夢なんかじゃないA




「お待たせしました。ミックスベリーソースの特濃生クリームパンケーキと苺たっぷりチョコがけふわふわスフレパンケーキでございます」

店員さんが運んできた魅惑的なパンケーキを前に、私と前山くんは、うわぁ!と目を輝かせる。

絶対にパンケーキが食べたい、でも夕ご飯を食べたら入らなくなる、じゃあパンケーキ食べちゃう?という相談の結果、夕飯はパンケーキとなった。

大きなパンケーキをそれぞれ自分の前に引き寄せ、ほくほくとナイフをいれる。

「苗字さんの美味しそう」
「ちょっといる?」
「いいの?やったぁ。僕のもあげる」
「ありがとう〜」

向かいに座る前山くんとほのぼのとパンケーキを交換していると、隣に座る鯉登さんが咳払いをした。
その向かいで月島さんは熱々のドリアと格闘している。

「鯉登主任もいります?」
「いや、いい…いや、やはり貰う!」

前山くんのお皿にパンケーキを分けてあげるのを見て、やっぱり食べたくなったのか鯉登さんがキッパリと言って、自分の分の取り皿を横から差し出してくる。
そんな鯉登さんを月島さんがちらりと見て、それから大きな口を開けてドリアをハフハフと頬張った。







最近会社の近くにできた、夜カフェに来ている。
鯉登さんに、店は任せると言われていたので前山くんがここに決めて予約してしまったのだ。
オープン当初から前山くんと2人で目をつけていたカフェで私としては嬉しい限りだが、凛々しいお二人はとても浮いている。

「月島、お前、なぜそんなに慣れている」
「苗字と前山と食事に行くと、大体こんなところですよ。もう慣れました。俺はとりあえず米が食えればそれでいい」

それにこれ美味い、と月島さんが満更でもない素振りでドリアを口に運ぶのを、鯉登さんが月島?!と吃驚して見た。

月島さんの言うとおり、彼らとたまにご飯に出かけると店をいつも前山くんが決めてしまうので、結果的にカフェとかお洒落な定食屋さんとか、そんな所ばかりになってしまう。
当たり前になっていて深く考えていなかったが、月島さんがあまり頓着しないだけで、確かに男性にとっては嫌なのかもしれない。

「あの、ここ、嫌でした…?」

気を遣って鯉登さんにそう尋ねると、ぐ、と言葉に詰まって、それから、いや来慣れないだけで嫌ではない、とモゴモゴと言って少しだけ頬を赤くした。
そして、取り分けたパンケーキをパクリと口に入れる。

「ん…んまいな」

目を丸くした鯉登さんを、前山くんがくすくすと笑った。

「どうせいつも居酒屋とか、バーとか、そんな所でしょう。たまにはいいですよ、こんなところも」

自分の分のパンケーキを幸せそうにもぐもぐと頬張りながらそう言って、美味しいねぇ、と私に笑いかける前山くんは実はとても気が使える人だ。
多分このお店を選んだのも、私がお酒を飲めないのを知っていてのことだろうと思う。

それにしても、と後から運ばれてきたカフェラテ(泡で出来たクマちゃんが浮いてる。可愛い)に口をつけながら、ちらりと隣に座る鯉登さんを見る。

涼しい切長の瞳と褐色の肌にまつ毛の影が落ちて、きらきらと綺麗な髪が店の照明を受けて光る。
整った容姿で長い足を組んで、グラスワインを飲む鯉登さんはとても素敵である。

女性が多い店内で鯉登さんへちらちらと注がれる視線が、こんなことを思うのが私だけではないことを物語っている。

実はこうして、飲み会以外で鯉登さんと食事を一緒にするのは初めてのことで、距離が近くてクラクラする。

ぼうっと見惚れていたら、パチリと視線があって、ふふ、と鯉登さんが拳を口に当てて笑った。

「泡、ついてるぞ」

キリッと上がっていた目尻が、優しく緩められて、伸びてきた手と共にふわりと鯉登さんの香りが鼻をかすめる。
気づけばいつの間にか、鼻の上についていたラテの泡を、鯉登さんが優しく拭ってくれたことに気がついて、カッ!と顔に熱が昇った。

