9(1年目目終了)
「完成……!」
「できたね……!」
私とみちるの前には、お洒落なパッケージに包装された紅茶たちが並んでいる。みちると一緒に作ったデザインだ。たった10袋の限定販売だけれど、お茶の葉を摘むところからここまでやったことに達成感と嬉しさが込上げる。そんな私を見て、うふふ、とみちるが笑った。
「なんとか文化祭に間に合ってよかった」
「本当に、みちるにはなんとお礼を言ったらいいか……」
「やだ、気にしないで。春乃と文化祭の準備ができて、とっても楽しかった」
文化祭は今週末に迫っている。みちるがいなければ、到底ここまで出来なかっただろう。
あとは、とみちるが顎に指を充てる。
「御影先生にチェックしてもらって……ってどうしたの?春乃?」
「いや……なんでもない……」
その名前を聞いただけでげんなりする私に、みちるが心配そうに声を掛けてくれた。
あの日以来先生を避けて生活している。普段の生活なら避けることなんてまずできないだろうが、幸いにも文化祭準備期間中で授業のコマが潰れたり、クラブ活動するはずの放課後の時間が準備あてることになったりで、奇跡的に御影先生と関わらずに済んでいた。朝晩のホームルームだけは避けられないけれど、そこは下を向いて目を合わせずに過ごすことでやり過ごしている。先生が、何か言いたげな顔をしているのは分かっているけれど。
あの秘密がバレてしまった日。ひどく混乱した私は泣いて、あんな状況でも心配してくれる先生に酷いことを言った。恥部が露呈したような羞恥と困惑と、見られた事への悲しさと、何より自分が置かれている状況に対しての動揺で頭がぐちゃぐちゃになって、その場から逃げ出した。御影先生に見られてしまったことが夢であって欲しいと何度も願ったが、くっきりと残った記憶がそれを否定する。
だけど、なんと説明すればいいのか分からない。もしこの信じ難い状況を先生が理解してくれたとして、今までの自分の振る舞いを考えると引かれるのではと思うと怖い。中身は20代半ばの女なのに女子高生の振りをして生活してました、なんて気持ち悪いのではないかと思うのだ。子供っぽくはしゃいでいた自覚がある分、そんな気持ちが重くのしかかる。本当は部屋に閉じこもっていたかったが、そうすると両親に心配をかける。それだけはしたくなかったし、これ以上事をややこしくしたくなかった。結局学校には出てきているが、このままではいけないんだろうな、と思いつつ身動きが取れないでいる。
一方で前進したこともあった。あの謎の現象についてだ。その後週末を使ってすぐに検証してみた結果、どうも熟睡すると寝ている間に20代の私に戻るらしく、起床から少しして高校生の姿に戻ることが分かった。戻る時間はまちまちで、数秒後のこともあれば、数分20代の姿のままのこともある。なんだこれは、と朝起きて直ぐに手元に用意した鏡で自分を確認して愕然とし、定点で撮った自分の寝姿を見て唖然とした。こんなことに気が付かず半年以上この世界線で生きていたかと思うと怖すぎる。家族旅行で両親にバレなかったのは不幸中の幸いだろう。……いやでも、代わりに御影先生に見られてしまったわけだけれど。どうしてあの時に寝てしまったのか、と自分を責めたくなるが、抗い難い睡魔に襲われてどうしようもなかったのだ。多分、緊張が振り切れてしまったのだと思う。それにしてもと、もっと上手く立ち回れば良かったのに、としても仕方のない後悔が募る。
「それで、どうする?御影先生のチェック」
「あ……うーん」
ぼんやりとしていたら、みちるが首を傾げてこちらを見ていた。
「任せるって言ってたから、いいんじゃないかな、別に。多分見せたところで、特に何も言わないと思うし。出品予定商品として執行部に提出して、教頭先生のチェックさえ通れば別にOKじゃないかな」
「え?でも……」
「いいのいいの。時間ないし、省けるものは省いていこう」
みちるが心配そうにしている。自分でも強引な自覚はあるけれど、今はどうしても御影先生に会いたくなかった。問題を先延ばしにしているだけと分かっていても。
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「安眠ブレンド、ワン、お願いします」
「はぁい」
迎えた文化祭当日は晴天で、来場者もかなりの人数だ。
