君の1番になってあげるよA
「ごめんね、佐一ちゃん。休みの日にこんなこと手伝わせて」
「いいっていいって。それに、ちゃんとバイト代出してくれるんだからさ、俺は名前ちゃんに雇われたバイトだよ?」
謝る必要なんかないって、と爽やかに笑う彼に、今度はありがとうと言って微笑み返した。
日曜の午前に呼びつけて、文句も言わずに手伝ってくれる彼は優しすぎる。
佐一ちゃんは、師匠の店に出入りしていた運送業の社員さんだ。
そこで知り合ってから、長い間仲良くしてくれている。
名前で呼び合うのは師匠の店にいた頃の名残だ。
あの頃は皆従業員は名前呼びで、なぜかその中に佐一ちゃんも紛れていた。
彼は人の輪の中で、いつの間にか明るく笑っているようなところがある。
自分で店を出してからは、従業員が私しかいないので、力仕事で男手が必要な時は手伝ってくれる。
「家永さん元気?」
「元気だよ。この前電話で話したら師匠も、『杉本くん元気かしら』って気にしてたよ」
「担当区域変わっちゃって、ここ1年くらい全然会えてなかったからなぁ。今度お店に顔出すよ」
「喜ぶからそうしてあげて。佐一ちゃんに会うと若返るって言ってたし」
「いや、好いてもらってるのは嬉しいんだけどさ、めちゃくちゃ触ってくるのはどうにかならないかなぁ」
「師匠、若い男の子の筋肉大好きだからねぇ。食べちゃいたいって」
「なにそれ、こわぁい!」
交換する植木の鉢を台車に乗せて押しながら他愛ない話をしていると、ふと視線を感じて元来た道を振り向いた。
「あ、やっぱり、苗字さんだ」
「宇佐美さん!」
黒いチェスターコートに黒いインナー、黒い細めのパンツに黒いハイカットブーツといったモードな格好で、いつものスーツよりラフに見える彼が、いつもと同じように走り寄って来た。
指にはシルバーのアクセサリーがはめられていて、いつもお洒落だけれど、なんだか今日はまた別の人に会ったかのような錯覚に陥る。
「今日会社お休みですよね、どうしたんですか?」
「いやぁ、なんだか苗字さんに会える気がして…っていうのは冗談で、忘れ物を取りに。
月曜日打ち合わせで、朝出社せずに先方の会社に行くから、必要な資料取りにきたんだ」
あれ何だか、いつもより話し方もフランクだな、とちょっとした違和感を感じるが、宇佐美さんのお休みの日のテンションがこんな感じなのかも、と考え直す。
「名前ちゃん、俺あれだったら先にトラックにコレ乗せてこようか」
「あ、ごめん、佐一ちゃん。お願いしていい?」
了解!と言って、佐一ちゃんはそのまま台車を押して、エレベーターホールを目指して走っていった。
鶴見商事がお得意様だと分かっているから、多分、邪魔しないように気を利かせてくれたのだ。
「お互いに、ちゃん呼びって凄く仲良いんだ?」
宇佐美さんにそう言われて顔を見ると、にっこりと微笑んでいた。
一瞬なんのことを言われているのか分からなかったが、佐一ちゃんのことか、と思い当たる。
「佐一ちゃんは昔の仲間で、仲間内だと名前呼びが当たり前だったので中々抜けなくて」
「ふぅん。いいねぇ」
この問い詰められる感じはなんだろうな、と思いながら、顔を見ると穏やかに笑っているし、妙な違和感を感じる。
でもいつもの宇佐美さんではないかと思えば、そうとも感じられるし、やっぱり自分の気のせいか、と思い直した。
「ところで苗字さん、今日はこの後何かご予定があります?」
唐突な宇佐美さんの言葉に、私は首を傾げた。
「さっきの植木を交換したら、一旦お店に戻って今日の仕事はお終いです」
「そう。じゃあもし良かったら、これ一緒にどうですか?」
夜なんですけど、と言いながら、宇佐美さんがスマホの画面を操って開いたページを見せてくれる。
そこには、海外のフラワーアーティストが神社の敷地内で行う、インスタレーションの大規模展示会のページが表示されていた。
「これ…!早々にチケット売り切れちゃったやつじゃないですか?」
そうなのだ。
行きたいなと思っていたのに、チケット販売開始日から暫くして購入しようとしたら売り切れてしまっていた。
ゆっくり作品と向かい合ってほしいというアーティストの想いから、1日の入場制限があったようでチケットに限りがあったらしい。
そんなことも知らずに、のんびりしていた自分の迂闊さを嘆いたのが、つい先週のことだ。
「実は友達と行くためにチケット2枚取ったんですが、体調崩しちゃったみたいで。
僕一人で行ってもいいんだけど、こういうのって一緒に行って後で色々共有したいじゃないですか。
でも、僕の周り、アートとか疎い人ばっかりで…。
ここで偶然会ったのも何かの縁ですし、一緒に行ってくれたら僕が嬉しいなぁ」
だめですか?と甘えたような声を出す宇佐美さんが、何だか少し可愛い。
「凄く行きたかった展覧会なので、是非ご一緒させてください」
「良かった。詳細連絡するんで、ID交換しましょう」
にっこりと笑って、宇佐美さんがスマホを取り出した。
私もそれに従って、スマホを出して連絡先を交換する。
その後作業を終えて佐一ちゃんとトラックに乗り込んだ時には、宇佐美さんに感じた違和感は吹っ飛んでいて、急遽決まったお出かけに緩む頬を抑えるのに苦労した。