20.花の便りの来る頃には



「花見?」
「そうなのよ。お父さんが毎年行ってるでしょ」
「えーやだよ。だっておじさん達酔っ払ってめんどくさいんだもん」

お母さんの提案に顔を顰めた。

軽い気持ちで、お父さんは?、と聞いたら、酒蔵の職人さん達の毎年恒例の花見に行ってると教えてくれた後、わざとらしく思いついたように、久々に行ったら?と言ってきたのだ。

お母さんの魂胆はわかっている。
私がいればお父さんが飲み過ぎないと思っているんだろう。
そんなことはない。
私がいようが、いまいが、うちのお父さんは飲みすぎるのだ。

「いいじゃない。それにお父さん、あんたのこと自慢したいんだから」
「それも嫌なの!」

お父さんは酔うと私のことを大きな声で自慢しだすのだ。
娘が可愛いのは100歩譲ってわかる。
でも、嫌がってるのに気がついて欲しい。
まだ中学生だった頃までは一緒に行っていたが、実際一番嫌なのはそれで、高校生になってからは行かなくなってしまった。

「ていうか、もう6時じゃん!何時からやってるの?」
「3時くらいからよ。
ね、お願い、ちょっと言ってお父さんの様子見てきて。
潰れそうだったら迎えに行かないといけないから、早めにお母さんに連絡して欲しいの」
「えーやだぁ!絶対絶対絶対酔っ払ってるもん!」
「お小遣いあげるから、ね。出店もいーっぱい出てるよぉ、きっと」

ニコニコと笑って言うお母さんの提案に、う、と私は言葉を詰まらせる。




「お、名前が来るってよ。もう着いてるはずだけどな」
「おお、3、4年ぶりじゃないか?別嬪になっただろうねぇ」
「そりゃもうな。母ちゃんに似たのが良かった。写真あるぜ」
「いや、今から来るんだろ?直接見るからいいって」

隣に座る親父さんと、蔵元の安本さんの会話を聞いて、俺は携帯を開く。
時間を確かめると、7時前。
チラリと横に座る嶋田が俺を見た。


町内会の若手メンバーと酒蔵のおっさん連中と、こうして花見と称して呑むようになったのはつい1年程前からだ。
酒は酒蔵のメンバーが提供し、場所取りとつまみは若手が準備する。
名前の親父さんと呑むようになったのも、この会が切っ掛けだった。

ー何も知らずに来てみて、俺がここにいたら気まずいだろうなぁ。

彼女がここに来ることを考えて、そう思う。
俺だって気まずい。
先に会って言えるなら言っておいた方がいいだろう、と立ち上がった。

「おい、繋心。どっかいくのか?」
「え、あぁ、ちょっとトイレに」
「もしこの子が迷ってるの見かけたら連れて来てくれんか?」

ほろ酔いの親父さんが写真を見せてくれて、可愛いだろう、と笑う。

ー知ってるさ。

罪悪感を感じて、誤魔化すように苦笑した。

歩きながら電話を掛けるが出ない。

ーまだそんなに遅い時間じゃないが。

少し心配になるが、桜まつりの花見会場までは一本道だから歩いてればどこかで見つけられるだろう、と歩き出した。