忘れていたが、この世界ではば楽は名門の部類に入る高校で、その分こういった外部に向けて開かれた行事の時には人の入りも多い。座って休憩しがてらお茶が飲める園芸部カフェは中でも盛況だ。賑やかでとても楽しい。園芸部の皆んなと一緒になって忙しく立ち働いていると、学校行事をやってる感が込み上げてくる。悩みはあれど、気が紛れた。
「牧ちゃん、はばたきティーの持ち帰りまだある?お客さんだけど」
「大変申し訳ありません、完売致しまして……。」
園芸部の子が案内してくれたお客様にお詫びすると、あら残念ねぇ、とおっとりとしたマダムが頬に手を当てる。有難いことに、みちると作ったパッケージの紅茶は午前中のうちに完売してしまった。ちら、とお茶部のブースを確認すると試飲の在庫はまだ残っているのが目に入る。
「お客様。こちらでお飲み頂ける分はご用意できますが、いかがでしょうか?」
「まぁ。いただくわ」
「有難うございます。では、こちらにお掛けになってお待ちください」
椅子を引いて案内すると、ゆったりと微笑んでマダムが椅子に腰掛けた。
ブースに戻って紅茶を淹れる準備をしていると、園芸部の部長が近寄ってきて小声で話しかけてくる。
「ねぇ、牧ちゃんってさ、めちゃめちゃ接客慣れしてない?」
「え、そうですかね」
「してるよ……!さっきもなんか、あのお客さんと牧ちゃんのいる所だけ高級なティールームみたいだったもん」
目を輝かせる先輩に、ははは、と誤魔化して笑った。
実際、バリバリ5つ星ホテルのティールームのヘルプに入ったりしてたからね……。
どうしても仕事モードになってしまう自分に困るが、久々の接客は楽しい。実は結構お客さんをもてなすことは好きだったんだな、と自覚した。もしもこの世界で生きていくことになったら、私はやっぱり同じ道を選ぶのだろうか。けれど、何となくそんな日は来ないことが分かる。いつまでもここにはいられないような気がするのだ。
「牧ちゃん、お湯沸いてるよ」
「うわっと」
慌てて火を止めて、今は接客中でしょうが、とぼんやり癖が出た自分に言い聞かせた。
「牧ちゃん、お茶部の方完売したよね?休憩行って来なよ」
「え、でも」
「朝からずっと入りっぱなしじゃん。お昼も食べてないでしょ」
これは部長命令です、ときっぱりと言われてしまい迷っていると、俄かに出入り口が騒がしくなった。
「御影先生!やっと来てくれた」
「いや〜悪い悪い。御影移動動物園、好評でさぁ」
やっば……!!
今一番会いたくない人物の声が聞こえて、思わずブースの下に隠れる。
「あ、御影先生だ……って牧ちゃん?」
「すいません、休憩いただきます……!」
怪訝な顔をした部長を置いて、変な姿勢のままそそくさとその場を離れた。廊下に出てほっと胸を撫で下ろす。お茶部の商品を御影先生に見せなかったことで、更に気まずくなってしまった。どんどん自分の首が閉まっていくのが分かる。
「あぁ、やだなぁ」
「何が?」
「うわっ」
思わず呟いた独り言に返答があって驚いて振り向くと、首を傾げたダーホンが立っていた。
「ダーホン……独り言に返事しないでよ、心臓に悪い……」
「えぇ?俺なんか悪いことした?」
ぴょこぴょこと跳ねながら一緒に歩くダーホンに呆れた眼差しを送ると、だー!何その目!と少し機嫌を損ねた表情をされて、まったくこの子は、と苦笑する。
「牧ちゃんはこれから周るの?」
「うん、休憩もらって来たから」
「園芸部の方忙しそうだったもんねぇ」
「ごめんね、さっきはあんまり構えなくて。外からのお客さんの対応が忙しくてさ」
ひとりでカフェに来てくれていたことを思って言うと、なんで謝るの?とダーホンが明るく笑った。
「いいことじゃん。お客さんいっぱい!」
可愛い……そしていい子だ……。
撫でくりまわしたい気持ちを堪えて、そうだね、と笑って返しておいた。
「ていうか、ダーホンはマリィと周らないの?」
「えっ?!何で?!」
風間くんと一緒に楽しそうにカフェに来ていたマリィのことを思い出して尋ねると、俺そんなこと言った?とダーホンが目を丸くする。
「え、何でって……周りたかったんじゃないかなって思って……」
違った?と聞くと、いつもは元気な眉がしゅんと下がった。
「ううん。違わない。周りたかったけど、俺が自分の出し物やってる間に誘いそびれて……結局彼女、涼くんと一緒に周ってたみたい」
変なんだけど何となく誘いづらくて、と笑ったダーホンに甘酸っぱい痛みを覚える。
ダーホン……!それが恋だぞ……!
