スパ・バレンタイン・ナイト@




タクシーの中で、無表情で携帯をいじる尾形さんをチラッと見たら、チッと舌打ちが飛んでくる。

「何だ」
「いえ別に」

視線を逸らして、車窓の外の流れる景色を目で追いかけていると、ゆっくりと減速していった。
会社のICカードで手早く支払いを済ませ、先に降りていた尾形さんの横に並ぶ。

「言いたいことがあるなら言えよ」
「別に。
会社からの連絡取らない尾形さんが携帯見てるってことは、女だろうなと思っただけです」
「お前、勘がいいな」
「どうも」
「そうだとしても、お前に何か言われる筋合いはない。
あとまだ朝なのに、鼻の頭脂浮いてんぞ」
「何も言うつもりありませんよ。ただクソだな、と思ってるだけで。
あと、嘘やめてください。さっき車内でチェックしてますから」
「ははぁ。モテねぇの僻んでやがる」
「手当たり次第女引っ掛けてるだけなのに、モテてると思ってんですか。
めでたいですね。その調子で頑張ってください」

取引先に到着しているので表情だけはにこやかだが、会話の内容は殺伐としている。
笑顔のまま尾形さんが舌打ちをしたところで、ビルの入り口に入った。

「「いらっしゃいませ」」

受付の女性二人が立ち上がって、綺麗なお辞儀をして出迎えてくれる。

尾形さんが、あの嘘くさい貼り付けたような笑みを浮かべて、一人の受付嬢に歩み寄って行った。
確か彼女は、有坂重工の社長の娘さんだ。
『馬鹿で緩そうな女だが、まぁ使えれば何でもいい』と尾形さんが言っていたことを思い出し、何故女性たちはあの胡散臭さに気がつかないのか、と疑問でしかない。
尾形さんは会社の先輩で、私のチューターで、仕事の面では尊敬できることもなくはないが、人間としては最低だと思っている。

「営業2課の月島さんと、本日10時にお約束させて頂いていた、鶴見商事の者ですが」
「畏まりました。少々お待ちください」

公衆の面前でいちゃつき出した二人から無理やり視線を外してアポを伝えると、隣で行われていることなど何もないかのように、もう一人の受付嬢が綺麗な笑顔を浮かべた。

すごいなぁ、動じない精神。

思わず感嘆を胸のうちで溢す。
私はすぐに顔に思っていることが出てしまうので、尾形さんに良く『お前営業向いてねぇ、辞めろ』となじられてきた。

「ご案内致します」

彼女がテキパキとアポの確認をしているのをぼーっと見ていたら、声を掛けられる。
指の先まで綺麗な立ち姿。

我に返って、慌てて尾形さんを小突いた。




顔の怖さで言うと、尾形さんと並ぶな。
いやでも、尾形さんは愛想笑いするからな。

目の前に座る月島さんの眉間に、深く皺が寄るのを見て、失礼なことが頭を過ぎる。

「では、このように進めて宜しいですか」
「いや、ちょっと待ってください。
この点はもう少し検討する時間が欲しい。
こちらはこのままの案で良いので」
「承知致しました」

にこりと笑顔を浮かべた尾形さんをちらりと見て、きっと今、心中で舌打ちしてるだろうな、と思う。
内心としては、どうせ検討しても結果は同じだろうが、というところか。
この人は少々強引に話を進めることがある。

「月島さん、ご検討ありがとうございます。
もし他に比較資料が必要でしたら、本日手元に御座いますが、ご入用ですか?」
「助かります。
こちらからお願いしようかと思っていたところでした」
「承知致しました。
心ゆくまで比較検討して頂けたらと思って、準備してきたんですよね、尾形さん」

隣に座る尾形さんに営業スマイルを投げかけると、尾形さんも、そうだな、と笑顔を返してくる。
口の端ピクついてんぞ、と思うがドヤ顔が漏れでないように気をつけた。

「項目ごとに比較点を纏めていますが、不明点が御座いましたら、いつでもご連絡ください」

にっこりと笑ってみせると、月島さんは仏頂面のまま、分かりました、と一言言って手に持っていたペンを胸ポケットにしまった。
それを会議終了の合図と受け取り、各々荷物をまとめ始める。

「あぁ、そうだ、月島さん」

尾形さんが不意に顔を上げて、月島さんに笑みを向けた。

「今週末、ウチの社の連中で合コンやるんですが、月島さんもどうです?」

私はぎょっとして尾形さんを見る。
それから月島さんを見ると、月島さんは目を見開いていた。
多分動揺しているんだろう。
その顔に、更に私が動揺した。

「ちょっ…尾形さん、」
「お前も来るか?」

私にも笑顔を向ける尾形さんに、いや、私ら友達か、とツッコミたくなるが、呆れて物が言えない。

「あー…今週末は、会食があるので難しいですね」
「そうですか、残念ですね。
受付のお2人は来られるそうですよ」
「はぁ。そうですか」

月島さんが若干引いている。
これはヤバい、と思い慌てて笑顔を作り直す。

「すいませ〜ん、月島さん。
尾形さん、人類皆友達だと思ってる陽キャなんで距離感おかしいんですけど、無視してもらって大丈夫なので〜」

自分の言い訳もどうかと思うが、とりあえずこの場を収めようと、取り繕う言葉を並べる。
隣で非難の目を向けられているのは気づいているが、無視して横から尾形さんを押した。
これ以上2人に会話をさせたくない。

「では、失礼致します。
検討結果お待ちしております」

何度も頭を下げて、エレベーターの扉が閉まったところで、尾形さんを睨みつけた。

「マジで!何考えてんですか、尾形さん!」
「チィッ…うるせぇ」

面倒くさそうに明後日の方向を見る尾形さんに、更にくってかかる。

「こんな大口の契約、飛んだら洒落になんないの分かってるでしょ?!」
「ここまで話が進んで、急に手を引くことなんかねぇよ。
大体、ただの合コンの誘いだぜ。
そこまでぎゃあぎゃあ喚く意味が分からん」
「人見て誘え!馬鹿かアンタは?!
次の契約も狙ってんですから、失礼がないようにしないといけないでしょうが…」

フン、と鼻を鳴らした尾形さんに、更に文句を浴びせようとしたら、チンと軽い音がして一階にエレベーターがついたことを知らせた。

早く尾形さんとのコンビ解消したい、もう無理、まじで死ね。
頭の中に呪詛の言葉が延々と出てくる。

このことは絶対に宇佐美さんに愚痴ろう、と心に決めて自動ドアをくぐった。



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