君の1番になってあげるよB
「すっごかったですね…!!!」
「ほんとほんと。彼の作品、生で初めて見たけど、良かった。
海外のアーティストっていうから、こっちに寄せてきて、The日本!みたいな野暮ったい作品ばっかりだったら興醒めだなと思ってたけど」
「うまくあの人の作品と空間が融合してましたよね。
発想が本当に凄くて、静かな佇まいなのに物凄く目を引く作品というか。でも空間はちゃんと守ってる」
展覧会の会場を後にして、神社の参道を二人で話しながらゆっくり歩く。
先程まで触れていたアートの世界が、頭の中で咲いては散っていくのを、徒然に言葉にしていく。
宇佐美さんは私の話をのんびりと聞いてくれ、時折、立ち並ぶ灯篭のぼんやりとした灯りに照らされた微笑みと目が合った。
この人といると心地良いと感じるようなことを、宇佐美さんは的確にしてくれる。
例えば展覧会でも、作品を見ている間はお互いの存在が邪魔にならないように離れてくれるが、何か話したくなったらいつの間にかそばに居て、ひそひそと周囲に迷惑にならないように小声で話してくれた。
女性慣れしてるんだろうな、と思うが、こんなふうに男の人にされて、ときめかない女性がいるわけがないと思う。
だから私は期待はしない、と心に決めて、参道の砂利を踏み締めた。
「ねぇ、今日待ち合わせに来た時から思ってたんだけど」
すっかり敬語は無くなって、砕けた調子になった宇佐美さんが言う。
「今日の服さ、もしかして僕のに合わせて選んで来てくれた?」
宇佐美さんの言葉に、鞄を握った手にぎゅっと力が籠った。
宇佐美さんがモードなら私も、と思い、確かに寄せたコーディネートにしてみたのだ。
気づかれていたんだ、と思うと急に気恥ずかしくなる。
「あはは…。バレました?実はそうです。
あんまりかけ離れた格好だと宇佐美さんが恥ずかしいかなと思って。
宇佐美さん程お洒落にはならないですけど」
「いやいや、十分。
それに、どんな格好でも可愛いと思うけど、何より僕のこと考えてくれたっていうのが嬉しいし」
ふふ、と笑う宇佐美さんのことが、堪らなく素敵に見えてしまう。
ふと宇佐美さんが立ち止まった。
歩き出さない宇佐美さんを振り返ると、向かい合わせでしっかりと目が合って、空気がピリピリと張り詰める。
「僕を、苗字さんの1番にしてほしい」
宇佐美さんの声が、張り詰めた空気を揺らして、私は息を飲んだ。
そして、ゆっくりと吐いた息と共に、今の気持ちをそのままのせる。
「あの、はい…。喜んで」
「…っはぁ〜…!良かったぁ」
宇佐美さんが安堵したような声を出す。
2人して顔を見合せて笑った。
宇佐美さんから差し出された手を握ると、きゅうと力が返ってくる。
「あの、いつからですか?その、私のこと…」
「まず敬語やめよっか」
にこりと微笑まれて、あ、と私は慌てて言い直すための言葉を探す。
「いつから、想ってくれてた…の?」
「うふふ。それ、聞きたい?」
宇佐美さんの口元が、むにゃむにゃと綻んだ。
「アートフローラルコンテスト」
「え?」
それは私が学生の頃に、初めて大きな賞をもらったコンテストの名前だ。
それがあったお陰で、フラワーアートの大家である家永先生の元に弟子入りできたのだ。
「君が賞を取ってもう8年になるのかぁ。知ってた?僕ら大学一緒なんだよ」
「え、そうなん…そうなの?」
私は目を見開いて彼の顔を見るが、相変わらずにこにこと笑っている。
「まぁ知らないよねぇ。学年が違うし、そもそも君と僕じゃ住む世界が違ったし。
僕はデザイン科にいたけど鳴かず飛ばずで、尽く賞に落ち続けてた。
一方で君には花の才能があって、順調に賞を取って、足場を作って、弟子入り先まで有名なところを見つけて、順風満帆だったじゃない」
この人は一体何を言っているのか。
宇佐美さんが紡ぐ言葉を、遅れて理解するのがやっとだ。
「当時、嫉妬とか羨望もあったと思うけど、やっぱり結局は憧れだったんだろうね。
話したことも、視線を交わしたことさえない君の、一番になれたらとずっと思ってた。
僕が憧れる人の1番ってことは、つまり僕はその憧れそのものを手に入れたってことになるでしょう?」
握られた手に、またグッと力が入れられて少し痛い。
「まぁ在学中はなんのアクションも起こせず、ただ見てるだけだったけど。
結局僕は普通に就職活動をして、鶴見社長に拾ってもらったんだ。
鶴見社長は僕の今までの人生を全て肯定してくれた神様みたいな人なんだよ」
鶴見社長の話になると、うっとりとした目になり雰囲気がガラリと変わる。
「君が家永さんの所から独り立ちして、花屋を立ち上げたって聞いて凄く嬉しかったよ。
家永さんのところにいる間は、手の出しようがなかったからね。
鶴見社長に君のお店のことを教えて、契約を進めたのは僕だ。うまく事が進んで本当に良かった」
尋常ではない宇佐美さんの話に、少しずつ怖くなってくる。
「あの、宇佐美さん」
「焦ったのは、君と鶴見社長が思ったよりも近づいてしまったことだよ」
私の言葉を遮って、宇佐美さんが私の顔を覗き込んだ。
「鶴見社長の1番が僕で、君にとっての1番も僕であるべきなのに。
君の中で鶴見社長が大きくなっていくのが見て取れて、どこにどう怒りをぶつけたら良いのか困ったよ」
ガラス玉のような宇佐美さんの瞳に私が映り込んで、その揺れる声が耳に響く。
「でもね、気がついたんだ。僕が君の1番にさえなれば、万事解決するって。
鶴見社長の1番に、君がなることはあり得ないからさ。
君の1番になるための努力は怠らなかったつもりだ。結果、こうして君は僕のモノになったんだし」
めでたしめでたし、と宇佐美さんは朗らかに笑うと、いつの間にか止めていた歩みを進め出した。
手はがっちりと握られたままでだ。
「宇佐美さん、私、」
「今更、」
じゃり、と足元の小石が鳴る。
「やっぱり無し、なんて、言うなよ。
そんなこと言われたら、僕何するか分からないから」
見下ろされた視線の冷たさに、じわりと冷や汗が滲んだ。
「なんてね、冗談冗談」
あはは、と楽しそうに声を上げて笑って、宇佐美さんが石を蹴った。
それから、あ、と思い出したように言葉を紡ぐ。
「来週末のバレンタイン、夜空けといてよ」
「え…何かあるの…?」
「何かあるのって、君さぁ」
僕ら恋人だよ?自覚持ったら、と呆れたように宇佐美さんが言った。
全然気持ちが追いつかない。
つい数十分前まで感じていた多幸感は、もうどこにも無くなっていた。
「会社の奴らと合コンするんだけど、君、連れてくから。
良い加減言い寄ってくる女もウザいし、晴れて恋人になったんだから皆の前でお披露目すれば、僕にも君にも変な虫がつかなくなるでしょ」
ペラペラと自分勝手な都合を話し終えた後、宇佐美さんが私を見下ろしてにこりと笑った。
「大丈夫、僕に任せておけば全てうまくいくよ」
この言葉の中に、私のフローリストとしての人生のことまで含まれていると知るのは、まだ少し先の話だ。
fin