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「ねぇ、実クン、どう思う?」
「いや、アリ寄りのアリ。さすが、ひかるさん」
思案顔でうんうん、と頷いて私を見る2人にうんざりした顔を向ける。
「ねぇ、もう疲れたんだけど……着替えていい?」
着ている服を摘んで持ち上げながら言うと、だめ!と2人分の声が返ってきた。
去年の4月ぶりのショッピングモールは、ゴールデンウィーク中ということもあって混みあっている。勿論、若者に人気のこのアパレルショップも例外ではない。しかし2人はあまり気にしていないようで、試着室前であーでもないこーでもないと議論を交わしている。
「春乃の肌色だとこの色が合うと思うんだよねぇ」
「いや、牧の骨格だとこのワンピースも捨て難い」
「ねぇ」
「ちょっと待って!」「あと一着だから!」
白熱する議論に割って入ろうとしたら、再び2人分の鋭い言葉が飛んできて、ため息をついた。
ゴールデンウィーク中日。久しぶりにショッピングモールにやって来た。目的は無論、ショッピング。
貯めたお小遣いとお年玉で、ある程度な額お金が手元にできたので、服とコスメを買うつもりで意気揚々とモールへ繰り出したのだ。
「あれ、牧?」
混み合うモール内ですれ違いざまに声を掛けられて、誰かと振り返ったらメガネとキャップで雑な変装をしたNanaツ森くんだった。
「ななつ、むぐ」
「今はプライベート」
いつものように名前を呼ぼうとしたら、すかさず手で口を塞がれた。そんな今にもバレそうな格好で歩いているのに、そこは気にするんかいとツッコミたくなる。
「えぇ……じゃあなに、ミーくん、とでも呼ぶ?」
「……あんた、それ本気で言ってる?」
「いや、嘘、ごめん。そんな引かないで」
自分で言って恥ずかしくなった。
とりあえず、ひかるも呼んでいる、実くん、でいいかということにした。
私が歩き出すと、七ツ森くんも横をついて歩く。
「なな……実くんは仕事?」
「さっきまでな。帰りにモールに寄ったんだけど、どっこも人が多くて……あんたは?」
「私は買い物。服とコスメ」
質問に答えると、ふぅん、という言葉と共に視線が降ってきた。なに、その品定めするような目は。
「……甘く見て60点」
「は?」
「決して悪いわけじゃない、でもなんか足んないだよな……ハマればバッチリキマると思うんだけど」
私を見ながらブツブツと独り言を言う実くんから、少し距離を取る。
「よし、今日はトクベツ。買い物、付き合う」
「え?は?いや、いいです」
「いいから、いいから。遠慮は無用ですよ」
現役高校生モデルに見られながらする買い物ってどんな罰ゲームよ、と思うが、もう決めてしまったのか構わずに着いてくる七ツ森くんにため息をついて諦めた。
「えぇっと……じゃあまずコスメからいい?」
「はいはい、行きましょう」
すぐに、プチプラ派?デパコス派?と聞かれ、さすがモデルと思わず感心してしまった。
七ツ森くんとは始業式以来まぁ普通に喋るくらいの仲になっている。席も前後だし、秘密を共有しているというのも大きいのかもしれない。こんな関係でなかったら、気まぐれでも買い物に付き合ってくれるなんてことはなかっただろう。
その後はコスメショップで、ああでもないこうでもないと言われながら幾つかコスメを購入し、昨年と同様、店のメイク室を借りてメイクまでしてもらった。
「……すごいね……自分じゃ絶対しないメイクだわ、これ」
「このくらい強めでも全然いいよ、あんた。むしろ、メイク負けしない顔してんのに、薄化粧もったいないって」
赤みがしっかりあるレッド系のリップで唇はあえてぽってりさせて、控えめだけどしっかりと跳ね上げたアイライン、アイシャドウはブラウンで涙袋もしっかりと。
今日購入した幾つかのアイテムとメイクの特徴を一つ一つ説明してくれた七ツ森くんに拍手を送る。
「となると……立って」
