03.落とし物とジンクス



日課の店の前の掃き掃除をしていたら、ぼんやりとした顔の女子高生が横を通り過ぎて行った。

ーこんな時間に…?あぁ、そうか。

夏休み時期ということに思い当たり、そういえばここ最近朝が静かだったな、と気がつく。

白昼堂々のサボりでなかったことに少し安心して掃き掃除に戻ったところで、色鮮やかな何かが地面に落ちているのを見つけた。

ー多分、あの子だ。

それを拾ってパッと振り返ると、店の前を通り過ぎかけているところだった。

「君!落としたよ!」

慌てて声をかけると、顎のラインで整えられた髪が揺れてその子が振り返った。
小さなその落とし物を手に駆け寄って、掌を開くと彼女の視線が注がれる。

色とりどりの糸で編まれたボロボロのミサンガ。
結び目のすぐ上が千切れている。
彼女はじっとそれを見つめている。

「えぇっと…コレ、君のじゃなかった?」

妙な沈黙に耐えかねておずおずと問いかけると、目の前の女の子が視線を上げた。

「あ、いえ、私のです…。でも、」

言い淀んだその口がふるりと震えて、目元にみるみる涙が溜まっていく。

「え?!」
「うぅ…すみませ…」

成人男性の目の前で女子高生が泣いている。
まずい。
この絵面は非常にまずい。

「と、とりあえず、中入るか?」

いや、これもどうなんだ、と思いながら、かといって外に置き去りにする訳にもいかず店の中に入れる。
よりによってこんな時に限って、家の人間は誰もいないという間の悪さである。
年配でも同性がいたらどんなにか心強かったか。

とりあえず椅子に座らせポケットティッシュを差し出すが、彼女はそれを使わずに自分のハンカチで顔を抑えている。

静かに泣いている女子高生のその姿をただ黙って見ていると、言いようの無い後ろめたさみたいなものが込み上げてくる。
しかし、かける言葉が何も思い浮かばない。
これが高校生じゃなくて大人だったとしても、泣いている女にかける言葉など持ち合わせているわけがないのだから、どうしようもない。

ーまいったな。

手持ち無沙汰で、何となく習慣で煙草を取り出して火を点けかけて、はたと手を止める。

ーいや、いかんだろ、女子高生の前で煙草は。

結局手にした煙草の行方を持て余して、テーブルでトントンと叩くことで居心地の悪さを少しでも和らげようと試みた。

「すいません…」

女子高生の小さな呟きがぽつりと溢れる。

「あ、いや…大丈夫?」

こくり、と頷いて俯いたまま彼女が鼻をすすった。

ーき、気まずぅっ!

あまりの慣れない空気に若干気分すら悪い。
机に肘をついていた手で口を覆って、目の前の女子高生の泣き顔から目を逸らす。

「あの…お願いがあるんですけど」
「え?俺に?」

思いがけない言葉に思わず彼女を見ると、泣き腫らした目がこちらを見ていた。

「そのミサンガ、捨ててもらえませんか」
「え、いいの?これって大事な」
「いいんです。結局、願いごとは叶わなかったですし」

フられちゃったんです、と言って、苦しそうな笑顔を浮かべた。

ーこれが青ハル…。

思わず最近CMで知った言葉が思い浮かぶ。

目の前の10代の女の子が抱えているであろう、苦しみとか悲しみとか切なさが、今の自分にはとても眩しい。

ーこういうキラキラした時代が俺にもあったっけ。

そんな懐古的な気持ちになってしまう。

いつの間にかついてしまった諦め癖とか、後先考えて尻込みするようになってしまった慎重さとか、そういうの。
よく知りもしない大人に、抱えきれずに傷を見せてしまう若さゆえの脆さや勢いと、つい比較してしまった。

くすぐったい記憶にむず痒くなって、思わず頭を掻いて立ち上がる。

「分かった。捨てといてやるから、これ食って、落ち着いたら帰りな」

適当に自分がいつも食べているアイスを渡すと、彼女は小さく返事をしてまた鼻を啜った。