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 悪い予感ほど的中するものだ。
「はー……面倒なことになった」
「最悪……」
 自席で項垂れる私と七ツ森くんを、ひかるとマリィがオロオロと見つめる。
 それを知ったのは、ついさっきの出来事。

  
 昼食を終えデザート代わりに自販機にジュースでも買いに行こうかと、ふらふらと廊下を歩いていた時だった。 
「春乃ちゃん、おめでとう!」
「うわ、びっくりした。え?何?」
 聞き慣れた声と共に後ろから抱きついてきた人物を確認すると、案の定マリィがくっついていた。けれどその表情と言葉に全く身に覚えがない。戸惑う私に尚もマリィはキラキラした笑顔を向け、それから、
「聞いたよ!七ツ森くんと付き合ってるんでしょ?」
 と早口で言ったのだ。
「……えっ?!」
 一瞬思考がフリーズして、それから特大のえっが飛び出たことで、マリィがしまったという顔をする。
「あ、ごめん、内緒にしてた?でも、結構噂になってるっていうか」
 そうだよね、Nanaくんだしね、内緒だよね、と1人早合点をしているマリィの肩を掴む。
「ストップストップストーップ!ちょっといい?!」
 えっえっと戸惑っているマリィに構っている暇はない。そのままくるりとマリィをひっくり返して背中を押して、自分のクラスまで彼女を運んで来て今に至る。
「マリィ、結構噂になってるって言ったよね?」
 どのくらい?と重ねて聞くと、学年の間ではもう広まってるかも、と言いにくそうに言う。
「どこからどう広まったのかなぁ〜」
 のんびりとそう言ったひかるを七ツ森くんがじっとりとした目で見た。
「怪しい……」
「やだなぁ、ひかるじゃないよぉ〜」
 視線から逃げるようにひかるがあらぬ方向に視線をやる。自覚はないけれど、心当たりはあるといったところだろうか。はぁ、とため息をついた所に、バタバタと廊下を走ってくる音が聞こえて、間も無く教室のドアが勢いよく開け放たれた。
「春乃っ!いる?!七ツ森くんと付き合ってるって……あれ」
 らしくなく慌てた様子で教室に飛び込んできたみちるを見て、全員が悟った。ああこんな風に噂って広まっていくんだなと。



 *

 

「なるほど、じゃあ噂だったってことなのね。
 春乃と実クンはただの仲良しで、その、恋人同士……じゃないってこと?」
 頬を赤めて"恋人"という単語を扱うみちるは、そこはかとなく可愛い。いや、今そんなことはどうでもいい。
「そういうこと。七ツ森くんがいい迷惑だよね、ごめん」
 目立たず穏便に高校生活を送ることが七ツ森くんの願いだろうに、こんな目立ち方は相当嫌なのではなかろうかと思う。そんな思いから出た言葉だったけれど、七ツ森くんははぁと一つ溜息をついて、諦めたように笑った。
「いや、別にあんたが謝ることじゃないでしょ。それに変な意味じゃなく、牧と噂になることが嫌とか、そういうんじゃない。誰かのオモシロオカシイ話のタネになってるのが、なんかやだなーってだけで」
「七ツ森くん……」
 なんていい子なんだろうか。顔も良い上に性格も良いとは。
「だけど、どうする?手分けして訂正する?」
 マリィの優しい申し出に、私も七ツ森くんも、いやいいよ、と首を振った。
「そうねぇ、訂正して回るのもおかしな話よね」
「だよねぇ。とりあえず、聞いたらそれ違うよ、とは言っとこうかと思うけどさぁ。ま、しばらく鬱陶しいかもしれないけど、鎮火するまで2人はそういうの無視しとけばいいんじゃない」
 双子の意見に、確かにそれしか方法はないかと納得して、その場は解散となった。マリィからダーホンと風真くんには説明しておいてくれるらしく、男子の中の噂をその2人に訂正してもらおうという話でまとまった。いやはや、持つべきものは友である。
「もし困ることあったら言って。俺が直接説明なり対応なりするから」
「あ、うん。ありがとうね。七ツ森くんもね」
 私の言葉に七ツ森くんがふっと笑った。
 困ること、という言葉で不意に御影先生の顔が浮かんだけれど、私がどう噂になろうがきっと先生には影響ないだろう。……それはそれで、ちょっと悲しいけれど。


