19.風光る
「あれ?今日早ぇな」
「始業式だったので早く終わったんです。部も休みになったから…」
あっという間に冬が終わり、春が来て高3になった。
今日は始業式で学校は午前中で終わり。
いつものように坂道を駆け降りて、烏養さんに会いに来た。
「そういや、部長になったって言ってたな」
「まぁ、部長っていっても3年が私ししかいないんで自動的に…。
1年が入ってきてくれないと潰れちゃうとこでしたけど、今年は3人もきてくれたのでなんとか存続できます」
元々部員の少なかった美術部は、後輩を可愛がってくれていた先輩たちが卒業して、3年の私と、2年の後輩2人の3人という部になってしまった。
部として成立する条件として部長とは別に最低5人は部員が必要なので、1年生3人が入ってくれたことでギリギリお取り潰しを免れたのだ。
そんな部なので顧問も片手間に持ってくれている程度で、あまり積極的に部の運営には関わってくれない。
どんな部でも顧問が顔を少しでも出さないと活動できないので、こういう学校が午前中だけの日とか、長期休みは休みになることが多いのだ。
「こういう、部活が沢山できる日に休みって、どうなんだろうと思うんですけどね」
私としては烏養さんに早く会えるのは嬉しいことだけど、後輩たちからしたら部活したいんじゃないかなぁと思う。
「部長らしいこと言うじゃねぇか」
「らしいっていうか、部長ですもん」
「はは、そうだな。ま、頑張れよ」
烏養さんはそう言うと、私の頭にポンと手を乗せて中断していた品出しに戻っていった。
ーっつ…!!狡いって、そういうの…。
私は烏養さんの不意打ちをまともに食らってクラクラしながら、ここ数ヶ月の彼の変化を振り返って思う。
明らかに優しくなったし、なんだろう、少し前まであった意図的に出してる緊張感みたいなものが無くなった。
そして、何よりも大きな変化がある。
「名前、ハタキとって」
「あ、はい」
こういう、ふとした時に何気なく名前を呼んでくれるようになったことだ。
ーあぁ〜…!!!…好きだなぁ。
幸せすぎて、溶けてしまいそう。
「こんにちはー。あっ!名前先輩!」
「わぁ!皆いるじゃん」
噂をすれば美術部の面々が入ってきて、私はさっと立ち上がる。
考えてみれば、この時間に部活してないのは極少数の文化部だけだし、坂ノ下商店は学生の帰りに寄る定番の店で、部員に鉢合わせるのは自然な話だ。
「先輩、ミーティングの後急いで帰っちゃったから、用事あるのかと思ってましたよ」
「え、あー、うん。用事は、なくなったの、あったんだけど!」
可笑しな言い訳をしたら、後輩は首を傾げて、烏養さんが声を殺して笑っているのが視界に入った。
頬に熱が差すのがわかる。
「…?まぁ、いいや、何もないなら一緒に帰りましょうよ」
「今、土手の菜の花がすごい綺麗なんですよ。見に行きません?」
後輩たちが楽しそうに笑って私を見た。
正直、ここに残って烏養さんといたいけど、でも。
『あんたは良くても、相手は社会人なんだから。気をつけなね』
フミちゃんに言われた言葉を思い出す。
「いいねぇ、行こう行こう」
先に出とくね、と店を後にした。
気にしないと豪語しつつ、やっぱり20代と高校生なんて側から見ればよろしくないんだろうな、と最近少し冷静になってきて思うのだ。
私はいいとしても烏養さんに迷惑をかけたくない。
ーほんと、気をつけないとなぁ。
そう思って振り返ったら、扉越しに烏養さんと目が合った。
ふっと笑って、少しだけ首を傾げる。
その些細な仕草で“またな”と言われているのがわかって、私は頷いて背を向けた。
ふにゃふにゃな顔になってるのが、自分でもわかるから。
続