12.恋は仕勝ち



「…それで、さっきの話だけどな」
「はい」

烏養さんの車、烏養さんの匂い、烏養さんの運転する横顔。
頭が沸騰しそうでも、真剣に話をしようとしてくれる烏養さんに私も答える。


「本気か?」
「本気じゃなきゃ言いません」
「…だよな…。あのさ、俺がいくつか知ってる?」
「24?」
「いや、なんで知ってんの?」

嶋田さんが、と言うと、あっそうか、と烏養さんは顎を触った。

「じゃあ、分かるよな?」
「何がですか?」
「いや、だから。17と24だぞ。無理だろ」
「歳の差なんて関係ないです。うちの両親は10歳差ですよ」
「いや、そういう問題じゃなくてだな」
「烏養さんが言ってるのってそういう問題でしょう」

私がきっぱりと言うと、烏養さんはまた溜息を吐いた。
さっきから何度目だろう。
困った、という顔をして首に手をやっている。
断る理由を探してるんだろうな、と私はチラリと見慣れない烏養さんの横顔を見た。

「…その…俺の何が良かったの?」

突然の質問に私は思わずその横顔から目を逸らして、自分の手に視線を落とす。

「何って…」

挙げようと思えば沢山ある、烏養さんの好きなところ。
でもそれが好きになった“理由”かと言われれば、何か違うような気がして。
気がついたらもう、烏養さんでいっぱいだった、っていうのが正しい気がする。

「… 今だけだって。自分にないモンに憧れて、勘違いしてんだよ。俺は、君が思ってるような良い男じゃねぇよ。
たまたま振られた日に、たまたま優しくした大人に少し目が眩んだだけだ。
だから」
「勘違いじゃないです!」

思わず出た大きな声に烏養さんが目を見開いて、丁度赤になった信号で車を止めた。

「烏養さんの声聞くだけで嬉しくなったり、姿を見ただけで息が詰まりそうになったり、こんなに苦しいくらい、好きで、触れてみたいって思ったり、この気持ちが勘違いなんて」
「わ、わかったわかった!!!」

詰め寄る私を手で制して、烏養さんが口を手で覆った。

「なんか、キャラ変わったね…」
「そうですか?」

惚けながらも、確かに、と思う。
吹っ切れたというか、開き直ったというか。
なんだか、凄く清々しい。

車が再び走り出して、沈黙が降りてくる。
チラリと横顔を盗み見たら烏養さんはひどく困った顔をしていて、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

「あ、そこの公園の前で大丈夫です。すぐそこなので」
「お、おぅ」

車をゆっくり路肩に寄せて停めてくれた。
言わなくちゃ、と私は拳を握る。

「別に、私今すぐ烏養さんと付き合いたいとか、言ってるわけじゃないです」

暫くの無言の後、私はゆっくりと自分の気持ちを紡ぐ。

「あと1年とちょっとで卒業です。
大学生になれば烏養さんが心配してる年齢は問題じゃなくなるでしょう?
少しでも未来に可能性が欲しいだけなんです。
それとも、私に可能性はないですか?」
「それは…」
「好きなんです、烏養さん」

ぐっと言葉に詰まった烏養さんをじっと見る。
これが、きっと、今私ができる最上のことだ。
絶対にめげない。
好きでいることは自由なはずだし、断られたからって不思議と心は挫けなかった。

「…だぁーっ!もう勝手にしろ!俺は知らん!」

烏養さんが吐き出すように言って、ハンドルに突っ伏した。

「じゃあ…!」
「あぁ…。気持ちを消せっつったって無理だろうしな…」
「うん、無理です」
「ただ言っとくけどな、現時点で俺らはなんでもねぇんだぞ。
お前の気持ちを受け入れたわけじゃない。受け止めたってだけだ」
「十分」
「これから始まるかも分かんねぇぞ」
「でも可能性があるってことですよね?」
「…とにかく、これだけは言っとく」

うつ伏せていた顔をこちらに向けて、烏養さんが私を見た。

「もしも、万が一、俺の気持ちがどうこうなったとしてもだ。
お前が高校在学中に、俺からお前に何かすることはない、絶対に。
だから、もし他に同年代の好きな奴ができたら、何も言わず、迷わずそいつの所へ行け」

そんなことはあり得ない、と口を開こうとしたら、いいな、と念を押されて私は頷いた。

「烏養さん」
「ん」
「また明日」
「あ、あぁ…またな」