どうもダーホンは自分がマリィのことを好きだとまだ無自覚なようで、見ているとムズムズする。それって好きってことだよ、と言いたくなるが、でもきっと、これは自分で少しずつ気がついていかなきゃいけないことなんだろうな、と思い直して話を変えることにした。
「……ダーホンの出し物って何だっけ?」
「あのね!クイズ・ヘアーカット・ダーホン!」
「そっかぁ……」
一瞬で変わった表情を見て、うんうんと頷く。あぁ癒される。
「結局誰かの髪は切れたの?」
「ううん。誰も俺のクイズに勝てないから……ていうか、そもそもお客さんも少なかったし」
また落ち込んでしまったダーホンが可哀想で、つい言ってしまった。
「へぇ。じゃあ私挑戦してみようかな」
「えっ、ほんと?」
目を輝かせたダーホンを見て、しまった、と思っても、もう後の祭りだった。
「じゃあ、切るよ?」
「後を揃える程度だよ?それ以上はダメだからね?」
園芸部の畑があるちょっとしたスペースに、散髪用のクロスに見立てたビニールを掛けられて座っている。人がいない所を探して歩いてきたらここへ辿り着いたのだ。
背後に立つダーホンに念を押すように言うと、うんうん任せて!と全く当てにならない明るい声が返ってきた。
クイズ・ヘアーカット・ダーホンに挑戦した結果、何とクイズに正解してしまった。というか、多分正解させられた。髪を切りたかったのだろうと思うが、これが分からない筈ないよね?と挑発されて、乗ってしまった自分にアホかと思う。
さら、とダーホンの手が髪を掬った。しゃき、とハサミの音がする。
「お客さん、綺麗な髪ですねぇ」
「ふふ、ありがとうございます」
秋の暖かい日差しと、ひんやりとした風が気持ち良い。遠くで文化祭の賑やかな喧騒が聞こえて、あぁ、なんか良いなぁと思う。ぼんやりと前を見て好きなように髪を触らせていると、不意にダーホンが口を開いた。
「牧ちゃん、もしかして最近ちょっと元気なかった?」
「え、何で?」
「うん。気のせいかもしれないと思ったけど、君の表情見てたらそんな気がして」
しゃくしゃくとハサミが動く。
あぁ心配かけちゃったのかな、と申し訳なく思う気持ちと、ほんの少しだけ気持ちが緩んだような気がした。
「……ダーホン、あのさ……もしも私が、」
もしも私がこの世界の人間じゃなかったら、そう言いかけた時だった。
「おお、いたいた。本多、妹さんが探してたぞ」
緩い声が背後からかかる。
「え、あ!やばい、そうだった、約束してたんだった!」
「行ってこいよ、怒ってたぞ〜」
え、ちょっと待って、と私が言う前に、ごめん牧ちゃん!でもカットは終わったから!と慌てた声がして、ダーホンが走って行ったのが分かった。
嘘、ちょっと待って、ダーホン。
「わ、私も、もう、」
「担当交代させて頂きますね、お客様?」
泡を食って立とうとするが、その前に背後からそっと肩を抑えられる。
首だけでゆっくりと振り返ると、少し怒ったような笑みを浮かべた御影先生が立っていた。
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露骨に避けてんなぁ。
視界の端でちらりと映った身を屈めて教室を出ていく牧の姿に、ずきりと胸が痛んだ。
あの日以来ずっと避けられている。ホームールームではずっと俯いているし、授業中も目を合わせない。呼び出すことは簡単だが、こんなに避けられているのに教師の権限を使って追い詰めるのも気が引けてどうすることもできなかった。
一番ショックだったのは、牧がお茶部の商品を俺に見せずに提出したことだ。氷室教頭に声を掛けられるまで(よくできている、というお褒めの言葉だったがまるで頭に入ってこなかった)知らなかった。正直文化祭のお茶部のことをきっかけにして話しかけてくるのではないかと待っていたところもあり、その目算が外れたことに落胆した。文化祭当日でもこの様子だ。どうしたものかと頭を抱えたい気分だ。
「御影先生、売れ行きかなりいいですよ」
「おお、職員の間でも評判だよ。やったな。よく考えて、準備した甲斐があったじゃねぇか」
思案は一旦おいておいて、報告に来てくれた園芸部部長に声を掛ける。
「はい!でも、牧さんの力が大きいですよ。接客やお客さんの誘導とか、牧さんがいたからどうにかなったと思います」
「そうか……」
牧の接客が良すぎるという噂は、職員の間にも広まっていた。父兄からのアンケートにもちらほらと書かれていたこともあり話題になっていたのだ。
いや、やっぱりなぁ。そう考えると色々としっくりくるんだよ。
これまで自分が立ててきた仮説を思い出して、そんなことを思う。
夏休みと、茶園からの帰り道で見た牧の姿から、俺が立てた仮説。それは、実は牧は大人なのではないかというものだ。