言われるがままに立って全身鏡の前に立つと、背後にいる七ツ森くんと目が合った。
「ほら見て、服装がイマイチだろ」
そう言われれば、顔と服が合ってない気がしてきた。
「うーん。確かに」
「それじゃ、次は服、行きますか」
七ツ森くんと2人で連れ立って歩いていると、目立つピンク色のツインテールが視界に入った。
「ひかる!」
「え?」
ショーウィンドウを眺めていたひかるがくるりと振り返る。
「春乃〜?どしたの?メイクいつもと違うじゃん!……って実クンと一緒?!」
「あーもう……止める前に声掛ける」
煩わしそうな顔をしている七ツ森くんと私を見比べて、もしかしてデート?、と手を口元に当てて探るように笑った。隣でだから嫌だったんだ、と七ツ森くんが呟く。
「違う違う。ばったり会って買い物に付き合ってくれてるの」
「そういうこと」
苦笑して説明すると横から七ツ森くんが同調し、ひかるが眉を寄せて不服そうな顔をした。
「なぁんだつまんないのぉ〜」
ひかるには私がNanaのことを知っていると伝えてある。知った経緯についても話したら爆笑していたけど、その後しっかり七ツ森くんに怒られていた。
「ひかるは何してたの?」
口を尖らせているひかるに先に声を掛ける。変なことを言い出す前に、さっさと話題を変えておくに限る。
「ん?特に用事はないよ!ウィンドウショッピング〜。お仕事終わりにモールに寄ったの」
「ちなみに、その仕事の現場で一緒だったんだけどな」
「まさか実クンと行き先が一緒とはね〜」
どうやらモデルの仕事で一緒になった後、各々ショッピングモールに繰り出してきていたらしい。
「と・こ・ろ・で、春乃チャン?」
そんな2人を見ていたら、急にくるりと表情を変えてじっとりとした目で見てくるひかるに、何?、と言いながら後ずさった。それを追いかけて、ひかるがずいっと近寄ってくる。
「ひかるがあーんなに頼んでもメイクさせてくれなかったのに、実クンにはさせたわけ?ずるいずるい〜!」
「え、なんで分かった?」
「分かるよぉ〜!明らか春乃が自分でするメイクと違うじゃん!」
うう、鋭い、とひかるの流石の見る目に舌を巻く。
「だって、前にひかるに好きにさせたら大変なことになったじゃん」
「あれはショー用のヘアメイクだも〜ん。春乃が似合うのが悪い!」
ブーブーと口を尖らせて文句を言うひかるの言葉に、七ツ森くんが反応した。
「あ、分かる。牧ってアート寄りのショーでするようなヘアメイクとか、服とか合いそうだよな」
「でしょでしょ?さっすが実クン、話がわっかる〜!」
一体2人の目に私がどう映っているのか怖くて聞けない。
「それで、2人は今から何するの?」
一通り2人で盛り上がって話し、不意にひかるが口を開いた。私と七ツ森くんは顔を見合わせる。
「私の服を買いに……」
「えっ何それ、ひかるも行きたい!」
嫌な予感はしっかりと感じたが断る理由もなく、聞くや否や立候補したひかるを一行に加え、かくして七ツ森くん、ひかるお勧めのショップにやって来たというわけだ。そして冒頭に戻る。
「どうでしょう……?」
最後の着替えと渡されたセットを身につけてカーテンを開けると、2人分のふーというため息が返ってきた。
「俺が選んだブラウス、完璧。ボリュームがあって、適度にデザイン性も入って野暮ったくない。カワイイ」
「ひかるが合わせて選んだ、キレイめカーゴパンツがいい感じに刺激になって、絶妙な甘さと辛さのバランスになったね〜。これにショートブーツ合わせれば完璧」
どうやら2人のお墨付きが貰えたようでほっとする。確かに鏡で自分の姿を確認した時、これはいい、と思った。
「じゃあ、これ買うかぁ……着替えてくるね」
試着室に戻りかけた私の肩が、両方から掴まれる。
「ちょっと待った」
「せ〜っかく、実クンとひかるがプロデュースしたんだよ?」
ひかるが親指で出入口を指し、おねーさん、と七ツ森くんが店員さんを呼ぶ。
