No.15



連休で地元に戻ることにした。
叔母の家のことで弁護士と話す必要があったので(想像以上に面倒な手続きやその他諸々)、まとまった時間を取る必要があったのだ。

今回は実家に寄らないことを決めていたので、幾分か気持ちが軽い。
実家は叔母の住んでいた街から離れた街にあり、ここに居れば何か余程のことがない限り家族と会うこともないだろう。

叔母から手紙と共に鍵が自宅に届いて1ヶ月程が経っていた。
たった1ヶ月不在にしていただけで、玄関を開けた時にはなぜか少し家が古ぼけたように感じた。

叔母が旅に出たことは、まだ恐らく誰も知らない筈で、それを親族に伝えるのはきっと私の役目なのだろう。
億劫で仕方がない。

弁護士との話を終え、部屋の掃除が終わった頃には昼を過ぎていた。
縁顔で横になったのが最後、いつの間にか眠っていたらしい。

目が覚めたら、もう夕暮れになっていた。
ひさしぶりに訪れた叔母の家は、主人を失って、しんと静まり返っている。
遠くで蜩の鳴き声が、中途半端に響いて消えた。

思い切り背伸びをすると、ぐぅと耳の奥で音がした。
蚊取り線香の煙が細くたなびいて、私の目の前を漂う。



夢を見ていた。



夢の中で私は、なぜか実家の固定電話の前に立っていた。

ボタンを押して受話器を取って、コールが鳴る前に受話器を置くということを繰り返している。
これで最後にしよう、と思った時、彼女が現れた。

何してるのぉ?と、暗がりの中の私が言う。
語尾を伸ばして質問をするこの癖を、よく母親に怒られたものだ。
馬鹿みたいに聞こえるからやめなさい、と。

何も。

私は受話器を耳に当ててみる。

ボタン押さないのぉ?

暗がりの中の私がまた言う。

うん、押さないよ。

私は受話器を耳に当てたまま答える。

じゃあ私が押しちゃおうっと。

待って、と私が言う前に、白い指が素早く番号を押した。

なぜかすぐにコール音が鳴り出して、私は途方に暮れたままコール音を聞き続けた。

はい、と静かに、電話の向こう側の教授が呟くように返事をした。

廊下にある固定電話に、彼が俯くようにして電話に出ている。
カーディガンは緑。
受話器を左手の薬指には、シルバーのシンプルな指輪がはまっている。
右手はだらりと体の横に、そして、骨の浮いた、皮の薄い首。

彼の姿が、何故だか手に取るように分かる。


「教授…ですか…?」
『…』

電話の向こう側、流れる沈黙が重たい。

「あの…私、です」
『あぁ、君か。どうしたんだい、急に。言っておくが、課題提出の期限は伸ばせないぞ』

喉がカラカラに渇く。
淡々としたで教授の声が耳元で響いて、彼が今必死で平静を装って誤魔化そうとしているのが分かる。

「…寂しい。教授、私、1人ぼっちになってしまいました」
『…手伝ってあげたいのは山々なんだが、生憎、今日は手が離せなくてね』
「会いたいの。こんな事って、ねぇ、今まで無かったでしょう?お願い」
『それは、大変だね。仕方ない、課題の提出は少し見送ろうか。来週の水曜は研究会に出席できるかな?そこで見てあげよう』

話せば話す程、教授との距離が離れていく気がして、泣き叫びそうになるのをぐっと堪えた。

彼は彼なりに、今置かれた状況で最善の事をしてくれているのに。
私は、どうして。



夢の中で私は、何を言って電話を切ったのだったか。

先程まで見ていた夢の中での後悔が、まだリアルに残っていて鳩尾が痛いのに、その部分だけはどうしても思い出せなかった。



立ち上がって、何となくテレビをつけたら季節外れの心霊番組をやっていた。
除霊師が女の生霊を祓おうか、という場面で、生霊について源氏物語を例に説明していた。
私は鞄から煙草を取り出して、叔母が置いていったマッチで火をつけながら、それをゆっくり眺める。

生霊を飛ばしている方は、無意識的にやっているらしい。
彼を思い描いた時や、夢の中なんかで。

祓われたその人は、どうなるのだろう。
彼を想う気持ちだけが、うまい具合に取り払われるのだろうか。
それとも六条御息所よろしく、怨霊と化すまでその想いは膨らみ続けるのだろうか。

どちらにせよ、報われない話だなぁ、とまるで他人事のように思って、煙草を押し潰した。