10. 誰か烏の雌雄を知らんや



「え、まじ?!」

フミちゃんが電話越しに大声を出して、私は一旦携帯を耳元から離した。

「うん、まじ」

再度携帯を耳に当てて応じると、へぇ、と電話の向こう側で今度は何か考えるように静かに言う。
バスタオルでゴシゴシと濡れた髪の毛を拭きながら、フミちゃんの反応に苦笑した。


さっきまで先輩と一緒にいた。
送ってくれると言うので、坂ノ下商店から2人で帰ってきたのだ。

『告白されてからさ、ずっと、名前ちゃんのこと考えてたんだ』

2人で久しぶりに笑って話をしながら道を歩いていると、先輩が不意に言った。

『彼女いたんだけど、他校だし、本当はもうお互いダメだって分かってたんだけどズルズル付き合っててさ。
それで改めて色々考えて、俺やっぱり名前ちゃんのこと好きだなって。
彼女とは別れようと思う。だから俺と付き合ってくれないかな』

きっと先輩は私が二つ返事でOKを出すと思ったんだろう。
そりゃ彼女と上手くいってなくて、すぐ側に自分のことを好いてくれる女の子がいれば、その子と付き合いたいって思うだろう。
“丁度良かった”って、そんなところだったんだと思う。

ー最低だ。

先輩の告白を聞いて、私が落胆したのは私自身にだった。

同じだ。
私が烏養さんに最初に抱いた感情と。

きっと彼には悪気はない。
私も同じ穴の狢だからよく分かる。
純粋に、本当に無邪気に、次の好きな人を見つけたのだろう。
だけど、だとしても、これはとても。

相手に対して失礼なことだ。


「で、どうしたの?」

フミちゃんの声に我に返って、私は力なく笑った。

「うん、断った」



ちゃんと立ち止まって頭を下げて、私は言葉を絞り出した。

『ごめんなさい。でも、付き合えません』

顔を上げたら、先輩がきょとんとした顔をして、それから真っ赤になったこと思い出す。

『そっか…そうだよね。ごめんな、変なこと言って』
『いえ、いいんです。
でも、ただ、彼女さんとはちゃんと話し合われた方が良いですよ。私が言うのもなんですけど…』

本当、私が言うなよって感じだよと、思い返しても思うが、先輩は、うん、ありがとう、と困ったように笑って頬を引っ掻いた。
彼のこの癖好きだったな、と思った。
私は彼の、優しくて素直で人の良いところが、凄く好きだったんだ、と。

『先輩、今まで、ありがとうございました』
『…俺の方こそ』

最後にお礼を言って、そして私たちは握手をして分かれた。



「ねぇ、フミちゃん」
「ん〜?」
「フミちゃん本当はさ、私が烏養さん好きになったって言った時、別に発展は望まないって言った時、どう思った?」
「それ言わせる?」
「…いや、いいや、ごめん」
「まぁさぁ、価値観は人それぞれだしね。
でも名前はどっかで、自分で気がつくんじゃないかと思ってた」

フミちゃんは小さく笑うと、じゃあね、と言って電話を切った。