あの姿になった彼女が俺の知る牧と全くの別人ではなかったようだったこと、高校生の姿の牧の時折見せる大人びた仕草や思考の仕方や、例えばこの接客なんていう経験値がないと出来ないようなことをサラッとやってのけるところ(バイトもしたことがない高校生ができる芸当ではないだろう)からして、中身が大人と考えると合点がいくことが多いのだ。外見は高校生、中身は大人なんて何かのアニメか下手な都市伝説みたいな話だが、目の前で起こった事実だけを見て考えれば一番収まりの良い仮説に思える。
「先生、飲んでいきますか?」
「あ、悪い。用事ついでに寄っただけなんだよ。1年の本多来てないか?」
自分の出し物を他の人に預けて出てきた理由を思い出した。
「あぁ金髪の……さっき1人で来てましたけど、もう随分前に出ましたよ」
「そっか。ずっとすれ違ってんだよなぁ。ありがとうな。いや、ご家族が来てて、探してるみたいでさ。もしまたここに来たら、言っといてくれるか」
「分かりました」
頷く部長に、じゃあな、と声をかけて教室を出る。
今年の文化祭も盛況だ。はば学の良い宣伝になるから、模擬出展が成功すると良い評価に繋がる。お茶部の商品も早々に完売したと聞いたから、交渉次第では部員が足りてなくてもクラブに昇格できるかもしれない。
まぁ、それまでに牧との仲が修復できればの話か。
現状を思い出して肩を落とす。自分がこんなにも女々しい野郎だとは思わなかった。
正直、もしも俺の仮説が正しくて中身は大人の女性だったらと考えると、牧に俺の姿がどう映っていたのか空恐ろしい気持ちもある。随分大人気ないイタい大人に見えてるんじゃないかと思うと、胃の辺りからゾワゾワとしてくるが、あの日までは普通に接してくれていた牧を信じて、そんなことはないと思いたい。それよりも、もしも誰にも言えずにその秘密を抱えているのなら、随分心細くて苦しい思いをしてきたのではないかと思うのだ。
そりゃ言えねぇよなぁ。
逆の立場だったら俺もやっぱり隠すと思う。知られたことに動揺もするだろうし、なかったことにしたいと思うだろう。何となく牧の抱える秘密の輪郭が見えてきた今、見てきた涙の意味やあの夜の俺を拒絶する言葉も、理解できる気がする。もうとっくにどんな秘密でも受け止める覚悟はできているのに、牧にそれをどう伝えたらいいのかわからない。
「あーだめだ。畑行こう」
気持ちが落ち着かない時は、植物を見ることにしている。園芸部の畑に向かう道すがら本多に会えるかもしれないし。
園芸部の畑に誰かいると分かったのは、話し声が聞こえたからだ。
文化祭サボって……カップルか?
邪魔しちゃ悪いか、と思いつつ誰が何をしているかだけは確認しておこうと覗いてみると、そこには探していた金髪がいた。
「牧ちゃん、もしかして最近ちょっと元気なかった?」
牧がいんのか。
本多の言葉に思わず息を呑む。背中越しで分からなかったが、本多の前には牧が座っているらしい。ハサミを持って手を動かしている本多の背中を見て、そういえばヘアー・カット・ダーホンなんて出し物をやっていたなと思い出した。ていうか、おい、本多に髪切らせて大丈夫なのか。
「え、何で?」
「うん。気のせいかもしれないと思ったけど、君の表情見てたらそんな気がして」
牧の返答を固唾を飲んで待つ俺は、本当に女々しい。
「……ダーホン、あのさ……もしも私が」
え、おい、まじかよ。
秘密を語り出しそうな雰囲気にもやもやとしたものが胸を占めて、気がついたら身体と口が勝手に動いていた。
走り去って行った本多の背中を見送って、慌てて立ちあがろうとする牧を座らせる。少々強引だと思うが、話をするなら今しかチャンスがないと思った。それに何より、俺は今少し腹が立っている。
お前がその気なら俺だってやりたいようにやるぜ。
振り返ってバツの悪そうな顔をする牧を見下ろして、そんなことを思った。
「あの、先生」
「髪、もうちょっと揃えた方がいいな」
本多が置いていったハサミを手に、そんなことを言ってみる。言うほど酷い状況でもなかったが、こうでも言わないとここに居てくれなさそうで、ちくりと痛む罪悪感は見て見ぬふりした。座ってろ、と言うと諦めたのか大人しく座ってくれて、そっと息をつく。
「触るぞ?」
一言声をかけると小さな頭が、こくりと動いた。触れた髪が思ったより柔らかくてドキリとして、今日はどんな感じにしましょうか、と冗談で誤魔化してみるが牧は無言だ。盛大に滑った感が否めない。
めげるな、俺。
すう、はぁ、と息を吸って吐いてみる。よし、大丈夫。
「さっきさ、すまん、少しお前らの会話聞いちまった」
牧は相変わらず何も言わずに固まっている。俺の次の言葉をじっと待つように。
「俺が割って入らなかったら本多に、その、あの事を話そうとしてたのか?」
いやもっと違う言い方あったろ、と口にしたそばからすぐに後悔が生まれる。牧といると、こんなんばっかだな俺は。
「……もしそうなら、正直ちょっと悔しい。だから、割り込んじまった」
黙りこくっている牧の態度をいい事に、探り探り本音を漏らしてみれば、えっ、と振り向いた、理解不能といった顔をする牧に苦笑する。
「お前に信用してもらいたくて、実は必死だぜ?
