君の1番になってあげるよ@
やっぱり、調子悪いなぁ。
いつもより足が早い気がする花の様子を見て、チクリと胸が痛む。
フローリストとしてビルに飾る花のアレンジメントや手入れを、仕事として頂けるのは勿論有り難い。
個人の顧客より、企業の方が契約制だし安定感がある。
それに、ここから派生する仕事も多いのだ。
色んな名目で花を贈ることが多いので、馴染みの花屋に頼むことが多く、自然と年間を通して花の注文は途切れなかったりする。
それはでも、私の都合であって、目の前で死にゆく花々には何ら関係の無いことだ。
私は命を磨り潰して、お金を稼いでいる。
本当は、その磨り潰される命が、誰かの心の中で永遠になるから、それに対してきっと人は対価を払うのだと思う。
でもここでは、ただ、磨り潰されて、消費されるだけだ。
風景であっても、誰かの情景にはなり得ない。
なんて。才能の無さを花の所為にすんなって。
自嘲する言葉を胸の内で噛み潰して、床に広げた新聞紙とその上に散らばる茎や花弁の屑を纏めた。
定額制で花をビルに飾るサービスを展開しているが、ここ鶴見商事はお得意様だ。
最も高額なプランを契約してくれている。
花材も良い物を、それも種類多く使う事ができるから、結構豪華な物ができる。
少し離れて作品を眺め、誰かの目に留まってくれればいいな、と願う。
見てくれる人がいないわけではないということも知っているから、どうにか仕事として続けられる。
腕時計を見ると、朝7時を迎えようとしている。
そろそろかな、と思い、きっちり道具を片付けてゴミ袋を縛った。
「あ、苗字さん、おはようございまーす」
「宇佐美さん。おはようございます」
温和な笑みを浮かべた宇佐美さんが、小走りで近寄ってくる。
「寒いですねぇ」
「2月って年間でも一番寒い時期ですよね」
品の良い革の手袋を外してポケットに仕舞いながら、花を見ている宇佐美さんに応えた。
「花的には寒い方が持ちがいいんですかね。
いやでも、やっぱり、貴方の腕がいいんでしょうね。徐々に枯れていってる筈なのに、いつまでも綺麗だ」
私は吃驚して、それから、あぁ、と思う。
「私の師匠が良く、花は見てくれる人がいるとそれに応えて長く綺麗に生きようとする、って言ってました。
宇佐美さんが良くお花を見てくれるから、お花がきっと頑張ってるんじゃないかな」
師匠は、『だからお花のためにも人に見てもらえるような作品を作りなさいね』とも言っていたけれど、それは自分の心が痛いので口にしない。
見てくれる人の少ないお花だから痛みが早いな、なんて先程まで思っていたことも、勿論胸に秘めておく。
結局心の持ちようの話なのだろう。
私の作品など誰の目にも止まらない、と思っている私と、花が綺麗だと思って見ている宇佐美さんとの違い。
「コレ、車に運びます?」
2人で暫く無言で花を眺めていたら、宇佐美さんが軽やかに言葉を発した。
宇佐美さんの指す指の先には、私が持っていたゴミ袋があって、悪いですよ、と手を振ると、いいからいいから、と奪われてしまった。
▽
宇佐美さんと出会ったのは、昨年の秋頃だった。
「やぁ、おはよう」
「おはようございます、鶴見社長」
鶴見社長は鶴見商事の社長で、一代でここまで会社を大きくした実力者だ。
経営者の中には彼に憧れる者も多く、私も曲がりなりにも個人事業主として彼を尊敬している。
鶴見社長は本当に気を配れる方で、従業員ではない私にも、見かけるといつも声を掛けてくれた。
忙しそうに通りすぎる時にも、微笑んで手を上げることはしてくれる、とても素敵な方だ。
「これは、紫陽花かな?珍しい色だね」
「えぇ、秋色紫陽花です。
夏に咲いた紫陽花を秋まで切り取らずに、上手に育てると枯れずに、こういったアンティーク調の色合いに変化するんです」
そこまで説明して、鶴見社長の横に立っている男性と目が合った。
上品な顔立ちで、渋めのブラウンのダブルスーツをうまく着こなしている。
私の視線に気がついて、鶴見社長が隣に立つ男性の肩に手を置いた。
「ん?宇佐美くんとは初対面だったか?」
彼は企画部のエースなんだよ、と笑顔で紹介してくれた。
社長の立場でも、社員の名前を良く把握して、こんなに距離が近いなんていい会社だな、と思う。
「社長、この方が例の、“生花の君”ですか?」
にこにこと嬉しそうに笑いながら宇佐美さんが言って、私は首を傾げた。
「“生花の君”?」
「うふふ。いつも人知れずそっと、素敵なお花を生けて姿は見れないということで、僕が勝手にそう呼んでました」
失礼でしたらすいません、と言葉とは裏腹に悪びれた様子のない宇佐美さんに、私は思わず笑ってしまう。
「素敵な渾名、光栄です。花屋金華の苗字です」
「ありがとうございます。素敵な屋号ですね」
名刺を渡すと丁寧に受け取ってくれ、嬉しいポイントを褒めてくれる。
さすが鶴見社長をしてエースと言わしめる人だな、と納得するような、コミュニケーション能力の高さである。
鶴見社長は私と宇佐美さんのやりとりをじっと見て、そういえば宇佐美くんは苗字さんのファンだったか、と言って笑った。
今まで私のお花を見てくれている人はいないだろうと思っていたが、そこに宇佐美さんの存在が浮上した瞬間だった。
不思議なことに縁が一度繋がると、その後良く宇佐美さんと会うことが多くなった。
そしてそれが、少しだけ楽しみになりつつある自分がいる。