22.世界はそれを愛と呼ぶんだぜ



ーそうか、そうだよな。

言葉とは裏腹に、不安気に、苦し気に、揺れる視線を受け止めて思う。

ー情けねぇなぁ。

言葉にして言わなくても、いいと思っていた。
いつかもしその日がくるのなら、その時に伝えればと。
言葉にすることで、足枷になるのではないかと、傷つけることになるのではと、それが怖かった。

だけどそれは結局のところ、きっと1番彼女を傷つけることだと、気がつけていなかった。
子供扱いして向き合おうとしないことが、この子を守ることになろう筈もないのに。

ーしかし、俺はつくづく…。

見上げてくる必死な目を見て思う。

この目に弱いんだよなぁ、と。

この目を見ていると、困ったことにずぶずぶに甘やかしてしまいたくなるのだ。

「俺も…」

ーいかん。

安易な言葉を口にしそうになるのを、止めようとして掌で口を抑えた。

「…前に言ったこと覚えてるか?」
「前に?」
「お前の高校在学中に俺からは何もしないって言ったこと」
「…うん」
「なんであんなこと言ったか、分かるか?」

彼女が視線を逸らす。
頬に落ちた睫毛の影を見て、息を吸った。

「高校時代ってな、本当に不思議な、何にも代え難い時間なんだよ。
俺は毎日毎日、練習漬けの毎日だったけど、本当にかけがえのない3年間だったと思ってる。
あの時の、悔しさとか、苦しさとかそういう苦い気持ちも含めて、あれが俺の青春で、もう二度と戻ってこないものだ。
今、お前は自分が思ってるよりずっと大切な時間を、生きてるんだ」

今にも泣きそうに、伏せられた睫毛が震えた。
ぎゅうっと縮む心臓に負けずに、俺は言葉を選ぶ。

「名前、俺はお前を大事に思ってる。これは確かだ。
だからこそお前のかけがえのない時間を、余すこと無くちゃんと楽しんで欲しいと思う。
俺はお前の青春の1部になれたことが嬉しいよ。
でも、高校時代っつうかけがえのない青春の時間を、俺に費やして台無しにはして欲しくねぇんだ」

ーあぁ、困ったな。

見上げてくる目に溜まった涙を、掬ってやりたくなる。
ぎゅうぎゅうに抱き締めて、この子が期待してる言葉を囁いてやりたい。


だけど。
それじゃあ駄目だから。


「俺は変わんねぇ。
変わらずお前を大切に思うよ。
だから安心して、ちゃんと青春を味わってこい。
そして、これは絶対に忘れちゃいけねぇことだが、お前を大切に思ってんのは俺だけじゃねぇ。
親父さんや、母ちゃん、友達、皆がお前のことを大切に思ってる。
その人達を悲しませない選択をすることを考えろ。
それで、その上で、それでもまだ俺を好きだと言ってくれるなら、その時は、」

これが今、俺が言える精一杯の言葉。

「俺のとこに来い」

好きだとか、待ってるとか、そんな決定的なことは俺の口からは言えないし、結局はこの子の選択に委ねるしかない。
でも、そうであるべきだと、俺はそう思うんだよ。

彼女が選択し、責任をとるべき問題なのだ。
先を行く者が責任をとる権利を奪ってはならない。

だってこれは、彼女の人生の話なのだから。