「え、このまま出るってこと?」
私の困惑してした質問は虚しく宙に浮き、にこにこと接客スマイルを浮かべた店員さんが電卓を手にやって来た。
「恥ずかしかったぁ……」
「ええ?なんで?ひかるよくするよ!試着した服、その場でくださーいって」
セレブなひかるのそれは、きっと上品なブティックで担当の店員さんがつくような時にするやつだ。今日のはそういう感じの店じゃないし、なにより友達に選んでもらった服をそのまま着て出るというのが、なんこう、そこはかとなくむず痒かった。
「まぁ結構な時間試着室占拠してたし、これ見よがしに買っていかないと失礼でしょ」
隣を歩く七ツ森くんが至極真っ当なことを言う。続けて、まぁ楽しませてもらいました、と笑うから、人のお金だと思って、と返しておいた。
「ていうか、帽子取ったの?」
「いやだって、2人オシャレしてんのに、俺だけ帽子かぶってコソコソとか悔しいだろ。
もうバレてもいいや。仕事中ですって言って追い払う。そもそも、ひかるさんいる時点で目立つし」
面倒くさそうに髪をかきあげたその仕草に、すれ違う女性たちの視線が集まる。そんな人の横を歩く私の身にもなってくれよ。
「ねぇねぇ、アイス食べない?ひかる喉かわいた〜」
「お、賛成〜。知ってた?あそこの店、今、限定フレーバー出てるぜ」
「もっちろん!ひかるが知らないわけないじゃ〜ん!行こ行こ〜」
とはいえ、賑やかな2人に挟まれて人混みを歩くのは、少し楽しい。
アイス屋さんも例に漏れず混みあっていたが、思ったより列はは早く進む。ひかるがお店に入る直前で、お花つんでくる!と御手洗に行ってしまい、先に並んでいたのだがもう順番が回ってきてしまった。
怒涛の勢いで店員さんたちがアイスをすくっていくのをみながら、七ツ森くんとあれもいいこれもいいと言いながらフレーバーを選ぶ。
「キャラメルとトリプルチョコ……いや、コットンキャンディーも捨て難い」
「私もモカと、キャラメルかコットンキャンディーで迷ってる……あっじゃあさ、分け合おうよ」
「じゃ、俺、トリプルチョコとコットンキャンディー」
「じゃあ私は、モカとキャラメルね」
それぞれ注文すれば、直ぐにアイスが差し出された。
あまり離れるとひかるとはぐれてしまうので、店の近くで通路の脇に寄る。
「口、つける前にすくって」
「ん、サンキュ」
お互いにカップを差し出しあって、気になっていたフレーバーをすくった。
「コットンキャンディー美味し!」
「キャラメルうんまっ」
予想以上の味に2人して声を出す。こうなってくると、やっぱそっちだったかなぁ、と隣の芝が青く見えるものだ。
「春乃ちゃん!」
不意に声を掛けられて振り返ると、キラキラの笑顔で走り寄って来る友達が目に入った。隣で、やっべ、と七ツ森くんが顔を背ける。
「マリィ……!と、御影先生……」
「よ、よお」
数歩遅れて微妙な表情でマリィについて近寄って来るその人を見て、自分の表情が強ばるのが分かった。
思ったより動揺している自分が痛々しい。
あぁそうか、そういうことか。私の知らないところで、物語は進んでいたらしい。
「どうしたの?今日、すっごく綺麗!遠目から見ても凄く目立ってたよ!」
「あ……あぁ、うん。ちょっと、ね」
マリィの高い声にハッとしてまごまごと返すとマリィの視線は七ツ森くんへ向く。
「お隣の方は……?もしかして……」
ハッとした顔をしたマリィに、一気に現実に意識が戻る。マリィと目を合わせないようにしている七ツ森くんとマリィを見比べて慌てて口を開いた。
「あ、えっと彼は」
「おい、待て!」
七ツ森くんが背中を引っ張って小声で、なんて言うつもりだ、と小突いてくる。
なんてと言われても……なんと言えばいいのだろう。
「ん?ちょっと待て……お前……」
今度はさっきまで黙り込んでいた御影先生が、何かに気がついたかのように眉を寄せて七ツ森くんを見ている。まずい。