 

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 迎えた体育祭当日。あっという間に午前中の競技が終わった。ちなみに去年の綱引きの怪我の反省から、今年は怪我のしようがない玉入れに参加した。午後は応援合戦から始まる。そして順位発表、フォークダンスで終了の予定だ。
 昼休み時間は各応援団ごとに、準備の時間になっている。
「仲良しだねぇ」
「いいなぁ」
「素敵……」
 髪を体育祭の応援団用にアレンジしてくれている七ツ森くんと、アレンジされている私の近くを通り過ぎるクラスメイトが、にこにこと生暖かい笑みを浮かべながら一言二言かけていった。
 あの噂話事件から一週間。もう随分落ち着いてはきたのだが、どうも変な方向に落ち着いてしまったようだ。
「メンドクサ……」
「だよね……ごめん……」
「だから、なんであんたが謝んの……」
 私としては噂話が落ち着くまでは七ツ森くんとあまり関わらないようにする選択肢もありかと思っていたのだが、七ツ森くんはそれをするつもりはないらしくこれまで通りの距離感を保っていた。本人曰く、それはそれで噂のタネになるだろうからやってもやらなてくても同じ、それなら何もしない、らしい。
「よし、できた」
「ありがと、やってもらって」
「全員にしてることなんで、お構いなく」
 応援団副団長のひかるの命によって、七ツ森くんは応援団のヘアセット係になってしまったのだ。お陰で全員分のヘアセットをすることになり、最後に残ったのが私だったというわけだ。当のひかるはといえばバタバタと忙しく走り回っている。
 衣装は手芸部員のクラスメイトが名乗りを上げて、ダンスチームごとにカラーを合わせたズボンを作ってくれた。上は白Tシャツというシンプルなものだ。だからこそヘアセットはある程度派手にというのが、ひかるからのお達しだった。
「おお、可愛い〜」
「題して、三つ編みはちまき編み込みポニテ」
「いや、まんまか」
 鏡で確認したら、ポニーテールで一つにくくった髪を三つ編みにして、はちまきを編み込んでいる。前髪もアイロンで綺麗にしてくれていて、プロ並みじゃないかと舌を巻いた。
「ヘアメイクの方向でも生きていけるんじゃない、将来」
「今回メイクはしてないけど」
 やべ、と自分の失言を悟る。ゲームの知識で七ツ森くんの色々を知っているが故に、出てしまった。七ツ森くんの秘密を私は知っていてはいけないのに。
「……間違えた!ヘアセット、だね。ごめんごめん」
「メイクは自分でやって。俺もそろそろ着替える」
 なんとか誤魔化せたらしい。去っていく七ツ森くんを尻目に、ほっと息をついてメイクをするべくメイクポーチを開けたら、
「春乃ー!!!スットップ!メイクは私にさせて!!」
 ちょうど息急き切って現れたひかるに捕まってしまった。
「自分でできるってば」
「もうー!そんなこと言って、春乃にさせると勝手に地味〜なメイクしちゃうでしょ!」
 失礼な、と思いつつも、確かに大人しめなメイクになるのは否めないだろうとは思う。パーティー用のメイクとかTPOに合わせたメイクは勿論経験ありだが、こういうイベントに合わせたメイクなんてしたことがないし、私がやったところで中途半端に色をつけたり、いつもより若干キラキラさせるくらいの程度になることは目に見えてわかっていた。
「春乃たちのグループテーマもあるしさぁ。他の子達は先にメイクしてたからチェック済。あとは春乃だけなんだから、ひかるに任せて!」
 持参した自分のメイク道具(プロ並みのセット!)を開けて真剣な眼差しでメイク道具を選ぶひかるの言葉に、なるほどちゃんと統一感のことも考えてのことかと納得する。
「失礼しました、ひかる先生にお任せします」
「おっけ〜任せて!盛り盛りにしちゃうお〜っと」
「ちょっ、やり過ぎなでよ?!」
「はいはい、目瞑って!」
 勢いよく迫られて慌てて目を閉じて、緩む口をどうにか抑えてみる。
 友達と言い合ったり、冗談を交わし合うことが、どれだけ私にとって嬉しいことかひかるは知らない。でもだからこそ、軽い調子で与えられるこの幸福な時間が尊くて、そしてこうして仲良くしてくれるひかるや七ツ森くんに改めて感謝だなと思う。
「ひかる、ありがとうね」
「ひかるが楽しいから全然いいよぉ〜」
 目を開けると花開くように笑ったひかるがいた。








