No.2



「塚本先生」

呼び止められて振り向くと、ゼミの学生数人が近寄ってくるところだった。

「今日この後、予定ありますか?」

無くなったのよ。

「いいえ。
久しぶりにのんびりしようかと思ってたところ」

舌打ちしたい気持ちとは裏腹に、微笑んでそう答えた。

今日、彼と泊まる筈だったホテルの予約はまだそのままで、私は1人そこに帰る。

もしかして。

淡い期待をして、きっと、それが裏切られることも見通していながら、ホテルのお風呂に入るだろう自分を思う。

「じゃあ夜、飲みに行きませんか。
ゼミ生皆、塚本先生と飲みたがってるんですよ」
「折角だけど…」

小首を傾げて私をみる女子学生を見て、言いかけて止める。

「…誘ってくれて、ありがとう。
随分行ってないものね。行こうかな」

えっ!ほんとですか?やったぁ!と、顔を見合せる彼らを見て苦笑した。
幸いなことに、ゼミ生達には好いてもらっているようで、指導するにしても皆素直に聞いてくれる。

本当は、学生の世話なんてしたくもないなんて、そんなこと、億尾にも出さないけれど。

「場所と時間をメールしてくれる?時間になったら行くから」

私はそう言って、ストールを巻きつけると、ヒールを鳴らして歩き出した。
できるだけ、幸福そうに、楽しそうな背中に見えるよう、細心の注意を払いながら。





久しい故郷の匂いを吸い込む。

大学進学と共に地元を離れて、もう10年程が経つ。
高校の頃歩いた道は今もそのままあって、放課後によく友達ときた駅前のファーストフード店もそのままだった。

あ、白鳥沢の。

道行く女子高生の見知った制服が目に入って、思わず視線で追ってしまう。

あの頃は楽しかった、なんて、そんな懐古主義的な趣味はないけれど、やはり思い出してしまうのは、きっと今の自分とあの頃に大きな隔たりがあるからだろう。

高校時代、バレー部のマネージャーをしていた。
昔から強豪校で、スポーツ推薦で来た子も多かったから、ハードな練習だった。
マネージャーも勿論その練習に付き合わされるわけだが、何かやっている感、みたいなことを感じられて満足していた。
そうでもしていないと、なんだか自分が空っぽな人間に思えてならなかったのだ。

1つ年上の彼もいた。
同じ高校のバレー部の主将だった。
他の部員に隠れてこそこそ付き合って、でもそれが、私たちの恋愛をより耽美的なものに変えた。
周囲にバレないように、平然と彼と話しながら視線だけで話す、そういうのが私は上手かった。
彼はよく、美貴の目を見てるとくらくらする、といった。

くらくら。
男の人をくらくらさせる目ってどんなだろう、と自分では分からないけれど、彼にそう言われるのは嬉しかった。

あんなに好きだった筈なのに。
今になってしまえばもう、彼の何が好きだったのか露ほども思い出せない。

教授の事も、いつかこんなふうに思う日がくるのだろうか。
この想いもいつか色褪せて、思い出せなくなる日が。
いいえ、そんな日が来る筈はない、と自分に言い聞かせるのに、私はそれを酷く恐れている。