるね」
「そうでしょ」

ふふん、とお父さんにもらった、筆文字で『大吟醸』とデカデカとプリントされた白いTシャツを引っ張って見せる。
お母さんには「あんた、その格好でいくの?」と呆れられたけれど、内心で、ほら見たことか、とお母さんに当てつけてみる。

フミちゃん繋がりで、嶋田のお兄ちゃんには小さい頃から可愛がってもらっている。
優しい人なので面倒見がいいのだ。

「お遣い?」
「うん、お母さんに卵2パック買ってきてって」
「はいはい、ありますよ」

今日はお1人様2パックで卵がお安い日。
はい、と丁度補充しようとしていた卵を渡してくれながら、そういえば、と思い出したように嶋田のお兄ちゃんが眉を寄せた。

「最近、フミが変なこと聞いてくるんだけど、名前ちゃんなんか知ってる?」
「変なこと?」
「坂ノ下商店の跡取り息子のこと、やたら聞いてきてさ」
「え?!いや?!全然知らない!ごめん帰るね!」

慌ててその場を離れて、バクバクする心臓に合わせて早足でレジに向かった。

こんな波及の仕方をするとは。
フミちゃんごめん。
心中でフミちゃんに手を合わせた。

お店の外に出て歩き始めると、もう日が暮れ始めているのにアスファルトに篭った熱がまだ熱い。
ふと空を見上げると、入道雲が茜色に照らされてとても綺麗だ。
思わず携帯を取り出してカメラを立ち上げて写真を撮る。
こうやって綺麗な景色とか、ものとか動植物とか人とか、写真に沢山撮っておいて絵の題材にする。

「あれ?君」

不意に声をかけられて振り向いた先にいた人を見て、私は目を見開いた。

「烏養さん」

思わず名前を呼ぶと、今度は烏養さんが目を見開く。

「あれ?俺名前言ったか?」
「あ、え、いや、あの、えっと…嶋田…さんに」

言い慣れない、嶋田さん、という呼び方に詰まって我ながら怪しい。
でも烏養さんはそこはあまり気にならなかったみたいで、それよりも“嶋田”という名前の方に引っ掛かったようだ。

「え、なに?嶋田と知り合いなの?」
「幼馴染と嶋田の…嶋田さんが親戚で、私も昔からよくしてもらってて」
「へぇ、そりゃ偶然だな。俺と嶋田、同級生なんだよ」
「そう、だったんですね」

めちゃくちゃ知ってましたけどね、と口に出さずに付け足す。

これで話はお終いかなと思ったが共通の知人がいたことでテンションが上がったのか、烏養さんは嬉しそうにニコニコしながら、「今からその嶋田に会いに行こうとしててな。ほんと偶然だな」と言った。
私はそんな烏養さんにぼーっと見入っていた。
何だか夢みたいだな、なんて思いながら。


「つか、すげぇTシャツだな」

烏養さんの言葉にハッとして自分の格好を改めて見る。

最悪だ。
よりによって、大吟醸Tシャツで。

泣きそうになるのと、恥ずかしさで顔が赤くなるのと、同時に感じながら死にそうな気持ちで口を開いた。

「あの、これは、うちのお父さんが酒蔵で働いててそれで…」

しどろもどろで言い訳めいたことを口走ると、烏飼さんの目がさっきよりも数倍大きく見開かれた。

「え?酒蔵って安本酒造さん?」
「え、あ、はい…父は蔵人ですけど」
「安本さんとこの職人さんっていったら、苗字さんと、」
「あ、苗字です。父です」
「えー?!苗字さんとこの娘さんってことは確か…名前ちゃんじゃないか?」
「え?あ、はい…名前です…」

よりにもよって烏養さんから自分の名前が出たことに頭が追いつかない。
烏養さんは、へー、とか、はー、とか言いながら感心したように私を見ている。

「あ、悪い。いや、君の親父さんと俺飲み仲間」
「は?!」
「ははは!こんなことあるんだな。よく店で親父さん君の話してるから、名前覚えちまった」

お父さん…、と心中で頭を抱える。

お父さんはこの街の酒蔵で働く蔵人(お酒を作る職人さん)だ。
多分店とはお父さんの行きつけの居酒屋だろう。
地元の酒蔵の酒を卸している店で、自分の作った酒を飲むことが好きだといつも言っている。

「…父が、いつもお世話になってます」
「あ、いえいえ、こちらこそ」

お互いに頭を下げて笑う。
こんな日が来るとは。

「そうか、君が。親父さんが、可愛いって溺愛するの分かるな」

烏養さんのいつものニッとした笑顔を見て、私は固まる。

ーか、可愛い?!

お父さんが外で何を言っているかということよりも、烏養さんが今目の前で発した言葉が衝撃でフリーズする。

「家は近いの?」
「…っ!は、はい、すぐそこです!」

そっかじゃあ、まぁ大丈夫か、と空の明るさを確かめて烏養さんは、じゃあな名前ちゃんと言い残して行ってしまった。

烏養さんの背中を見送って、踵を返して走り出す。
頬や額に汗で髪が張り付くけど、全然気にならない。

ーダメかも。

そんな呟きが胸を過ぎる。

本当になってしまう。
そんな予感はずっとずっとしていたけれど。
ここにきて完全に落ちてしまったかもしれない。