「え、えぇっと!すいません、この後用事があって急がなきゃ!ごめんね!マリィまた学校で!」
とりあえずこの場から退散するしかないと、強引に話を切り上げた。
「しっかし、ビビったぁ」
「別にマリィは知っても言わないよ〜?」
「俺はあの人を知らないし、信用できない」
御手洗が混みあっていたらしく、その後合流したひかるが呆れ顔で七ツ森くんを見た。手にしたフラペチーノをズーと音を立てて吸い上げている。そんなひかるはスルーして七ツ森くんが私に顔を向けた。
「さっきはサンキュ、牧」
「いや、全く誤魔化せた気がしないけど……ていうか、御影先生知らないんだね」
教師は生徒のバイトのことを把握しているかと思っていた。あの顔何か勘づいた顔だったなぁと御影先生の訝しげな表情を思い出す。
「Nanaのこと、氷室教頭だけは知ってる。他の先生は知らないと思う。俺がなんのバイトしてようが、興味ないだろうし。御影先生なんて特に」
「なんで?」
少し含みのある言い方に引っ掛かって問い返すと、学校の七ツ森実はそういう奴だから、と七ツ森くんがため息を吐いた。
「人気者の御影先生には、地味で目立たない俺なんて眼中に入らないでしょ」
それはちょっと御影先生を誤解してると思う、と言おうとしてやめた。そんなふうに思ってしまう気持ちが、ほんの少しだけ分かってしまうから。
マリィと御影先生が2人並んでいた光景を思い出す。2年後のローズクイーンと目されるマリィと御影先生。なんてお似合いだったろう。……て、なんだ、この思考。自分の立ち位置を見誤るな。
「何それ、暗ぁ〜!」
ひかるの嫌そうな声に我に帰る。
「言われなくても分かってるから」
「メンドクサっ!」
ムッとした七ツ森くんと眉を寄せて頬杖をついたひかるを見比べただけで、何も言わずに手元のコーヒーに口をつけた。巻き込まれるのは御免だ。
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やっぱあれ、七ツ森だったよなぁ。
雑草を引き抜きながら連休中の出来事を思い出す。
休み明けに学校に出てきて、それとなく七ツ森の姿を確認した。本人は俺と目を合わせないようにしているようだったが、立ち姿や表情が一致するように思える。あの時眼鏡をかけていたこともあり、更に一致率が上がったように見えた。俺の中では、ほぼ確定だ。
付き合ってんだろうなぁ。
結局氷室教頭からのアドバイスは実行できず仕舞いだ。わざわざ答え合わせをしにいくようなことをするのは億劫で、しかもあんな所まで見てしまったら聞くまでもなくそういうことだろうと思って自己完結している。
休日、おしゃれ、遊び、男女、高校生ー。ネットで検索したらほぼ間違いなく洒落たデートスポットが出てきそうなキーワードの羅列だ。
牧の好みってああいうタイプだったのか、と自分とは全くかけ離れた容姿と雰囲気の男を思い出す。華やかで色のあるいかにもイケメン然とした見た目だった。牧も遜色ないくらいに派手目な化粧をして、服装だって今時のお洒落な格好だった。デートの日に合わせて、牧がウキウキしながらその服や化粧を選んだのだと考えると、可愛いなと思う気持ちと嫉妬心で口からため息が勝手に漏れ出る。実際、あの日会った牧はちょっとびっくりするくらい綺麗で、遠目に見ても少し気後れしてしまうような雰囲気があった。
*
ゴールデンウィーク中日に人が多いことを承知でショッピングモールへ出てきたのは、園芸店に用があったからだ。変わり種の観葉植物を物色しに訪れたが空振りに終わり、モールをぶらついていたところでばったり2年目も受け持つことになった真面目ちゃんと出会した。彼女は雑誌の記者もやっていて、その取材でショッピングモールを彷徨いていたらしい。風間と一緒じゃないのか、と揶揄うと、いつも一緒にってわけじゃありません、と口を尖らせた幼い仕草に思わず笑ってしまった。