「きゃー!春乃可愛い〜!めっちゃいいじゃん!」
「センパァイ!でしょでしょ〜!ひかるがメイクしたんだよ〜!」
「さっすが、ひかる!」
 団長と副団長に挟まれて褒めそやされてタジタジになる。
 団長はひかるの新体操部の先輩でノリとテンションがひかる寄りの人だ。そうでなければ、こんな演舞構成にはならなかっただろう。大抵応援演舞というと、全体の集合演技でまとまりを持った演舞が基本だ。私たちの演舞はテーマの違うグループ入れ替わりながら、全く違うタイプのダンスを組み合わせて構成するというもの。
「個性大事。無理に一つにまとめなくてよくない?男と女でも違うんだしさ」
「ですよね〜!ひかるもそう思う!」
 という2人の会話に団員がそれぞれ賛成し、この構成に至った。
「おぉ、メイクしてる。しかも派手に。感心感心」
「七ツ森くん」
 ぼんやりしていたらいつの間にか横に七ツ森くんが立っていた。七ツ森くんといえば、オールバックにいつもと同じメガネに白Tシャツ、チームカラーである赤のズボンといったシンプルな出立ちだ。シンプルが故に、スタイルの良さが滲み出ている。
「オーラ隠せてないって」
「ハハ、ドーモ。メガネかけてるし、皆も十分に派手にしたから大丈夫。あの中に入れば紛れるでしょ」
 そう言って、ほら、と視線をやった先を見れば、確かに七ツ森くんのグループは特段派手だった。ひかるにメイク道具を借りて、メイクもやったらしい。チームカラーの赤を取り入れたメイクに、髪型もしっかり派手に作っていた。そう見ると確かに七ツ森くんは控え目かもしれない。
「ひかるがよくOK出したね。少なくともメガネは取れって言われそうだけど」
「見えないで押し通した」
 べ、と舌を出してそう言う七ツ森くんの態度に思わず笑った。
「それにしても、あんたやっぱりメイクで全然違うね」
「そうかな?ひかるの力だけど」
「さすがひかるさん。よく“花”が表現できてる、そのメイク。曲ともマッチしてるし」
 私たちのチームのテーマは花だ。ダンスに使った曲もそれに合わせて、恋する男の子が花占いをするといった曲で、少し前に流行った曲らしい(ちなみに私は知らなかった。元の世界でも流行ったのだろうか)。
「お、そろそろ始まる。行こうぜ」
 そう言って歩き出した七ツ森くんが、私をちらりと見て目が合った。そして何か思いついたかのように、ニヤッと笑う。
「あのさ、曲の入れ替わりの時のさ……」
 大きな身体を折り曲げて耳打ちしてきた内容を聞いて吃驚した。あまりに七ツ森くんらしくなくて。
「えっそれ、もの凄く目立つことになるんだけど、わかってる?だから止めようってなったんじゃん」
「俺もテンション上がってんのかな。ヘアは俺、メイクはひかるさんの、スペシャルプロデュースのあんた見たらやりたくなった。さらっと終わったら勿体無いだろ。もうこの際、噂も利用してやる」
 悪い顔でニヤリと笑ったその表情に、後で後悔しても知らないよ、と言えば、あぁ後悔するの目に見えてるな、と笑った。なんてことだ。ここは大人の私がブレーキをかけなければ。
「それに、楽しんだもん勝ち、みたいなこと言ってたの、あんたじゃなかった?」
 やめとこうよ、と言いかけた私の言葉を遮って、七ツ森くんがそんなことを言うものだから、私は結局頭を抱えただけになってしまった。腹を括るしかないらしい。