あれからずっと考えてた。お前がどうしたら、抱えてる重い荷物を俺にも分けてくれっかなぁって」
「先生……」
伝わってくれと願って、できる限り真意を言葉にしてみる。きっと彼女には、上澄みを撫でるような上っ面の言葉は届かないだろうから。
「あのさ、お前がもし宇宙人で地球征服しに来ましたって言っても」
「へ?」
突飛な俺の言葉にキョトンとした顔を見つめる。
「実は月からやってきた姫でしたとか、白蛇の精で千年生きてますって言われたとしても」
「ちょ、ちょっと」
「お前はお前だ。受け止める理由なんて、俺にとってはそれで十分なんだよ」
「まっ……待ってください……」
気がつけば、牧が顔を背けて肩を震わせている。距離を取るように突き出された手に、一気に昂っていた気持ちが冷えていった。
「わ、悪い」
また何かやっちまったかと、いつの間にか近づきすぎていた身体を離す。顔は背けたままでいる牧に恐る恐る、大丈夫か、と声を掛けてみると、こくこくと頷いてはくれたから一先ずほっとする。
「……ふっ……はは……あは……あははは……!」
「お、おい、牧?」
今度は急に笑い出した牧にみっともなく動揺する。情けねぇ。相変わらず俺は牧の言動に一喜一憂して振り回される。
「ごめ……ごめんなさ……ふふ、あはは……はー……すいません……」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指で掬いながら、だって宇宙人とか姫とか……、と俺の言ったことを反芻してまた吹き出している姿を見て、やっと脱力した。良かった。泣かせたわけじゃない。
「あのなぁ、お前、俺は必死にだな、」
安堵から次第に変わる呆れの感情を言葉に滲ませると、不意に牧が顔を上げた。
「はい、ありがとうございます」
力の抜けた、ほわっとした柔らかな笑顔。潤んだ瞳がきらきらと光った。こんなの不意打ちだ。
「あー……ちゃんと、伝わりましたか」
「はい。伝わりました。その……えぇっと……すごく嬉しい、です」
頬を染めて目線を逸らして微笑む顔を見て、耐えきれずに顔を手で覆った。とんでもない、嬉しいのはこちらの方です。
「先生、文化祭の後、少しお時間貰えますか」
「お、おう。じゃ、理科準備室で待ってる」
「了解です」
被っていたビニールを脱いで丸めて立ち上がる牧を、ぼんやりと見る。伝えたかったことが伝わることが、こんなにも嬉しいことだとは。
『御影先生、御影先生。至急職員室まで』
「うおっ?!やっべ!」
校内に鳴り響いた氷室教頭の声に頭が一気に現実に引き戻された。
「急いで戻った方が良さそうですね」
「そうだな……じゃあ、また後で」
「はい、また」
職員室へ向かう足取りは、いつもとは違って軽い。
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「……という訳です」
「……ちょっと整理してもいいか」
「どうぞ」
文化祭の後、理科準備室にやって来た牧がおもむろに語った話を反芻する。
今年の春に別の世界で事故に遭って、目が覚めたらこの世界で高校生の牧春乃になっていたこと。本来の牧は26歳で、西暦的にも年齢的にも10年前に戻ったことになっていたが、どうやら牧がいた元の世界とは違うこの世界線に来たということ。俺も都市伝説やら不思議な話が好きな方ではあるが、正に現実は小説より奇なりだな、なんて思った。
自分の頭に落とし込んでいきながら、一つ一つ言葉にしていくのを牧は頷いて聞いている。そこでふと疑問が湧き起こる。
「どうして、違う世界線だって分かったんだ?」
「あぁ、それは……私が元いた世界とは違う歴史があったり、通貨単位が違ったりしてたからです。
特に医療技術面では、この世界の方が私の元いた世界よりも進みが早いみたいで」
そう言うと、牧はじっと俺の目を見た。
「先生は私の病気のことや手術のことは知ってますよね?」
「あぁ。担任だしな」
勝手に触れてはならないことだとタブー視していた話題に触れられてどきりとする。牧は特段気にした様子もなく、頷いて話を続けた。
「私の元いた世界では、私の病気は私が18になるまで根治できないものでした。しかも日本では治療ができないものだったので、16歳になった段階で渡航して18歳まで海外の病院に入院していました。
でも、この世界では日本で治療が可能になっていて、高校入学前には手術が終わってほぼ根治しています」
「そうだったのか……」
「小中学校時代は病弱で学校に行けたり行けなかったりという状況はこの世界でも変わらない様ですが、この世界では高校生活を送れる身体を手に入れたんです」
浮かれても仕方ないと思いませんか、と少し困ったように笑う牧を見て苦しくなる。
「って……はは……どうして先生がそんな顔をするんですか」
「いや……すまん」
小中と碌な思い出がない寂しい幼少期を送って、その上16歳で日本からも引き離されて、ほんの少女だった牧がどんな思いをしていたのだろうと想像するだけで胸が張り裂けそうだ。
「あ、カワイソウとか思ってるならやめてくださいよ?私めちゃめちゃタフなんですから。
手術が成功したら絶対に日本に戻って日本の大学に入学すると決意して、独学で日本の高校認定資格取って大学受験までして合格したんですから。大学4年間はちゃんと遊びましたし!就職だってしたんですから!それはそれは日常を謳歌してましたよ」
いやに明るく笑って言うと、まぁ社会人4年目で高校生になっちゃいましたけどね、と戯けて見せる牧を今すぐ抱きしめたい。なけなしの理性がそれを押し留めた。そこまで許された訳じゃないことは、いくらなんでも理解している。