折角だからと2人でぶらぶらとウィンドウショッピングをしていたら、真面目ちゃんがアイスを食べましょうと言い出したのだ。限定フレーバーが出ているとかで、目を輝かせた彼女を無碍にすることもできず、おぉいいぞ、なんて軽くOKを出したことを今は後悔している。
「春乃ちゃん!」
制止しそびれた真面目ちゃんが、明るく声を掛けてしまった。
お互いのアイスを食べ合っているなんていう、甘い場面。
初めて見る牧の私服は随分大人っぽい落ち着いた服装で、化粧だってしっかり綺麗にキメていて、こちらに視線を向けた瞬間がまるでスローモーションのようにゆっくり見えた。
真面目ちゃんと牧が喋っている間に、隣に立っていた男をじっくりと観察する。長身のいかにもイケメンといったチャラついた男で、気まずそうに顔を背けている。その様子に理不尽な苛立ちが沸く。見られちゃ不都合なことでもあるのか、と今すぐ詰め寄りたい気持ちを堪えたところで、ふと知った面影とその横顔が重なった。
「ん?ちょっと待て……お前……」
七ツ森じゃないか?と言葉を続けようとしたところで、慌てたように牧が遮った。
牧に連れられて行きながら、ちらりと肩越しに振り返った男と目が合う。
いや、やっぱり、あの顔は七ツ森だ。
*
「御影先生」
「お、おう」
背後からかかった声に、びくりと肩を上げた。
「どうした、牧」
「すいません。ここのところバタバタしてて、クラブに顔出せませんでした」
ジャージ姿で隣に座り込む牧を見る。モールで会った牧と雰囲気が全然違う。
「ああ。気にすんな、色々あんだろ。高校生なんだから」
やべ。
普通に笑って、普通に返したつもりだったが、その前に考えていたこともあって変に含みのある言葉が口から出てしまった。案の定、牧が怪訝な顔をする。
「なんですか、その距離のある返し」
「え、そうかぁ?別に……」
「何かあるなら言ってくださいよ」
その顔と近さは反則だろ。
少し低い位置から覗き込むように見上げられて、咄嗟に身体を逸らす。どうも、こう、牧は時々不用心なところがある。こんなところ、もしも七ツ森に見られたらどうする。
「本当だって。何もねぇよ。ほら、ちょっと手伝ってくれ。このネット処分してぇんだよ。ごみ置き場に運びたい」
できるだけ自然に見えるように立ち上がって作業を言い渡せば、不服そうな声で、はぁい、という返事が返ってきた。
「お前は台車使え。乗り切らない分は俺が持つ」
「重くないですか?」
「はは。このくらいどうってことねぇよ」
古くなった遮光ネットが入ったゴミ袋を2人で運ぶ。
今日は他の園芸部員も出てきてはいたが、皆それぞれにやることがあって忙しい。お茶部の牧はいつの間にか、フリーな立場でなんでも手伝う助っ人のような立ち位置になっている。最初は園芸部の奴らとの接点をどう持たせるか考えたりしたこともあったが、そんなものは杞憂に終わって嬉しい限りだ。
「あ、マリィだ」
不意に牧が気が付いたように言った。視線の先を追うと窓ガラスの向こうで、桜色のボブの髪が揺れたところで、見慣れた真面目ちゃんの後ろ姿が走っていた。
「まぁた廊下走ってんな」
「よく見てるんですね」
「なんでか目に入るんだよな」
彼女は目立つ。容姿もそうだが、なんというかちょこちょことした動きが小動物のようで目につくのだ。よく教科書やら雑誌やら、胸に抱えてパタパタと廊下を走っている姿もよく見かける光景だ。その先には大抵風間がいるわけだが、今日はー。
真面目ちゃんが追いついた先にいた人物を見て、思わず牧の顔を確認してしまう。
「あ、七ツ森くん」
その名前を呼んだ顔は平然としているように見える。いや、でも別に同級生が喋っているだけだし、それだけで何というわけもないだろ、と勝手に牧の心情を想像して焦る自分を馬鹿げていると思うが、いい気はしないのではと心配になる。
そんなことを考えているうちに、真面目ちゃんが七ツ森に更に近づいた。2人で何かを覗き込んでいるようだ。
いや、近いって!