 

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「思ったより、キッツいな〜……」
 人目につかない場所でズルズルと座り込んだ。自分でもまぁなんと女々しいことか、と思う。牧が笑ってればそれでいいと、自分の中で区切りをつけた筈だった。学年で噂になっているのが、牧と七ツ森だと知った時だって感情をうまく処理できたと思っていたのに。
「逃げてきちまった……情けねー……」
 ぼやいた言葉すら情けない。
 クラスの奴らと一緒に応援団をすることになったことは、本人から聞いていた。暫くは部に顔を出せそうにないと、律儀に言いにきてくれた牧に俺はなんて言ったっけ。確か、楽しめよ、そう言ったんだ。それでも、目の前で七ツ森と顔を近づけて笑い合っている姿を見たら、堪らなくなってしまった。こんな光景見るくらいなら、声を掛けになんて行かなけりゃ良かった、なんて思っている始末。最悪だ。
『次は青チームの応援演舞です。青チーム応援団の皆さんは、入場してください』
 牧のチームが呼ばれているのが聞こえて、のろのろと立ち上がった。せめて演舞だけは見て感想の一つでも言えるようにしておかなければ。
 歩を進めていけば徐々に歓声が近くなる。牧たちのクラスは学年きっての御祭りクラスだ。何かと学年内でも注目を集めることが多い。担任も穏やかな内藤先生ということもあって、生徒の好きなようにさせているらしい。氷室教頭も逸脱した行動にならない限りは見守るつもりでいるようだ。内藤先生への信頼感と、俺に対する信頼感の違いに若干モヤモヤすることもあるが……。まぁそれが経験値への信頼というやつなのだろう。実際、内藤先生はあのヤンチャクラスを、よく声も荒げずにまとめている。
「あっ、先生!遅いですよ!そろそろ春乃ちゃんの出番ですよ」
「悪い!ちょっと野暮用で……」
 応援席から手招きする真面目ちゃんに走り寄れば、その横からにゅっと風真が顔を出した。
「先生、俺の隣空いてますよ」
「あ、あぁ。サンキュな」
 見事な牽制に戸惑いつつも、促された席についた。風真のボディガードっぷりはいよいよ堂に入ってきている。しかし風真よ、いつでも真面目ちゃんを見張っておくわけにはいかなんだぜ、と最近本多と急速に仲を深めていることを知っている俺は、心のうちでそっと呟いた。
「風真、その調子で頑張れよ」
「はい?」
「いや、青チームすげぇなって」
 訝しげな顔をする風真に気づかない振りをして、視線を演舞に戻した。
「あっ!春乃ちゃん!……可愛い〜!綺麗〜!素敵〜!」
 真面目ちゃんの感嘆の声が聞こえて、数人で登場した内の1人に視線が吸い寄せられた。
 遠目で見ても分かるくらい、牧は綺麗だったし、表情ひとつで可愛くも見える。服装は全員同じだから、その分一人一人の表情や動きが際立って見えた。そして多分牧を見ているのは、俺だけじゃない。嫌な気持ちが出てくる前に、気持ちを切り替えようと隣の2人に話しかけた。
「はー、すげぇな。やっぱメイクひとつで変わるもんだな」
「メイクはひかるがやったんですよ!」
 きらきらした目で俺を見てそう言うと、服は私も手伝いました!、と手芸部エースの真面目ちゃんがピースする。風真がそんな真面目ちゃんと愛おしそうに見て、それから
「ヘアは七ツ森ですよ。クラス全員分やったんだそうです」
 と笑った。
「へぇ、すげぇな、七ツ森。器用なんだな」
 不意打ちで聞いてしまった名前に狼狽えて、全然笑えていないであろう顔を隠そうと慌てて前を向いた。あぁやだやだ、みっともねぇ。
