04.紅き唇褪せぬ間に



「先輩のことはもういいのー?」
「うん、全然、全く、ノーダメージ」
「潔いわー」
「でしょ。自分でもこんなに切り替え早いとは思わなかったわ」
「いいんじゃないのー?命短し恋せよ乙女、ってね」

なにそれ?と聞くと、え、知らない?ゴンドラの唄だよ、とフミちゃんが鼻歌を歌いだした。

幼馴染みのフミちゃんは、私にはよく分からない事を色々知っている。
坂ノ下商店のあの人のこともフミちゃんに教えてもらった。
フミちゃんの従兄弟の、嶋田のお兄ちゃんに聞いてくれのだそうだ。

あの日。
先輩にフラれた日。
私は次の恋に呆気なく落ちた。
以降、私は足繁く坂ノ下商店に通っている。

相手は7歳歳上の24歳、独身。
彼女は“多分”いないらしい。(「あぁ見えてモテるんだぞ」とは嶋田のお兄ちゃん談)
名前は烏養さん。
下の名前は「聞いたけど、忘れちゃった」らしい。


「でもさぁ」

歌うのをやめたフミちゃんが、ぐーんと身体を伸ばしてブランコを漕ぐ。

「発展のしようがないよねぇ」
「そう?」
「普通に考えて犯罪じゃん。だって女子高生だよ?」

フミちゃんの言葉に何も返さずに、私はブランコの上に立った。

別にいい。
何だって、どうだって。
むしろ、私にとっては好都合なのかもしれない。

「まぁ別にどうこうなることを望んでるわけじゃないし。いいの」
「え?何それ、意味わかんない」
「ほら、よく言うじゃん。失恋の傷を癒すのは次の恋って」
「それは分かるけどさ。恋ってゴールを見据えてするもんじゃないの?」
「私は別にゴールなくてもいいんですー」
「そんなこと言ってたら、烏養さんに相手ができるかもしれないよ」
「う…。まぁその時はその時じゃない?
ていうか、誰も知らないだけで、今彼女がいないかは本当はわからないじゃん」
「いやいないでしょ。だって毎日毎日毎日いるじゃん。土日もずーっと。
あと何より、とても彼女がいるような雰囲気には見えない…。なんていうか、枯れてるっていうか」
「待って、酷いね?!」

フミちゃんと軽口を言い合って笑った。
暮れていく空に2人分の笑い声が消えていって、あぁこうやって友達と好きな人の話をする時間はきっととてもキラキラした思い出に変わるんだろうな、と頭の片隅で思う。
きっと先輩を好きだった気持ちも同じように思い出になるのだろう。

「まぁでもさ、嘘からでた実、なんて諺もあるからね」

独特のニヤリ顔で私を下から見ると、フミちゃんもブランコの上に立って漕ぎはじめた。


多分、本当はまだ先輩のこと吹っ切れたわけじゃないと思う。
だけど、だからこそ。
叶う予定のない恋に夢中になっていることで忘れられるような気がして。
陰からこっそり見ているくらいの恋が丁度良いと思ったんだ。