牧の強さと、時折見え隠れしていた繊細な脆さの両方の意味が今はよく分かる。
この子は今まで必死で戦ってきたのだ。さっき牧は、手術が“成功したら”と言っていた。手術後に目が覚めないことだって、想像して怖くなったこともあっただろう。出口の見えない暗闇で、きっと当たり前の生活を送ることだけを胸に頑張って来たのではないかと想像する。独りでなんでもしようとするところも、頼り下手なところも、きっとそれは牧のこれまでの人生の中で、自分を守るために築き上げてきた生きる術だ。彼女は強い。俺なんかよりもよっぽど。そんなことは分かる。それでも想像してしまう。
やっとの思いで手に入れた日常がある日急に無くなって、独り見知らぬ世界に飛ばされた時、この子の側に誰もいてやれなかった。本当に本当の独りぼっちにさせてしまった。ごめんな、と謝れば、己の気は少し晴れるかもしれないが、きっと目の前の彼女はそんなことを望まないだろう。
「……そっか。頑張ったんだな」
小さな頭に手を乗せた。
自分の発した言葉が酷く軽く聞こえるが、どうかこの掌から溢れそうな思いが届いてくれればと思う。
「……は、い……頑張り、ました」
俯いて俺の手を受け入れる牧の声が途切れて、言葉の狭間で、すん、と小さく鼻を啜る音がした。
あぁこの子を温かい何かでふわりと包んで、気が済むまでぐずぐずに甘やかしてしまいたい。もう何も怖いことなんてないと、身を擦り減らすような頑張り方をしなくていいんだと教えてやれたらいいのに。
残念ながら、そんな気持ちを上手く伝えられるような言葉なんて自分の中に見当たらなくて、俺は受け入れてもらえた言葉を繰り返す。
「うん。これまでお前はよく頑張ってきた」
「はい……」
「すげぇなぁ……」
「ふふ……ふ……はい」
何が正解かなんて、やっぱり今も分からない。こんな時学校で習ったことなんて何も役に立たねぇなぁ、と思う。牧の言葉と反応だけが、今はこれでいいのだと物語っていた。
「すっかり暗くなっちまったな」
「11月になると陽が落ちるのが早くなりましたね」
2人で校門を出て歩く。話し込んでいたら遅くなってしまったため送ると申し出たら、すんなりと受け入れてくれた。一々遠慮しなくなった、そんな些細なことに嬉しくなる。
「御影先生」
「ん?」
「なんていうか、今更なんですけど、よくこんな荒唐無稽な話受け入れてくれましたね」
牧の怪訝そうな顔を見て、本当に今更だな、と吹き出してしまった。
「言ったろ、お前がお前でいるってだけで十分だって。それに、目の前で色々見ちまってるからな。そこに理由が伴わない方が落ちつかないよ」
「そうですか……その、なんていうか……気持ち悪くないですか?」
思わぬ言葉に、えっ、と間抜けな声が出た。
「なんで?」
「なんでって……外見は女子高生ですけど、中身は26歳の女ですよ?」
下を見た牧の横顔に髪がかかってその表情を隠してしまうが、どんな表情をしているのかは想像がつく。
この後に及んで何を心配してんだよ、まったく。
「おいおい。じゃあ俺はどうなるんだよ。外見は26歳だけど、中身は高校生だぜ?」
笑い飛ばしてやれば、ほっとしたような牧の視線が戻って来た。
「それにさ、ちょっと嬉しいんだよ」
「嬉しい?」
「あぁ」
そうだ、俺は嬉しいんだ。
ふと視線を上げて細い三日月が浮かんでいるのを、ゆっくり息を吸い込んで眺める。
「歪かもしれないけど、俺たち同級生じゃん?しかもさ、高校生活をこれから謳歌するんだぜ」
視線を牧に戻したら目が合って、これからのことを思って笑った。
「この高校生活をしっかり楽しもうぜ。思い出沢山作ってさ。遊びも勉強も行事も、全力でやろうな。お前は女子高生を全力でやればいいんだよ。そして俺もそれに便乗させてもらうことにする!」
俺も牧も沢山のことを取りこぼして来たのかもしれない。でも、だからこそ、この時間の尊さを知っている。今、心は穏やかだ。牧が高校生活を全力で楽しめるように支えて、時には手を引くことが、俺の役目だとちゃんと腹を括れたから。
「そう、ですよね……うん……はいっ!」
「おお、いい返事じゃねぇか」
2人分の笑い声が秋の夜道に明るく響いた。
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街にキラキラとイルミネーションの灯りが揺れる。あっという間に冬がやってきた。
もう年末、の前にクリスマスだ。社会人をやっていた頃、この日の前後は死にそうになっていたが久しぶりにのんびりと時間が過ぎている。
あぁあったな〜と妙な感慨に耽ったのだが、はば学は毎年クリスマスパーティーがある。この日に自分がもてなす側ではなくて、もてなされる側に回れるなんて嬉しい。
「ドレス似合ってる〜!」
「マリィ、可愛い……!」
みちひかツインズに賞賛の嵐を浴びせられかけているマリィを見て、いや実際マジでアイドルばりに可愛いな、とその姿を見た。まさにその姿は可憐な花。きらきらと眩しい光の妖精のよう。ちらちらとマリィを見る男の子たちの視線が分かるが、当の本人は気がついていないようで、えへへ、と双子に照れ笑いを浮かべている。
「ニッコニコだな」
完璧な笑顔を浮かべた風間くんが近寄ってきた。すかさず少し距離をとったみちひかツインズと私の好奇の目が2人にいく。
ちらっと周囲を見まわした風間くんが、再びマリィに視線を戻した。
「ただ、あまり愛想振りまくなよ。その笑顔とドレスじゃ無敵すぎる」
「え?」
「とぼけてもダメだ。今日の吸引力は最強ってこと。ちょっとムスッとしてろ」
ぎゃ!甘い……!!