 かかっていた曲が佳境に差し掛かる。確か数年前に流行った曲だ。改めて歌詞を聴けば、アップテンポにも関わらず叶わぬ恋をしている男が花占いをするといったもので、益々気が滅入る。
「あっ、七ツ森くん出てきた」
 曲の入れ替わりのタイミングなのだろう。出てきた男子グループが牧たちのグループに自然に混ざっていった。ペアでのダンスで入れ替わるようだ。そして、牧のペアの相手は案の定七ツ森。七ツ森に楽しそうに踊らされている彼女を見ていられなくて視線を外そうとした時だった。
「あいつ……!」
 風真が驚いたように目を見張った。周りからも女子の歓声と男子の揶揄うような声が飛ぶ。
 皆の視線の先には、去りかけた牧の手を掴んだ七ツ森とそれに応える牧、そして両手を握って近付くようにステップを踏む2人だ。そのまま近づくと七ツ森が牧を抱きとめて突き放して、彼女はそのまま退場していった。
「きゃー!」
「えっやばっ!」
「あの2人結局付き合ってないんじゃなかった?」
「え、でもあれは付き合ってるでしょ!」
 周囲の生徒の交わす言葉に、俺もそう思う、とため息をついた。意味深に視線を交わす真面目ちゃんと風真の態度からしても、2人がそういう関係なことを証明している気がして。
「悪い、氷室教頭に呼ばれてるんだった」
「えっ!やばいじゃないですか!」
「やばいなー。ちょと行ってくる」
 曖昧に笑って席を立つと、真面目ちゃんの心配そうな視線が追いかけてきた。その視線が俺の表情からくるものじゃありませんように。
 俺が高校生だったらなんて馬鹿げたことを考えたって仕方がない。それでも考えたくなる。あの子の隣にいたのは俺だったのだろうか。いや、違うんだろうな。実際年齢で考えれば俺と同じ年なのだ、彼女は。秘密だって俺の方が知ってる。これまで支えてきた時間も自負もある。その上で、俺は七ツ森に負けたんだ。……負けた?戦ってもいないのに?
「御影先生」
「わっ!!はいぃ!」
 下を向いて歩いていたら、日差し降り注ぐグラウンドに似合わないかっちりスーツの氷室教頭と出会していた。
「何をしているんですか、順位発表も聞かずに」
「すいません、ちょっとトイレに……」
 今日ずっとこんなだなと思いつつ、馬鹿みたいな言い訳をして苦笑する。氷室教頭はといえば若干眉を顰めて、御影先生らしくないですね、と言った。
「順位発表は聞かなかったのですか。貴方なら生徒の頑張りを最後まで見届けると思いましたが」
 氷室教頭の言葉が刺さる。痛い。でも、教頭が思ってるような教師じゃないんですよ、きっと俺は。自分勝手で自分本意で我儘で情けない。氷室教頭みたいに滅私奉公で教育に尽くすような大人でもなければ、太陽のように彼らを温かく導けるような存在でもない。強いて言えば俺は、あいつらと中身はなんら変わりないガキだ。
「……順位が全てじゃないですから」
 そう言って自分の言葉に反吐が出そうになった。そう思いたいのは俺だ。都合の良い解釈。
「ふむ……御影先生」
「は、はい。なんでしょうか」
 氷室教頭の視線に背中が強張った。この人のまっすぐ人を見る目が、いつだって苦手だ。
「では、フォークダンスには参加してください」
「は?いや、今年は欠員がないので俺が出なくても、」
「いや、毎年必ず逃げる男子生徒が出る。だから参加するように。たとえ欠員がなくても、念のために」
 以上、と言い残して氷室教頭が去っていく。その背中を見送って、ため息をついた。上司命令だ逆らえまい。重い足を動かして、俺はグラウンドに戻るために来た道を引き返した。




