09.ミサンガが切れても



時間はどんどん過ぎ去っていく。
私は、その調子でどんどん過ぎていけ、と祈る。

時間が早く経って、卒業したら、そしたらー。

そこまで考えてため息をついた。

そしたら何だっていうんだろう。
言える気なんてまるでしない。

秋口にあの手が触れてしまって以来、私は益々烏養さんを意識するようになってしまった。
頑張ってお店には行くものの、前のように上手く話せない。
烏養さんは別にいつも変わらないけど、それはそれで少し寂しい。
自分でも分かるくらいのあんなあからさまな態度、普通気がつくんじゃないかと思うのだ。
きっと烏養さんにとって私は沢山やってくる学生のうちの1人で、意識するまでもない存在ということなんだろう。

ー毎朝髪巻いてさ、学校出る前にメイクをなおして…。なんだかなぁ。

自分のやっている努力が、どこか見当違いで虚しいものに思えてならない。

ふと窓ガラスの向こうに視線をやると、オレンジ色の陽が空を染め上げていた。
鞄からスケッチブックを取り出して、冬のコンクールに提出する予定の絵のラフを見てみる。

この席から見える夕方の景色。
きっとこの景色が、私の青春の思い出というやつになるのだろう。
思い出になってしまう前に、この気持ちで見た、この景色を絵に残しておきたいと思って描き出した。
提出は2ヶ月後なのにまだラフのままだ。
あまりにも目まぐるしく気持ちが変わるから、うまく色が塗れないでいる。

「さすが、上手いな」

背後から急に声をかけられて慌てて振り向くと、烏養さんがエプロンに手を突っ込んだままスケッチブックを覗き込んでいた。

「まだ…ラフですけど…」
「へぇ。じゃあこれから色がつくんだな」

烏養さんが笑って、私の向かいの席に座る。
こんなふうに烏養さんが座ってくることなんて今までになかったから、心臓がバクバクと脈打つのが分かる。

「悪りぃ、急に」
「いえいえ…。あの、何か…?」
「おぅ。これなんだけどな」

烏養さんがエプロンのポケットから取り出して、机の上に置いたものを見た。

「これ…」
「すまん、捨てられなかった。
返せそうな時が来たら返そうと思って、持ってたんだ」

あの日捨てて欲しいと頼んだ、先輩のミサンガだった。
そっと手に取って掌の中を見つめる。

先輩のこと好きだったなぁ、とそう思う。
このミサンガを見るだけで、嬉しくなったり切なくなったりしたものだ。
先輩がいたから、もっと絵が好きになった。
彼のいる部室が大好きだった。

「ありがとうございます」
「あ、いや…。その、なんだ…。ちゃんといい相手が見つかるさ、心配しなくても」

て、何言ってんだ俺は、と呟いて、烏養さんが頭を掻いて席を立った。

いい相手が欲しいわけじゃない。

なんだか、何もしてないのに振られたような気分になって、私はミサンガと一緒にパタンとスケッチブックを閉じた。


「こんにちはー…あ、よかった。今日はいた」

カラリと戸が開く音がして、名前ちゃん、と名前を呼ぶ懐かしい声がする。
顔を上げたら、先輩が立っていた。

彼がここのところ私と話したがってることも知ってたし、ここに来るだろうという予想もしていたからあまり驚きもしなかったが。
タイミングいいなぁと思いながら、こんにちは、と私は久しぶりに先輩に向かって笑った。