君は縁(よすが)B
“件名:お疲れ
2月14日暇?今週の金曜日。
鶴見商事主催の合コン?パーティー?があるらしくて、よかったらどうかなって”
“Re:お疲れ
は?!行くに決まってんじゃん!”
例の営業部の同期から誘いに、飛びついたのは言うまでもない。
「とは言ったものの…」
デパートの化粧室の鏡に映った、自分の姿を確認して呟く。
当日になって少々怖気付いてきてしまった。
黒いニットに、お気に入りのネックレス、マキシ丈の黒いチュールスカート、袖を通さずに羽織るリバーコート。
足元にはショートのレザーブーツ。
髪は緩く巻いて、片耳だけ出した耳に、小ぶりのパールのピアスをつけた。
今しがた整えた化粧は、派手になりすぎないように、でもリップだけはしっかりひいてみたりして。
変じゃない筈だ。
杉元と暮らしていた時には段々としなくなっていった綺麗な格好に、自分の目が見慣れない。
デートでもなければこんな綺麗な格好をすることもないし、この半年間そんなチャンスがなかった。
『うん。すごく、可愛い』
いつか、杉元がへラリと笑って言ってくれたことを思い出して、ふと湧いてくる虚しさに侵食されそうになる。
化粧台の上に置いた紙袋をチラリと見れば、チョコレートショップの店名が目に入って益々気が滅入ってくる。
『こんな、美味いチョコ初めて食った…!ありがとう!』
手作りなんて器用なことはできないからと、一生懸命美味しいと話題のショップを探して杉元にバレンタインチョコをプレゼントした。
嬉しそうに、数日かけて大切そうに食べていた姿を思い出す。
バレンタイン当日の合コンパーティということで、チョコレートを持参して気に入った相手に渡す、というのが今回の趣旨らしい。
私が知っているちゃんとしたチョコレートショップなんて一つしかないし、結局毎年来ていたショップに、今年は見ず知らずの他人に渡すためのチョコを見繕いに行ったわけだ。
ぼうっと意識を飛ばしていると、不意に携帯が鳴った。
同期の名前がディスプレイに表示されている。
「はいはい、お疲れー」
【どこー?】
「今、△△にいる」
【おっけ〜。会場、××ホテルだから一緒に行こう】
待ち合わせの場所を指定されて、返事をして電話を切った。
鏡の中の自分とじっと目を合わせて、よし、と小さく呟き、ショルダーバックと紙袋を手に取った。
▽
「名前ちゃん」
あぁ、どうしてこんなことに。
目の前にいる見知らぬ男に、所謂“壁ドン”状態で壁に押し付けられて、死にたくなるような気持ちで床を睨みつけるよにして顔を背けた。
昔からそうだ。
なぜか、男に軽く見られる。
どんなに化粧を薄くしても、落ち着いた格好をしてみても。
近づいてくる男の顔を、なんとか穏便に避けようと胸を押し返すが効果がない。
取引先の会社なので、できるだけ事を荒立てたくないが仕方ない。
玉を蹴り上げようと、足に力を込めた。
話は1時間ほど前に遡る。
「え、チョコ持ってきてないの?」
「ないよ〜。だって、菊田部長にあげたもん。
今日そもそも付き合いだし、そんな余興にのる必要ないでしょ」
しつこく誘ってくるから断れなくてさぁ、と言いながら、仕事帰りそのままの、オフィスレディな格好でシャンパンを煽る同期を見る。
この場に浮いている訳ではないが、多くの女性が着飾ってギラギラした目で男を見ている場ではあっさりしすぎている。
この子の横にいると、却って私の方が浮くような気がしてならない。
「まぁでも、タダ酒飲めるって考えたらいいよね」
あはは、と緩く笑うその顔を呆れて見ていると、それより名前はいいの彼氏探さなくて、と言われてしまい脱力した。
「もう諦めた。やっぱ私こういう場所向いてないわ。折角誘ってくれたのにごめんね」
「あ、そう。分かってたし、全然いいけどね」
けろりとして、すいませーんもう一杯、とウエイターにシャンパンを貰う彼女を眺めて、結局こうやって二人で駄弁って帰るだけなんだろうなと思う。
寄ってくる男は、外見のこと、収入のこと、仕事の自慢しかしないぺらぺらの軽い男ばかり。
話していてもつまらないし、虚しくなっていく一方だった。
こんなことなら、職場のおじさんと話していた方がよっぽど楽しい。
類は友を呼ぶなんて言うが、私はそんなに中身のない人を寄せ付けるような人間なのかと思うと落ち込む。
「どうする、この後、カラオケでも行く?」
「行こう、行こう。久々に懐メロカラオケ大会やりたい。
あ、菊田部長に声かけてみようか?奢ってくれるかも」
「え、私、今日チョコ渡したばっかで、恥ずかしいんだけど」
「あはは、いいじゃん別に」
面白いことを言うので笑うと、いや、いいけどさ、別に、と、のんびりした口調で彼女が言う。
「まだ20時か…。家すぐだから、一旦帰って来てもいい?着替えたい。
21時くらいには合流できると思う」
「おっけー。菊田部長、まだ仕事してんじゃないかな。今日なんかで忙しいって言ってたし」
じゃあ私先に出るわ、と立ち上がると、荷物を持って出て行く後ろ姿を見送って、私はスマホの電源を入れた。
菊田部長にメッセージを送るとすぐに返信があり、22時頃なら合流できるらしい。
彼女にも同様の内容をメッセージで送り、私も帰るか、と立ち上がった。
「あれ、もう帰る感じ?」
めんどくせー…。
コートを持って会場を後にしたところをわざわざ呼び止められて、思わず、ふー、と息を吐いてしまった。
思いっきり顔を作って振り返る。
「少し疲れちゃったので、今日はもう」
笑顔でぺこり、と頭を下げると、送っていくよ、とついてくる。
いや空気読めや、と苛々しつつ、大丈夫ですよ〜、と断りはするものの相手は聞く筈もない。
「遠慮しないでよ。あんまり話せなかったし、帰りだけでもちょっと話そうよ」
ね、と笑顔を向けてくる相手の男にうんざりするが、培った社会性を発揮して受け入れてしまった。
ここでちゃんと突っぱねておけば、良かったのだ。