No.11



『繋心って本当、良い奴よね。
でも、それがたまに凄く煩わしくなるのよ』

そう言って、乾いた笑いを零したあいつのことを、最近よく思い出す。

俺と別れて直ぐに恋人ができ、それから1年も経たずに結婚したと聞いた。

つまりそういうことだ。

付き合っている最中に、他の男の影があることは気がついていた。
それでも、最後は俺のところに帰ってくるならそれでいいと思っていた。

否、実際のところは、そう言い訳をして厄介事から距離を置いた、という方が正しい。
選択権を全て相手に丸投げして、俺は傍観することを選んだ。
今になってみれば、別れ際に言われた“良い奴”に込められた皮肉も分かる気がする。

いつからだろうか。
とにかく何に対しても腰が重たくなったのは。

誰かを大切にすること、俺自身が誰かの大切な存在になること、かけがえのない思い出やら、そんな大層なものを作ること。

1人でいたい、という程大きな決意でもないが、ただ単純に大事なモノを抱えてしまうことが、億劫だと思うのだ。
みっともなく執着するのも、気持ちを掻き乱されることも、御免だと思う。

だから、その気持ちを圧してでも、どうにかなりたいと思っている俺に、俺自身が一番驚いている。






「悪いな。付き合わせて」
「ううん。むしろ、ありがとう。
駅まで行くの大変だから、送ってくれるの有り難いもの」


戻っちまった。

元々綺麗な顔で、完璧な笑顔で微笑み返してくる顔を横目に見て、俺は内心がっかりする。
最後の一吸いでフィルターに到達した煙草の味が、やけに苦い。

それはとても変なことかもしれないが、昨夜の電話で、彼女が珍しく感情を向けてきたことが素直に嬉しかった。
塚本自身戸惑った様子だったが、その戸惑いすら俺からすれば収穫だったのだ。
しかしそれも、一晩経てば綺麗に覆い隠されてしまったらしい。

均衡のとれた顔、綺麗な笑顔、完璧な化粧、美しい言葉遣い。
どれをとっても気に入らない。

「おっし、じゃあ行くか」
「お願いします」

彼女が表に“それ”を出さないように、俺も決して表に出さないよう注意を払う。
少しでもタイミングを間違えれば、二度と彼女と関われなくなる気がするのは気のせいではないと思う。

いや、もう最早手遅れで、もしかしたらこのままもう、なんていうこともあるかもしれない。
そんなことを思うと、どうしようもない焦燥感が襲ってくるのだった。

小さくかけているラジオから、“あの頃のベストヒット”みたいな曲が流れている。
このままどこか遠くへ連れ去ってもいいか?というような、気恥ずかしい歌詞がやけにはっきりと聞こえてきて、ぎくりとするが、塚本は窓の外を流れる景色を静かに眺めているだけだった。

その表情からも、この沈黙からも、俺は何一つ汲み取れない。

結局俺は何も出来ずに、ゆったりとアクセルを踏んで、彼女を目的地へ連れていくだけだ。