07.ココアに幸せを見る



「こんにちは」
「おう。こんにちは」

いつもの引き戸を開けると、いつもの烏養さんの声がする。

もうすっかり日常になったこのやりとりを、私はでも大切に思っている。

夏休みが終わってしまえば、あっという間に秋がやってきた。
日が沈むのも随分早くなって、ついひと月前までは明るかった空がもう放課後のこの時間には暮れかけている。

「今日、遅かったな」
「委員会があって」

定番もアイスから季節の移ろいと共にココアに変わった。
暖かいココアの缶を商品棚から取りながら答える。

烏養さんは、委員会!懐かしい響きだな、と楽しそうに笑っている。

「懐かしいっていってもそんな昔じゃないでしょ?」
「いやいや、高校時代だぞ?昔も昔だろ」

烏養さんの大きな掌に、お釣りが来るくらいのお金を渡す。
お釣りをもらいたくてこんなことしてるなんて、きっと烏養さんは思いもしないだろう。
最近やっとできるようになった会話に、歳の差という大きな壁を感じて悲しい。

あの日道端でばったり会ってから、私と烏養さんの距離は少しだけ近くなった。
求めているような甘いものではないけれど、知り合いの娘を気にかける程度の興味は持ってくれているだろうと思う。
今のままでも十分だけど、それでもあの日以来名前を呼ばれることはなくて、どうせなら名前を呼んでくれるくらい近づけたらいいのになとか、そんな我儘を思うこともある。

「ほい、お釣り」
「あ、」

ぼうっとしていたところに声を掛けられて慌てて手を差し出したが、掌の端に当たってお釣りが落ちかけた。
烏養さんの大きな手が、受け取り損ねたお釣りを私の手ごと掬うようにして受け止めてくれる。

「…っと。セーフ」
「す、いません」

私はパッと手を引っ込めてココアを掴む。

とてもじゃないけれど、烏養さんの顔なんて見られない。
すっかり馴染んだ定位置に座ることもせずに店を出た。

「っつ〜…!」

自転車の側に座り込んで、ぎゅうっとココアを握りしめた。