かっこいいやら、恥ずかしいやらで、しどろもどろになりながら礼を言う私に、鯉登さんがまた笑う。

慣れていらっしゃる。
とてもナチュラルに、こんな少女漫画みたいな。

「わぁ、すごい。今の、ドラマみたいなの見ました?月島さん」
「見た。すごいな」

目の前に座る月島さんと前山さんが、今の一連の流れを見て顔を見合わせた。
多分思っていることは、私も2人も一緒なのだろう。

「なんだ」

キョトンとして、それから、鯉登さんが首を傾げる。
その横で益々顔が赤くなるのを止められない私を見て、前山くんが目をぱちくりと開いた。

「無自覚なんだ…。彼女さんにヤキモチ妬かれません?」

前山くんの言葉を聞いて、本当だよ、と思う。
誰でも彼にもこんなことをしていたら、彼女としてはたまったものではないだろう。

「ん?彼女?いないが」

鯉登さんの言葉に、私と前山くんが、えっ!と声を上げると、鯉登さんはもう一度、いないぞ、と言ってワイングラスに口をつけた。

「え、じゃあ、先輩とは?」
「え?どうしてアイツが出てくるんだ。無いだろう、どう考えても」

思わず噂の相手のことを口にしたら、鯉登さんが吃驚した顔をして私を見る。
これは隠しているとかではなく、本当になぜか分からないといった顔だ。

「えー、なぁんだ。やっぱり噂は当てにならないなぁ」
「噂?」
「営業部の主任カップルって、社内じゃ噂になってますよ」

前山くんの言葉に鯉登さんが目を見張って、なんだその噂、と月島さんを、じと、と見る。

「知りませんよ、俺に聞かないでください。…あぁ、でももしかして、あれじゃないですか、和田部長の」
「…あ…あぁ〜…あれか…」

2人で腑に落ちた様子なのを見て、前山くんが、なんですか?と興味津々といった様子で身体を乗り出す。
月島さんが苦笑いで、知らないのか、と話を続けた。

「去年、社の忘年会があっただろう。あの各部総出のデカいやつ。
その時に和田部長が酔っ払って、“うちの主任2人は恋人を通り越してもはや夫婦だな”と発言してな」

真意としては“息の合う2人だ“ということらしかったのだが、色々と面白おかしく解釈されてしまったらしい。

「かなり揶揄われて、あれには参った。アイツもかなりキレていたな。笑った顔があんなに恐ろしく見えたのは初めてだ」

鯉登さんが溜息をついたのを見て、私と前山くんは、あー…、と和田部長の失態を、然もありなん、と遠い目をして聞く。
悪い人では無いのだが、なんというか、残念な発言が多い人なのだ。

「苗字はどうなんだ」
「え?」
「彼氏とか、好きな人とか、色々あるだろう」

急に話題を振られて、吃驚して鯉登さんを見る。
じっと私を見下ろした鯉登さんに便乗して、前山くんがワクワクといった様子で口を開いた。

「聞きたい聞きたい」

いきなり恋バナめいてきて、しかもその矢印は私に向いていて、おまけにその質問を投げかけたのは3年間片思いの相手で、居た堪れなさに思わず月島さんに助けを求めるように視線を投げかけると、いつもの仏頂面で2人を遮ってくれた。

「こらこら、女性に根掘り葉掘り失礼でしょう。苗字が困ってる」

月島さん…!

求めた通りの助け舟を出してくれる月島さんに感謝の視線を送ると、目線だけで月島さんが頷いた。

「なんだ月島ぁ、この会の趣旨を理解していないな」
「月島さんはこれだから」

2人が一斉に文句を言い始めると、はぁ、と溜息をついて月島さんが呆れた声を出す。

「人に求めるならまずは自分から、でしょう。
はい、では鯉登さん、どうぞ」
「キェ…!きゅ、急に、なん…!」

突然淡々とファシリテートし始める月島さんに、鯉登さんの顔がみるみる赤くなっていく。

「彼女はいないなら、好きな人は?」

便乗した前山くんがつぶらな瞳をパチパチさせて、期待のこもった眼差しで鯉登さんを見つめる。

「す、きな人、は…」

途切れ途切れにそう言うと、鯉登さんの視線が私に落ちてきた。
そのまま視線が外されることなく、じっと見つめられて、それから呟くように言った。

「好きな人は、いる」

恥ずかしさからか、ぐっと寄せられた形のいい眉とか、心做しか潤んだ目に惚けていたら、えー!誰ですか?、とテンションを上げた前山くんの声に現実に引き戻されて、視線がぱっと外れた。

「言うわけないだろう」
「いいじゃないですか、僕口は硬いですよ」
「全く信用ならんな」

前山くんと鯉登さんの掛け合いを聞きながら、音を立てる心臓を抑えようとラテに口をつける。

自分に掛けられた言葉ではないはずなのに、まるで告白されているみたいで、凄くドキドキしてしまった。

でもそうか、好きな人がいるんだなぁと思う。

彼女はいないようなので、来週末のバレンタインに渡すかどうか悩んでいた物を渡すのはいいかもしれないが、渡したところでやっぱり迷惑かもなぁと暗い気持ちがモヤモヤと漂う。

好きな人がいるのに、どうとも思っていない後輩にバレンタインのプレゼントを貰っても困るだけだろう。

ひっそりとデスクにしまってあるそれは、渡せないだろうなとは思っていたけれど、やっぱり思った通りになりそうだ。



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