七ツ森と真面目ちゃんの2人へ送られていた視線を遮るように身体を捩じ込ませて、無理やり視線を合わせた。
「あー!そうえば牧、お前が去年文化祭で出したお茶な!めちゃくちゃ好評で、今年も是非出してほしいって要望あがってたぞ」
「え、本当?!嬉しい……!今年はフレーバーティーに挑戦してみたいんですよ。ハーブを使ってリラックスグッズとかもいいなぁって。ほら、入浴剤とか」
「いいな!考えようぜ!」
どうにか話を逸らしてみればしっかりと乗ってきてくれてほっとする。本当にずっとそういう顔をしていてほしいもんだと思う。悲しむ顔なんて見たくない。そんな顔をさせる奴に、牧を渡したくねぇなぁなんて。
「文化祭かぁ……あっという間にくるでしょうね」
「おーい、随分大人な発言になってんぞー」
「はっ……!」
言えない秘密を共有しているという少しの優越感と他愛ない話をして笑える時間だけで十分だろ、と自分に言い聞かせる。立場を弁えろ。牧がしたい相手としたいように恋をして、キラキラした青春を送れればそれでいいじゃねぇか。
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「普通にバレました……」
「だろうね。そんな気はした」
自席で項垂れている七ツ森くんの後頭部を眺めながら、パックジュースを飲む。
昼休み時間、教室に人はまばらだ。それでも小さい声でボソボソその経緯を七ツ森くんが語る。
「昨日廊下であの人が落としたピンナップたまたま拾って……そんで俺のページ見て色々聞き出された挙句“もしかしてNnanaくんなの?”ってデカい声で言うもんだから……」
「色々聞き出されちゃったんだ……七ツ森くんって圧に弱いよね……」
「うっ……」
何かが刺さったような声を出して、それツインズにも言われた、と肩を落とした七ツ森くんにまぁまぁと声をかける。
実はその場面を昨日目撃していた。御影先生とゴミを捨てに行っていた時だ。七ツ森くんとはまだ面識が無いはずのマリィが走り寄って行ったので、あぁ七ツ森くん身バレイベントが発生したんだなと察したのだ。
ーなんでか目に入るんだよな。
不意に先生の言葉が再生される。それから、近づいた2人の姿から目を逸らして、態とらしく話を変えた姿も。
ああやっぱりそうなんだなと、別のことも察しがついてしまった。
七ツ森くんも、御影先生も、これからきっとマリィに惹かれていく。そうだよ、だってここはそういう世界なんだから、と見ないフリをしてた事実を再認識して、そうしたら何だか逆に少し吹っ切れてしまった。
先生に片想いしながら過ごす高校生活も悪くないじゃん、と言い聞かせて気持ちを切り替えたのはもう昨夜のことだ。
兎にも角にもいよいよ2年生が本格的に始まっていく。体育祭、修学旅行、文化祭、クリスマスパーティ!行事が目白押しだ。しかもこのクラスは学年きってのお祭りクラスらしい。騒がしい子たちが多いと御影先生からも聞いている。確かにそんな噂通りの我がクラスだが、始業式から1ヶ月が経って思うのは、垣根なく全員で仲良くできるいい子たちばかりだということ。イベントを楽しむのに、こんなにいいクラスはないだろうと思う。
「ねぇそれよりさ、クラスの専用のSNSアカウント立ち上げようっていう話出てるの知ってる?」
「え、何それダルい……ていうか、なんであんたはそんなに楽しそうなの」
「七ツ森くんもそのうち楽しくなるよ!何せその筆頭がひかるだからね。そのうち絶対巻き込まれるよ」
「勘弁して……」
七ツ森くんのようにそんなクラスに辟易している人もちらほらいるけれど、いずれそんな子たちも自分のペースで居心地良く参加できたらいいなと思う。
「まずは体育祭だね!」
「ねぇだから、なんでそんなにテンション高いんだよ……」
きっと素敵な思い出になるはずだから。
続