23.明日の次のその先の



「きつくないですか?」

紐を締め直して尋ねると、はい、大丈夫です、とほんのりとした返事が返ってきた。

「よし…。わぁ…。本当によくお似合いですね。」
「お顔が小さくて、色白でいらっしゃいますもんね。そういう方はすごく似合うんですよ」

最後の仕上げをした後、後輩と少し後ろに下がって満足気にその姿を見る。

楚々とした佇まいの彼女は、本当に白無垢がよく似合う。
伏せた睫毛の長いことよ。
紅を引いた控えめな唇が、白い肌と純白の着物に良く映える。

恥ずかしそうに、ありがとうございます、と言い姿見に目をやったその姿を見て、本当に美しい、と見惚れてしまった。

不意にコンコンとノックの音がして、咳払いが聞こえる。

誰だろう?と思ったところで、彼女の顔を見て、誰なのかがすぐに分かった。

ほろりと春の花が開花するように綻んだ表情。
恥じらいで染まる頬。
はぁい、と蕩けるような幸福そうな声。

あぁ、そうか、彼がいて今日の彼女の美しさは完結するんだな、と良く見るけれど特別なその瞬間に、つい微笑んだ。



   ◇



躊躇いがちにコンコンとノックの音が響いた。
それから、多分何をどう言えばいいのか迷った挙句にしたであろう咳払いがして、私はすぐにその人だと分かる。

初めて彼に恋をして、あれからもう随分経ったし色んなことがあった。
それでもやっぱり、彼のことを考えるだけで跳ねる心臓は止まらない。
沢山変化した彼への想いは、私の青春の大切な一部。
そして今の私を形作るかけがえのないもの。

緊張していた表情が思わず緩んで、私はそのまま返事をする。

「はぁい」

ゆっくりと扉が開いて、そこに立っていたのはやっぱりそうだ。

「っうっ…!!!」

言葉を失って立ち尽くす彼を見てスタッフさん達がくすくす笑うが、気を利かせて席を外してくれた。
パタン、と扉が閉まる。

紋付袴姿の彼を私はまじまじと見つめた。
あぁ、私この人のお嫁さんになるのだと、実感が湧く。

「繋心」

もう今は言い慣れたその名前も、今日はとても特別に響くから、私の口ぶりも何処となく遠慮がちだ。

「あ…名前、その…」

戸惑う彼に近付いて、そっとその手を取った。
背の高い彼を見上げると、落ちてきた視線が交わる。

「覚えてる?」
「え?」
「俺のところに来い、って言ったこと」
「…あぁ。勿論」
「来たよ、繋心」
「っつ…!お前は、ほんと…ほんっと…!」

繋心の目に涙が滲むと、つられて私も泣いてしまった。
涙が溢れてしまう前に、彼の暖かくて大きい手が頬に触れて涙を掬う。
幸せで息を呑んだら、そのまま抱きすくめられた。

「名前、愛してる」

耳元で囁かれた言葉が嬉しくて。
私は彼の真似をする。

「私も愛してる、繋心」

明日の次のその先も、きっとずっと。