 

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「おい、お前ら……何考えてんだ」
「そうだよ!噂、また広がっちゃうよ!」
 呆れ顔の風真くんと、同調するマリィに詰められて、私と七ツ森くんは顔を見合わせる。
「反省してマス……」
「面目ない……」
 2人して頭を下げた。マリィにしても風真くんにしても、あらぬ噂を払拭するために協力してくれていたのだから、あんなことをしたらそう言いたくもなるだろう。
 言い出したのは七ツ森くんだけれど、乗ったのは私だ。元々練習を始めた時に、クラスの子達の悪ノリであの振り付けが入っていた。一応練習はしてみたものの、やっぱり恥ずかしいしまた誤解が広まるから、ということでやらないことにした振り付けだったのだ。こうなることは目に見えていたから、やらないとう選択肢を取ったのだったけれど。
「別に俺たちは、お前らがいいならいいんだけどさ」
「よくない、それはよくない!ごめんね!」
 風真くんの大人発言に慌てて謝れば、七ツ森くんも「いや、あそこまで騒がれるとは思わなくて」とぶつぶつ呟いた。
「騒がれるに決まってるよ!もの凄くお似合いだったもん……もういっそ本当に付き合ったら?」
 マリィの言葉に再び七ツ森くんと目を合わせる。
「いや、ないな〜!七ツ森くんは違うっていうか」
「俺も。なんかそういうんじゃない、牧は」
 私としてはマリィとのフラグを折ってはならない、というのもあるけれど、やっぱり七ツ森くんは男子高校生なのだ。七ツ森くんも無いし、その他の男の子たちにも特にそういう感情は湧かない、というか湧きようがない。
 言葉を交わして、お互いに、ねぇ、と顔を見合わせていると、「そういうとこ。はたから見れば、どう見てもカップルなんだよ、お前ら」と風真くんにつっこまれて、しまったと思う。どうしても七ツ森くんと関わると、年下の可愛い甥っ子か弟に関わるような感じになってしまう。やっぱり距離置いた方がいいいのかな、と思っていると、フォークダンスの陣形になるようにアナウンスが流れた。
「マリィ、私と踊る?」
「え、いいのかなぁ」
 戸惑いながらも嬉しそうに笑うマリィに思わずキュンとしてしまう。そんな私たちを見て、風真くんが面白くなさそうな顔をした。
「はぁ?じゃあ俺は誰と踊るんだよ」
「マリィは私とだもん。七ツ森くんと踊ればいいじゃん」
「よろしく、カザマ。あ、男役は身長的に俺で」
「なんでだよ、ふざけんな」
 何にでも真剣に返してくれるので、意外といじり甲斐のある風真くんとの応酬は楽しい。
「おーい、お前ら。勝手にフォークダンスのルール変えんなよ」
「御影先生」
 いつの間にか近くに来ていてやり取りを聞いていたらしい御影先生が、腕組みをして呆れたように笑っていた。なんだか久しぶりに先生に会った気がする。耳が赤くなっている気がするけれど、狼狽えたらバレそうでなんでも無い顔をした。
「順番は出席番号順。男子は内側、女子は外側。決まってんの。ほら、並んだ並んだ」
「はぁい」
 聞き分け良く返事をするマリィに従うように、各々場所に散っていく。私と先生を残して。
「あれ?御影先生も参加ですか?」
「そ、お前の隣の奴、伊藤な。あいつリレーで張り切りすぎて、肉離れしたからテントで休んでんだよ」
「なるほど……えっじゃあ」
「お前の最初の相手は俺だ」
 よろしくな、と言って笑う御影先生に悟られまいと視線を逸らした。心臓が痛いくらい鳴っていて、このまま視線を合わせていられなかったから。そんな私に構うことなく、『では始めまーす』という間延びしたアナウンスの声がグラウンドに響いた。
「よし。手、いいか?」
「あ、はい」
 後ろ向きで手を伸ばせば、先生の手が私の手を掬う。後ろ向きで本当に良かった。すぐにスピーカーから牧歌的なあの曲が流れてきて動き出す。
「なんか、安心するよな。この曲。世代も何も関係ねーって感じで」
「ふふ、確かに。老若男女知ってる曲ですもんね」
 笑ったら、不意に御影先生がきゅっと私の手を握った。
「ずっとこのままだったら、いいのにな」
「え?」
 くるりと回されて正面に立つ。一瞬視線が絡んで、それから
「嘘だよ。じゃあな」
 そう言い置いて、先生の手が離れた。
 穏やかに笑っていたその笑顔と、声のトーンがあまりにも違っていて混乱する。だけど聞き返す間もなく、先生はどんどん列を進んでいって遠のいていく。
 それからだった。御影先生との間に妙な距離感を感じるようなるのは。





 続く