君は縁(よすが)@




杉元とは、安っぽいライブハウスのバーカウンターで出会った。

当時大学生だった私は、よく友達やら先輩やらのバンドを見に、そのライブハウスに通っていたのだ。
その日も、ゼミの後輩の房太郎が『今日ライブやるから見にきてよ』とチケットを捌きにきたので、文句を言いながらもチケットを買ってやり、馴染みのライブハウスに顔を出した。

薄暗いカウンターに寄りかかって、房太郎の歌なんて聞きもせずにテキーラをショットで煽っていた。
そうしていることが最高に格好良いと思っていたのだから、痛いくらい馬鹿で若かった。

『すげぇ。酒強いんだね』
『は?!何?!』
『酒!強いんだなって!』

房太郎の雄叫びに、話しかけてきた杉元の声が丁度かき消されて、私は彼の口元に耳を寄せたのだ。
思いの外近くなりすぎた距離に、本当は凄く胸が高鳴ったのになんでもないフリをした。
どちらからともなく耳元に口を寄せるようにして喋って、この瞬間がずっと続けば良いのにと思ったりした。

思えばあの頃が1番自由だったと思う。
付き合うとか、付き合わないとか関係なく、ただただ杉元のことを好きになり始めたあの頃が。




「菊田部長、ちょっと営業部の方、行ってきます」
「真っ直ぐ帰ってきなさいよー」
「はいはーい」

台車に荷物を乗せて意気揚々と声を掛けると、部長に釘を刺された。
私が油を売って帰ってくるのを見透かされている。

しかし、そんなことは気にもならない。
今日も今日とて私は、営業部のイケメンを拝みに行く。

「鯉登くんは?」
「鯉ちゃんなら、外回りでいないよ〜」

えー損した、と溢すと、くすくすと営業部の中では仲の良い同期が笑った。

鯉登くんと彼女は同期の中でも、一足先に主任になった出世組だ。
鯉登くんは近々課長になるだろうと言われていて、そうなると月島さんがまた大変になるんだろうなと思う。
月島さんは転職組で社員歴としては浅いが、経験も歳も上なので、鯉登くんの良いお目付け役にされている可哀想な人だ。

「鯉登くん会いたかったぁ…イケメン見て、目を休憩させたかったよぉ」
「菊田部長見てれば良いじゃん。目と心が癒されるでしょ」
「それずっと言ってるけどさぁ、菊田部長では全然癒されない。なんていうか、男!おじさん!って感じで」

私はジャニ的なイケメンを求めてんの、とボヤいたところで背後のドアが開いた。

「苗字さん、またサボりですか」
「月島さぁん。部長には言わないでネ」
「総務部何番でしたっけ」
「わかったわかった、戻りますって!」

受話器を取って内線を掛けようとする月島さんを、慌てて止めて台車から荷物を下ろす。

「では、失礼しました〜」

へらっと笑って台車をガタゴトと動かして、営業部の扉を出た。
月島さんがいると、営業部に長居はできない。
早く退散しなければ、本当に菊田部長に連絡がいってしまう。

エレベーターに乗り込むべくボタンを押すと、下から上がってきたエレベーターの扉が開いた。

「あ、苗字」
「鯉登くん!」

内心、ラッキーと思いながら、エレベーターから出てくる鯉登くんの横に並ぶ。

「ん?なんだ、お前、営業部に行った帰りではないのか?」
「折角会ったから送っていこうと思って」

一緒に歩き出す私に鯉登くんが訝しげな視線を向けてくるが、その眉を寄せた顔がまた綺麗だ。

「鯉登くんって、ほんと、お綺麗な顔してるよね…」
「馬鹿にしているな…?」
「してないって、本当にそう思ってるんだから」

綺麗、だけでは留まらず、“お”まで枕につけてしまいたくなる美形だと思うのだ、本当に。

「そういえばこの前、OB会で杉元に会ったぞ」

思い出したように鯉登くんが言った言葉に、自分の表情が一瞬で強張るのがわかる。

「お前のこと気にしてたぞ、元気かって。
長く話せなかったから杉元には聞けなかったが、お前らなんかあったのか?」

癒して貰おうと思った鯉登くんに爆弾を落とされるとは。
杉元と鯉登くんが、体育大時代の同期だったことを完全に忘れていた。
それにしても、ボクシング部の杉元と剣道部の鯉登くんは、水と油の関係だった筈だ。
その二人が会話をすることになるとは思ってもみなかった。

どう言おうか少し考えるが、結局誤魔化しきれないと判断する。

「あー…別れた」
「は?!」

ボソッと吐き零すように言った言葉は、しっかり鯉登くんに届いたようで、目を向いて驚く。

「おまっ…ないごてもっと早よ言わんのじゃ?!」
「ちょっ…声デカっ…!」

剣道で鍛え上げた声量が廊下中に響き渡って、慌てて鯉登くんの腕を叩いた。

「…まぁそういう訳だから」

叩かれた腕を摩っている鯉登くんに全ての説明を端折って、大雑把に纏める。

「ていうか、私のことはいいんだよ。
例の後輩ちゃんとはどうなってんの?」
「キェ…どうとは…なんだ」
「なんだって、進捗だよ」

話をすり替えると、ごにょごにょと口篭ってしっかり反応してくれるから鯉登くんは、本当に素直だ。

「頑張れよ、鯉登くん。
あと、誰かいい人いたら紹介して。
じゃね〜」

真っ赤になって黙り込んでしまった鯉登くんの背中を叩いて、私はまた来た道を引き返す。

ほんと、早く彼氏作らなきゃ。

溜息を吐くと、押している台車がより一層重く感じられた。




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