番外編(バレンタイン)



「今日はバレンタインということで、チョコに合うお茶をテイスティングしてみましょう〜」
「チョコとお茶?」
「実は相性いいんだ。日本茶、台湾茶、紅茶……チョコの種類によっても相性変わるから飲み比べだよ」
ラベリングされた茶葉を並べながら説明すると、うわぁ!と声を上げたダーホンの顔がキラキラと輝く。
「お茶部じゃないのに、いいのか?俺たちまで」
遠慮がちにそう言うのは常識人の風間くんだ。
「勿論、これは入部体験ですよ。ねぇ、御影先生」
顧問である御影先生を振り返ると、自分のデスクに座り、頬杖をついてこちらを見る目と視線が合った。
「どうぞ、俺のことは構わずやってください。俺は顧問だからな、見てるよ」
にっこりとした大仰な笑顔が白々しく感じるのは、私の罪悪感からか。
今日はバレンタイン。この日のために1週間前から先生の予定を押さえて、先生と2人でお茶部でお茶会の予定だった。けれど、私は風間くんとダーホンとお茶会をしようとしている。
元々2人分と余分にもう1人分のお茶と茶器しか用意していなかったから、ダーホンと風間くんに出してしまったら私か先生の分が無くなってしまう。私はお茶の淹れ方を実演しないといけないから、今回は先生我慢してください、と言った時先生が少しがっかりしたような顔をしたような気がしたのも、きっと罪悪感からだと思う。先生との約束を、急に変更しようとしていることへの。
こんなことになってしまった理由。それは1時間ほど前に遡る。

「牧ちゃん」
「牧」
「ダーホンに、風間くん」
階段から降りてきたダーホンに、登ってきた風間くん、そして廊下を歩いてきた私。
3人で偶然ばったり鉢合わせて、廊下の踊り場で目を丸くした。
「どうしたの2人とも」
「俺は……」
風間くんの顔が歪む。
あぁ、これは……。
マリィを待ってたんだ、とピンときてしまった。
今日はバレンタインで、風間くんに渡すつもりの手作りチョコを家に忘れてきたとしょげていたマリィを思い出す。取りに帰るにもクラブもあるし、と半べそをかいたマリィに、クラブの後風間くんの家に届ければいいと助言したのは私だ。
マリィ、後で届けるとかなんとか風間くんに言おうよ……。
風間くんの前ではしっかり者でいたいマリィは、きっと忘れたなんて言い出せなかったのだろう。分かるけれど、マリィが思ってるよりずっと風間くんはマリィに惚れているのだ。高校最初のバレンタインを貰えなかったことが余程ショックだっのだろう。明らかに落ち込んでいる。それでもめげずにマリィのクラブが終わるまで待とうとしている辺り、流石王子たる図太さだ風間くん(褒めてるつもり)。
ちらりとダーホンに視線をやると、黙り込んだ風間くんをキョトンとした顔で見ている。
やめろ、ダーホン、何も突っ込むな!
私はダーホンがマリィから市販のチョコを貰っていることも知っている(手作りだけ忘れてきて、市販品は鞄に入れていたから持ってきていたらしい。幸運にも今年マリィの高級チョコを手にしたのはダーホンだ)。
もしここでダーホンが突っ込んで風間くんがマリィと帰るつもりと白状したらダーホンがモヤつくだろうし、ダーホンが俺は彼女からチョコ貰ったよ、なんて屈託なく言おうもんなら、風間くんが血の涙を流すかもしれない。
ダーホンも風間くんも誰も幸せにならない未来がチラついて、慌てて口を挟んだ。
「ふ、ふたりとも!よかったら、お茶して帰らない?!」
たった今から使おうとしていた茶器セットの入った袋を持ち上げて見せたら、2人が目を見開いた。
かくして2人を伴って、お茶部で使わせてもらっている理科準備室へ向かったのだ。








