21.花風に舞う



春風でカットソーの上から羽織ったロングカーディガンが揺れた。

ーいい匂い。

道に屋台が並び、活気の良いお兄さん達の声が辺りに響いている。

結局お母さんの口車に乗せられたことを恨めしく思ったが、久しぶりに来た地元の桜祭りは大いに賑わっていて楽しい。

「何にするー?おねぇちゃん可愛いからサービスしたげよっか」

きらきら光るいちご飴に惹かれて、ふらふらと近寄っていくとお兄さんが軽快に声をかけてきた。

「えっと、じゃあ、いちご飴ください」
「300円だけど、連絡先教えてくれたら、100円にしてあげるよ」
「じゃ、俺の連絡先教えてやるから、りんご飴まけてくれよ、兄ちゃん」

困ったなと笑っていたら、不意に背後から聞き慣れた声が聞こえてきて心臓が跳ねる。
パッと振り向くと予想通り烏養さんが立っていて、お兄さんを見て不敵に笑っていた。

「いいぜ、俺の連絡先で良かったら?」

目が全く笑っていなくて怖い。

屋台のお兄さんは慌てて愛想笑を浮かべて、なんだ男いたのかよ、とブツブツ言いながら結局りんご飴をおまけしてくれた。

行くぞ、と短く言う烏養さんに、私は黙って着いていく。

「お前なぁ、ああいうのちゃんと断んねぇと危ねぇだろ」

屋台の列から離れたところまでくると、烏養さんが呆れた顔でそう言って飴の入った袋を差し出した。

「ほら」
「あ、ありがとう…あ、お金、」
「いいよ。奢り」

背の高い烏養さんを見上げると、ニッと大きく笑った。

ーあぁこの顔。

気持ちがふわふわと浮き上がってくる。


「烏養さん」

思わず名前を呼んで、私はゆっくり息を吐いた。
烏養さんの視線が落ちてきて、交わる。

「私、」

人通りが一瞬途切れて、喧騒が消えた気がした。

「貴方のことが、好きです」




痛いくらいに、烏養さんのことが好きだ。
伝えても伝えても、伝えきれないくらいに。

それと同時に彼のこの目線が、誰か別の女性ひとへ注がれてしまう日がくるんじゃないかと思うと堪らなく怖い。
私に向けてくれる視線が、優しくて、暖かいものになればなるほど、その喜びを知ってしまえばしまうほど、胸が張り裂けそうになる。

フミちゃんが言うように、自分の気持ちだけじゃなくてちゃんと相手のことも考えて行動しなくちゃと、理性では分かっているけれど。

それでも。

今、烏養さんが私に向けてくれている心がなくなってしまわないうちに、彼の心が欲しいって、そう思うのはわがままだろうか。