No.16



失敗した、とそう思っている。
焦り過ぎた。
もう会うことはないのかもしれない。


最後に塚本に会ってから、もう4ヶ月が経とうとしている。
その間連絡はつかず、彼女が今どうしているか俺に知る由はない。

ちらついていた男の存在が、嫌な想像を掻き立てる。

後悔は呼び水のように、次の後悔を誘う。
今日も音沙汰のない携帯を眺めて、溜息を吐いた。

予感はあっただろうが。

諦めてジーンズのポケットに携帯を押し込んで、そんなことを思う。

何となくこうなるような予感がしていた。
ある一定ラインを超えたら、途端に締め出されてしまうような危うさを、ずっと孕んでいたと思う。

「…くっそ」

眉間を摘んで悪態を吐いても、何も変わらない。

いつもそうだ。
欲しいと本気で手を伸ばしたものは、指の間をすり抜けていく。



夏休みが終わり、学生は昼間学校が始まったから部活がない。
そうなると必然的に昼間の店番をすることになり、客のいない店内を眺めているとアレコレ考えなくていいことまで考えてしまう。

「あー駄目だ」

煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。
少しでも動けば気が紛れるだろうと、掃除をするためにはたきを手に取った。

鼻歌を歌いながら商品の上を意味もなく(何しろ、はたきで埃を払う作業を、今日だけでももう5、6回はやっている)、綺麗にしていく。
ちらりと時計を見ると、あと1時間程で部活が始まる。
時間は案外、物凄く穏やかに、そして素早く過ぎていく。



カラリ、と音がして誰かが店内に入ってくる音がした。

「いらっしゃい」

商品棚から顔を出して客の姿を確認したら、時間が止まった。
そしてそれは俺だけでなく、向こうも同じだったらしい。

お互い数秒間固まってまじまじと見た後、最初に口を開いたのは彼女の方だった。



「…烏養くん、だよね?」

困惑した顔でそう言うと、エプロンに視線が降りる。

塚本だ。

その声と仕草や、視線の動かし方を見て、改めて思う。
もう、もはや幽霊でも見ているような感覚だ。


「ア…あー…ここ、俺の実家、母方の」

だから烏養じゃなくて、坂ノ下、と我ながら辿々しい説明をすると、一瞬考えて、成程、と納得した様子で頷いた。

「養生テープあるかな?」
「え?」
「養生テープ。貼っても跡がつかない、あの便利な」

それは分かる。
分かるが、あまりにも突飛で、また彼女に似つかわしくない言葉で、俺は更に混乱する。

無いなら別のお店に行くけれど、と困ったように言う塚本の言葉で我に返った。

「ある…!あるある、ちゃんとあるから、待ってくれ」

そこで待ってて、と再度言い残して、軍手やらガムテープやら日用品が揃っている棚に急いだら、目当ての養生テープは綺麗にはたきをかけたお陰で、ピカピカの状態でそこにあった。

テープをひっつかんで戻ったら、やっぱりそこに塚本がいて、俺は漸く夢ではないことを理解する。

「ハイ、養生テープ」
「ありがとう、お金…」

いいって、と喉元まで出かかったが、きっとそういうことをこの人は嫌がるだろうと思い、250円と言うと、ぴったりの小銭を財布から出して渡してきた。

「まいど。…何に使うんだ?」

もっと他に、聞くことあんだろ、とその場繋ぎの質問をする自分に腹が立つ。

彼女は困ったように笑って、

「叔母の家が無人になったから、台風の季節だし窓を補強しておこうかなって。
雨戸は一応あるけど、万が一の為に。それに雨戸がない窓もあるから」

視線は養生テープに落としたまま、一気にそう言った。

そうか、と言うと、そうなの、と彼女が言って、それから

「じゃあ…さよなら」

と、本当に最後のように、薄く笑った。



「まっ…!!」

思わず掴んだ手首の細さにぎょっとした。

彼女の手が酷く冷たく、少しでも力を入れれば壊れてしまいそうで、堪らなくなる。
これ以上近寄らないで、と言いたげに逸らしている視線も、微かに震えている小さな肩も、全てが苦しくて。

全身で、泣いているようで。


「…家中の窓、1人でって大変だろ。手伝う。
つっても、練習終わってからになっから、9時頃になるけど」

締まり悪く笑った俺の顔をまじまじと見て、塚本の肩からふっと力が抜けるのが分かった。

「ありがと」

ほっとしたように笑う顔を見て、どうしてだが泣きたくなった。

多分、心配したとか、なんで連絡返さなかったんだとか、会いたかったとか、言いたいことは色々あったが、やっぱりそれは言わなくてよかったと、安心したからだ。