砂糖を口に突っ込まれたような甘い会話を生で食らってソワソワしていると、ツインズと目が合って思わずそっと吹き出した。だって3人とも何とも言えない顔をしていたから。
「ちょっと離れよっか」
「うん、そうしましょう」
「邪魔しちゃ悪いもんね」
女子3人で声を潜めてそそくさとその場を離れるこのお巫山戯が楽しい。
「それにしても、マリィに負けず劣らず……」
「うん、お姉ちゃん、ひかるも思った」
2人から離れた飲食コーナーで、大きな口を開けてピザにかぶりつこうとしていた私を真剣な目で見てくるツインズに、あ?、と間抜けな声を出した。
「春乃は本当に着るものとメイクで変わるよね」
「そう、全然違う印象。いつもはナチュラルで健康な女子だけど、今日は、」
「はっとするくらい綺麗な大人女子って感じか?」
物凄く自然に会話に参加してきた人物に3人の視線が集まる。
「御影先生!」
「おう、べっぴんさん揃いだな〜。3人ともドレス似合ってるぞ」
腕を組んで首をちょっと傾げて先生が笑う。視線が合うと優しく微笑まれた。
「パーティー楽しんでるか」
「はい。マリィは風間くんに取られちゃいましたけど」
「ははは。ここにいる男子の中にも、お前と同じ気持ちの奴がちらほらいるよ」
青春だなぁ、と言って眩しそうな顔をした先生の視線の先を追うと、風間くんとマリィの姿がある。
11月の文化祭の日以来、先生とはそれまで通りの雰囲気に戻ることができた。秘密を共有していることで何かが変わることもなく、全力で女子高生をやってみろ、と言ってくれた言葉を有り難く受け取って生活している。そうしたいと、私も勿論思っているから。だから、マリィを見る先生を見て少し胸が痛いのは、私の物凄く身勝手な我儘だ。それを押し隠すくらいの胆力はあるつもり。
「本当、青春ですね」
「お前達もな」
御影先生にすかさず突っ込まれて、そうだよ私たちも青春しようよぉ〜、とひかるが賑やかに騒ぎ出した。クリスマス、学校、友達。あぁ満ち足りてるなぁ、と思う。
「はぁ」
吐いた息が白く流れていく。バルコニーに出て少し休憩。ふと、窓ガラスに映った自分の姿が目に入る。
今日の日の為に選んだドレスは(最初は少し綺麗目なワンピースで行こうとしていたのだが、両親に揃って止められた)、上半身は深い濃紺で腰から下にかけて徐々に紫から薄く切り替わっていく綺麗な色合いで、細かいきらきらとした装飾が施されている。まるで夜明けの夜空のようなそのドレスに一目惚れした。こうして見てもやっぱり可愛い。クリスマスパーティーだから着れるドレスだよねぇ、と思う。結婚式のお呼ばれなんて考えるとちょっと派手だし、なんて高校生らしからぬことを考えていると、窓ガラス越しに通りかかった御影先生と目が合ってしまった。
「よお、べっぴんさん。自分に見惚れてたか?」
「ち、違いますよ」
笑いながらバルコニーに出てきた先生が揶揄うように言葉をかけてくるので、少しムッとして返す。そんな私に構うことなく、くすくすと笑って隣に並んだ。
「もう今年が終わっちまうなぁ」
「そうですね。色々ありました」
「本当にな」
顔を見合わせて、2人して困ったように笑った。本当に色々あって、あり過ぎて、なんだかとても濃ゆい1年だった。
ちかちかと冬の空で瞬く星を眺める。
先生に秘密を打ち明けたことで、心がとても軽くなった。本当はずっともう限界かも、と思ってはいたのだ。人と共有することでこんなにも心が穏やかになるとは。それでもすんなりと打ち明けられたのは、自分でも不思議だった。先生があまりに突飛な例を(宇宙人とか姫とか精とか)出してくるものだから、なんだかまだ自分の置かれている状況の方が現実的に思えたというのもあるかもしれない。いや、でもやっぱり、先生が必死に信じてほしいと伝えてくれたから、それに報いたいと思ったのが一番大きいのか。
思い出して、ふふ、と笑うと、なんだよ、と先生も笑った。なんでもないです、と返すと、なんだよ気になるな、と困り顔で笑う。こんな他愛ない会話ができることが幸せだ。もう一つ大きな秘密はまだ、胸にしまっているけれど。彼らがゲームの世界の住人であることなんて、やっぱりそれは言えなかった。
「……髪も自分でやったのか?」
