No.20
『拝啓
このような形で手紙をお送りすること、お許しください。
大学では誰が聞いているとも分かりませんので、こうして手紙を書かせていただきました。
突然の退職報告を、きっと驚かれたことでしょう。
私自身このように大学を去ることになるとは、まるで想像しておりませんでした。
教授もご存知の通り、私は長年に渡って
倫に外れた恋をしてきました。
深い業を背負って、それでもその恋を、恋をしている私自身を守りたかったのです。
醜くしがみついてでも。
しかしそれももう意味を成さなくなったので、大学を去ることに致しました。
こういう仕事ですから、人の心が複雑怪奇なものであることは知っているつもりでしたが、知っていることとコントロールができるということは、全く別のことですね。
まぁ尤もこれも常識ですが、ただ、私は身に沁みてそのことを知ったのです。
深く相手を思うということは、愛することも憎悪することもベクトルとしては同じです。
時に全てを赦せる気になり、時に全てが赦せなくなりました。
そんなことを数年繰り返していたら、ある日突然、そのエネルギーが空っぽになっていたことに気がついたのです。
今となっては、何故、あんなに情熱を傾けていられたのか分かりません。
彼は今や私にとって、すっかり他人なのです。
とはいえ、私が犯した様々な罪は消えることはないでしょう。
いつかきっと私自身に返り、私を苦しめることになることは明白です。
少なくとも、私は、私自身がこうして変わっていったことを経験してしまった。
今後どうして、自分自身を、また他人を信じていくことができるでしょうか。
裏切ってしまうこと、裏切られることに怯えながら、これからは生きていくことになるのでしょう。
それはきっと、彼も、奥様も、同じなのかもしれませんね。
何せ私たちは同じ穴の狢ですから。
今後全ての連絡先を変更するつもりです。
1年の間は郵便転送の設定をしているので、必要なことは1年以内に元住所へお送りください。
(近況報告などは不要です。私からもこの手紙で最後とさせて頂きます。私的なやりとりは今後はなしということで)
それでは、お元気で。
敬具
追伸.
白衣は大学から支給されたものでしたので、お返し致します。
後任の方へお渡し頂くか、不要であれば処分の程、どうぞよろしくお願いいたします。』
続