7話


選択を迫られる場面は唐突にやってくる。



「新人の伊藤花奈はなです!よろしくお願いします!」

勢いよく頭を下げた新卒採用の女の子に、は、はい、と若干押され気味に挨拶を返した。

20代前半。
若い。
圧倒的な若さと、エネルギー。

「1ヶ月は研修期間。
その後実際に担当持たせるから、頑張りや」
「はい!」

平子の中々鬼畜な新人に対するスケジュールを、何の疑問もなく受け入れている彼女を千笑は哀れみの目で見る。

「牧田」
「はい」
「ちゅーわけで、1ヶ月よろしゅう」
「えっ?!」
「女同士の方が何かとええやろ。
1ヶ月の間担当編集としての仕事一緒にやってや。
実際やってみんと分からんからな。
ほんで、お前が持っとる担当一つ伊藤に渡してや。
誰の担当に付けるか決めたら教えて」

事もなげに言い置いて、じゃ俺会議行くわ、とさっさと手に持った手帳を降って平子は立ち去ろうとし、同僚は蜘蛛の子を散らすように担当回りに散っていく。

1ヶ月で担当を持たせる。
イコール、担当を持たせられるようになるまで、1ヶ月で育てろということである。

あんの…!くそ上司!!!事前の打診もなしに!!!

心の中で悪態をついた後、あの野郎絶対に奢らす、と固い決心をした。

「あの…」

声を掛けられて我に帰ると、不安そうな顔で花奈はながこちらを見上げていた。

「あ、ごめんね。えっと、どうしようかな、じゃあ伊藤さん、あ、でも伊藤が他にもいるんだよね…。
いつもなんて呼ばれてる?」
「あ、花奈はなが多いですけど…何でも大丈夫です!」
「じゃあ、花奈はなちゃんね」
「は、はい!」

初々しい返事が可愛くて、思わず笑ってしまった。

「まぁ力抜いて。楽に行こう。早速、担当回りしようか。
移動しながら担当先生について教えるね」
「お願いします!」





「えぇ…!!浦原先生のご担当されてるんですか…?!」
「あ、知ってた?」
「大ファンです…!!!!」

駅に向かいながら担当について説明をする中で、彼女が目を輝かせるのを見て苦笑した。

実際の先生を見たらどう思うんだろうな、とそんなことを思いながらICカードをかざして、抱えている担当の作家先生達のことを頭に思い浮かべる。

実は千笑が持っている担当は、小難しい年配の作家が多い。
時間を掛けて築いてきた距離感が大事な作家が多く、何か間違って臍を曲げられてしまっては損害が大きすぎる。
千笑の担当する作家の中でも喜助は若く、人として難はあってもまだコミュニケーションは取れる方だったりする。
担当を変わるとなると、誰を新人の彼女に任せるのかは会社にとっても重要な選択だ。

担当渡せるってなると、浦原先生か、藍染先生くらいかな。

そう思って、うーん、と唸った。
どっちもどっちだな、という言葉が頭を過ぎる。

藍染は中堅の作家で、波が少なく安定した仕事をする作家だ。
ただ少し独特な所があり、千笑自身藍染を図りかねている所がある。

もし万が一新人である花奈が失態を冒したら、どう出るのかが分からない。
社としては売れっ子の藍染を手放したくないだろうし、もしものことを考えると花奈にそこまでの責任を負わせることはできない、と千笑は思う。

それに、とここのところずっと感じている、自戒の念がむくりと首をもたげた。
ここで喜助を自分が担当することを選択することに、私情がないと言い切れる自信が千笑にはない。

先生は、なんと言うだろうか。

担当が変わることなど、そうさして珍しいことでもない。
現に千笑だって、先輩から喜助の担当を引き継いで今日までやって来たのだ。

頭では分かっている。
それでも、やはり後ろ髪を引かれるような気持ちが湧いてくる自分に、千笑は嫌悪する。

携帯を取り出し、メッセージアプリを開いた。
平子とのやりとり画面を出して、手早く文字を打ち込んだ。

『新人さんの担当の件ですが、私の持っている先生方の中で考えると浦原先生が一番良いかと思います。それで話を進めてもよろしいですか?』

すぐに既読がついて、平子からの返信が表示される。

『お前がええならそれでええけど』

含みのある文章に千笑は顔を顰めた。

『じゃあそうします』

短い言葉で返して、小さく溜息を吐いた。

煮え切らない気持ちのまま、電車は喜助の家近くの駅へと進む。