ぼんやりと星を眺めていたら、不意に御影先生の手が横で三つ編みにして纏めていた髪に触れた。急な出来事にドキドキする。
「はい。こういうの前にいつも人にしてたから、得意なんです」
仕事をしていた頃は、色んな場所のヘルプに入っていたからホテル業の一通りのことができる。それこそパーティーの時のヘアメイクの手伝いなんかもしていたから、髪や顔を触るのは好きだ。自分にそのスキルを活かす機会にとんと恵まれなかったが、ここに来てとても役に立った。
今夜はドレスの色に合わせた紺色のリボンを、三つ編みに編み込んでみた力作だ。へぇ器用だな、と目を細めて見ている先生の反応にちょっとした期待が生まれる。褒められたらそれだけで、とても嬉しいのだけど。
「うん。綺麗だ」
そう言って見つめられた瞳に言葉を失う。
「……っはは!顔、真っ赤」
「なっ……!」
揶揄われたと悟って一気に恥ずかしくなる。パクパクと口を開閉させる私に御影先生がニッと笑った。
「落ち着いたら中入ってこいよ。プレゼント交換の時間だ」
「……」
絶対わかってやってる!!!自分の顔の良さ!!意地悪!!
先生が去っていった後に、その場にずるずると座り込んで頭を抱えた。
ーーーーーーーーーーーーー
「っぶね〜……」
急いで室内に入って、人気のない廊下に出る。口を手で覆って壁に寄りかかった。
なんだよ、あの顔。勘違いしちまうだろうが。
思わず髪に触れた時、近づき過ぎたと思ったのに。
大きく見開かれた潤んだ瞳、きゅっと引結ばれた唇、耳まで赤く染まった肌。
思い出すだにこっちまで赤くなってくる。
会場に彼女が入ってきた時から、やべぇなと思っていたのだ。綺麗過ぎて。
一言、綺麗だなと伝えたいのに、自然に伝えられる自信がまるでなかった。それでバルコニーにひとりでいることをいいことに冗談めかして伝えようとしたら、歯止めが効かなくなった。髪にキスでも落としかねなかった自分のことを考えるとドン引きだ。
「マジで気をつけよ……」
近寄り過ぎは危険だ。
「おや、こんな所でどうしたんです?御影先生」
「うわぁ!」
急に声を掛けられて心臓が飛び跳ねた。
「や、夜ノ介……」
「メリークリスマス、御影先生」
朗らからに笑って挨拶をしてくる生徒に脱力して、メリークリスマス…と力なく返した。
「あぁそういえば、先生のクラスの牧さん、でしたっけ。彼女のプレゼントが僕に回ってきました」
「え?!もう交換会終わったのか?!」
「はい、先程」
けろりとして言う夜ノ介に、俺の選んだプレゼントは誰に、とか、ちょっと待て牧のが?、とか言いたいことがわっと溢れる。
「ふふ。大丈夫です、御影先生のプレゼントもちゃんと取ってありますよ」
そういうことじゃねぇ……いやまぁそれも大事だけれども。
「あ、あぁ……ありがとうな……それで?その、お前は何を貰ったんだよ」
牧から。とは言わない。が、内心めちゃくちゃ悔しい。
そんな俺を他所に、夜ノ介が困ったように笑った。
「それが……これで」
使い道が……と濁して言う夜ノ介が袋からプレゼントを取り出した。
それはカラフルな軍手。
「牧さん自身も、柊くんに当たっちゃったかぁと苦笑いしてましたけどね」
夜ノ介の言葉を聞いて思わず吹き出した。
そりゃそうだ。おい、牧、この学校でこれを貰って喜ぶ奴って俺しかいねぇだろ。
自惚れてしまいそうな自我を必死に抑える。
「いいじゃねぇか。良かったな、夜ノ介!ありがたく使えよ」
「え、えぇ。そうですね、大道具を運んだりする時に使えるかも」
劇団の団長の夜ノ介は早速その使い道を見出したようだ。俺は牧の気持ちだけで十分。
「ちなみに、御影先生のプレゼントは僕のでしたよ」
「おぉ、楽しみだな。なんだろうな……掃除グッズとかかな?」
「ビンゴです」
「ビンゴかよ」
クリスマスパーティーもそろそろ終わりを迎える。ままならないことも多いが、まぁそれが人生ってもんだ。それでもほんのちょっとした喜びが降ってくる。後で牧に声を掛けておこう。もしもプレゼントがそのつもりだったならちゃんと届いたぜ、と伝えるために。
「いや、実は……御影先生に届けばいいなと」
「やっぱな。はは……ありがとうな、牧」
気持ちは繋がって、折り重なっていく。
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