 
「疲れた……」
「お疲れさん」
くたりと机にうつ伏せた私に、御影先生がくすくすと笑って声を掛ける。
「なんだよ?」
本当に見てただけでしたね、と恨みがましい視線を高い位置にいる先生に送ると、悪びれた様子もなく笑いながらさっきまでダーホンが座っていた席に腰掛けた。
「お前の優しさは痛いほど分かるけどさ、アイツら勝手に学んで勝手に決着つけていくから、信じて待てばいいよ」
それはそうなんだろうけど、と釈然としない気持ちで御影先生の言葉を聞く。
バッチバチに意識しまくっている風間くん対無意識好意垂れ流しダーホンの間を取り持つのは、苦しい時間だった。無論、2人の間でその対象になっているのはマリィだ。
彼氏でもないのにダーホンに牽制をかける風間くんと、それには全く気づかずにマリィについて考えを述べたり、時折頬を赤くして言いかけた言葉を飲み込むダーホン。そしてそのダーホンに苛々している風間くんと、それに気が付かないダーホン……。廊下で鉢合わせした時にややこしいことになるのを避けようと話を逸らすために誘ったお茶会だったけれど、そうなってくると激しく後悔した。しかしもう乗り掛かった船だ。自らのお節介のせいで険悪な雰囲気にだけはならないようにと、2人の間で右往左往する羽目になった。結局風間くんは新体操部が終わる時間を見計らって、帰る、と言って席を立ち、ダーホンも暫く他愛ない話をした後に、じゃ俺も行くね!と元気に帰って行った。
2人のやり取りを私には関わりのないことと放置することもできたが、マリィにとばっちりが行ったらと思うと手出しせずにはいられなかった。御影先生は、きっとそれを放っておけと言いたいのだろう。マリィも含めて自分たちで学んでいくからと。
「……だってあのままじゃ、2人でマリィのところに行って彼女を困らせかねなかったし……」
「ははは。お前も相当あの子に甘いよな」
先生には2人をお茶会に誘った経緯を話してあった。
慌てた私を想像したのか笑って、不思議な吸引力でもあんのかなあの子には、と愉快そうに言う。
そりゃあ主人公ですからね、マリィは。
浮かんだ言葉を飲み込んだ。
「私はただ、マリィもダーホンも風間くんも、みんな大切なだけなんですけどね」
「……そうか。お前にそんな存在ができたことは、先生的にはすげぇ嬉しいことだな。
けどさ、悩んでぶつかって、時には泣くようなことがあっても、その経験だって今しかできない青春だぜ?
その経験を奪う権利は誰にもないよ」
口調は随分穏やかだけれど、最後の言葉に釘を刺されたことに、あ、と気がつく。
そうだ、皆はまだ高校生で、これから沢山傷ついて大人になっていく。その経験を、大人の私が先回りして潰してしまうのは行きすぎた行為だ。ここまで御影先生に言わせないと気がつけなかった自分が恥ずかしい。
「……気をつけます」
「分かればよろしい」
満足気に頷く先生の顔を見て、本当に気をつけようと自分を戒めた。そんな私を見て、先生が口を開く。
「ところでさ、今考えてること言っていいか?」
「え、なんですか?」
改まってなんだと訝し気にその顔を見返せば、にやりと楽しそうに笑った。
「なんかこの会話、子供たちについて話す夫婦みたいだよなぁ〜……なんて」
「なっ……?!」
爆弾発言に言葉を失う。やばい、顔が赤くなる。
「も、もう!何、ふざけたこと言ってんですか!先生お茶飲みますか?飲みますよね?!淹れてきます!」
「おう頼むよ、母さん」
「もうっ!」
完全に揶揄われている。恥ずかしい。この後どんな顔をして“アレ”を出せばいいのか。
「……ばか……!」
背中で楽しそうに笑う先生の声を聞きながら、隣の理科室へ逃げるように退散した。ほう、と息を吐く。それから茶器をすすぎつつ、昨日作ってきた先生へのバレンタインのお菓子を思い浮かべた。
手が込みすぎていないけれど、ちゃんと美味しくてさっと食べられるお菓子、と考えに考えて作ったプリンだ。ショコラ味とプレーンと二つ作って、一緒に食べようと思って、と言い訳まで考えて。
風間くんとダーホンに出したのとは違う、白桃ほうじ茶なんてちょっと良いお茶まで出したら流石にバレるだろうか。
「絶対、バレンタインなんて言ってやらない」
決然と呟いた言葉とは裏腹に、沸いたお湯を茶葉にかけたらふわりと甘い桃の香りが漂った。











「ん〜良い香りのお茶だ。プリンも。ありがとうな、牧」
「いいえ、私のためでもあるので」
「ふーん、そっかそっか。じゃ、これの意味は都合良く受け取っておこう」
「ダメです!」
「なんでだよ。言っとくけど、俺、今日めちゃくちゃ楽しみにしてたんだぜ。それなのに、俺との約束なんてなかったかのように風間と本多連れてくるんだからなぁ。流石にちょっと傷ついたぜ」
「え、それで態度が変だったんですか?大人気ないっ!」
「ふん、残念だったな。俺は大人じゃねぇんだよ」
「……拗ねてます?」
「拗ねてねぇよ」
「嘘だぁ」
「だから、拗ねてねぇって」
「はいはい」
「こら。覚えとけよ?不良娘」