11.恋は思案の外
「こんにちは」
「おぅ」
いつものように坂ノ下商店の引き戸を開けてくぐると、烏養さんが新聞から顔を上げたところだった。
「お願いします」
「あいよ」
いつものココアの缶を出して、お釣りがくる程度のお金を渡す。
烏養さんの大きな手がいつものように、私の掌にお釣りを落とした。
「なんだ。いいことあった?」
「いや、特には」
そう言いながらいつもの席に座ると、期待した返答と違ったのか烏養さんが私を見た。
「そうなのか?」
「そうですよ」
昨日のこと気になってるんだろうな、と思いながら、下手くそな烏養さんがいいなと思って笑ってしまう。
「なんだよ」
心外だと言いたげに烏養さんはむすっとして頬杖をついた。
「昨日先輩に告白されました」
「そうか。よかったじゃねぇか」
烏養さんの顔がパッと明るくなる。
「断りました」
「えっ」
今度は驚いた顔。
「好きな人がいるから」
真っ直ぐに烏養さんの目を見た。
烏養さんがたじろぐのが分かる。
「烏養さん、私、烏養さんのことが好きなんです」
もう誤魔化すのも逃げるのもやめた。
心は不思議と落ち着いている。
烏養さんは、あ、とか、う、とか言葉にならない声を出して、口をパクパクさせたかと思うと、顔がみるみる真っ赤になっていって、一気に脱力したように長い溜息を吐いた。
「…ちょっと、待ってて」
ボソリとそう言うと、烏養さんは携帯を取り出して耳に充てて、母ちゃん店頼める?ちょっと出たいから、と電話を掛けた。
「送ってく。今日自転車か?」
「いえ、今日は歩きです」
「そうか、じゃあ車出すわ」
烏養さんの後に続いて店を出ながら、私は張り詰めていく心臓の痛さにぎゅっとスカートの裾を握った。
続