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「御影先生のお誕生日、何かあげる?」
マリィが首を傾げて聞いてくる。あぁそうか自己紹介の時に確か5月25日が誕生日って言ってたっけ。無意識的にそういう人のプロフィールみたいなものが頭に入ってしまう。ホテルマン時代にお客様のご要望以上に応えるがモットーのホテルで働いていたから、聞きかじった相手の情報がやたらと残る。完全なる職業病だ。
「なんでお前が御影先生にプレゼントあげる必要があるんだよ」
風間くんが不機嫌そうに言うのを聞いて、「担任の先生だし、自己紹介で言ってたってことはプレゼント欲しいってことなんじゃ……」とマリィが慌てて言葉を返している。
「そんなこと言い出したらキリがないだろ」
ふん、と風間くんが鼻を鳴らした。余裕のなさが全面に出ていて面白い。
「牧は何笑ってんだよ」
「別にぃ」
にやにやしたことがバレて睨まれたが、素知らぬ振りして明後日の方角を見た。

マリィと風間くんと共に商店街に来ている。私が茶器を見たいと言っていたら、マリィが風間くんに話をつけてくれたのだ。彼はお茶に詳しく品物の目利きができるので、きっといい物を見つけてくれるはずだということで。
マリィといると風間くんがしょっちゅう(もう本当に暇さえあれば)やって来るので、最初のうちは緊張していたけれど流石に慣れた。
ゲームをしていた頃は素敵な王子様キャラだとしか思っていなかったが、こうして直に見ていると余裕のないただの男子高校生である。独占欲が強くてマリィに近づく輩全てに敵意を剥き出している。そりゃあまあ、9年間も離れ離れだった愛しい幼馴染にやっと再会できたのだから分からなくもないけれど。
「牧は茶器が見つかったら帰るんだったよな?」
マリィを挟んでにこやかに私に笑いかけてくるその目は笑っていない。はぁと溜息をついて「帰るよ。用事あるから」と返せば満足そうに頷いた。
マリィにこの話を持ちかけられた時に、今日が初デートだと知っていれば私だってのこのこついて来なかったのに。

「風間くんはああ言ってたけど、御影先生にプレゼントあげたほうがいいかなぁ」
食器関連の品物を扱う店に入って、風間くんが真剣に品物を選んでいる隙にマリィがこっそりと話しかけてくる。
「御影先生は別に貰えなくても何も思わないと思うけど……マリィがどうしたいかじゃない?」
厳密にいえば御影先生とどうなりたいかだけど、と思ってみたりする。こういうプレゼントイベントって確か好感度上げるんじゃなかったっけ。
「春乃ちゃんはあげないの?」
「うーん」
私はお茶部の監督者を引き受けてもらっているということもあるし無視はできない気がする。ただ物をあげるのはピンとこない。というか何をあげたらいいのか分からない。なにせこの世界は今私にとっては現実で、ゲームのように選択肢なんて出てきくれないのだから。
「またその話かよ」
いつの間にか近くに来ていた風間君がしかめ面をして立っていた。両手に茶器のセットを持っている。
「おお!いいね」
「だろ?」
近寄って感想を述べれば風間くんが得意気に顎をあげた。
急須にあたる茶壷ちゃこのみが赤茶の土っぽい作りで、あとは白という、シンプルな陶器の茶器セットだ。最低限の簡易なセットだけど、バイトもしていない私のお財布事情と相談すれば妥当な値段だった。
まぁとりあえず、御影先生と自分が飲めればいいんだしね。
そう思ったところで、あ、とある考えが過ぎる。
「御影先生の誕生日、私は物はあげないことにするよ」
マリィにそう告げれば、その向こうで風間くんがうんうんと頷いた。





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「生徒からの贈答品は……遠慮なく受け取っておく!」
放課後に理科準備室を覗いてみれば、生徒が数人(全員女子)訪ねてきていた。御影先生に誕生日プレゼントを持ってきたのだろう。皆手に包みを持って、先生の言葉にきゃあきゃあと黄色い声を上げている。マリィも休み時間の間に渡してきたと言っていた。この様子を見て、風間くんにバレなきゃいいけどと思う。こんなに人気のある先生にプレゼント渡したなんて知ったら悋気の火の玉になり果てるかも。
だけどまあ実際いい先生だよな、と思う。生徒からの人気が高いのは、ただルックスがいいとか、優しいとかそういうところだけじゃないだろう。基本的に頭がいい人なのだ。コミュニケーション能力も高い。加えて大人の余裕。そりゃあ女子生徒が放っておかない。
小さな人だかりから御影先生だけが背が高くて飛び出ている。机の上にはマリィが用意していたプレゼント(なんか洗剤か何かだった気がする)がちゃっかり置かれていた。嬉しかったのだろうと思うと、なんだか微笑ましい。
暫く準備室の入り口から様子を見て話しかけるタイミンングを計るが、結局タイミングは掴めず、後で来るか、と諦めて立ち去った。とりあえず先に準備しておこう。







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「ありがとうな、嬉しいよ」
礼を述べれば女子生徒のきゃあという高い声が上がった。自己紹介で誕生日を言っておいた甲斐があった。入学からまだ2ヶ月も経たないのに、こんなふうにプレゼントを貰えるなんて嬉しいことじゃねぇか。
ふと視線を飛ばせば、準備室の入り口で牧が中を覗き込んでいた。
やべ。
何がヤバいのか分からないが、良くないものを見られたような気がしてそわそわとする。だらしない顔をしていたんじゃないかと口元を抑える。冷静に考えたら女子高生にプレゼントを貰って喜んでいるイタい教師だし、牧はそういうことを思いそうだ。
そんなことを考えていたら、声をかけるタイミングを失った。ふい、と立ち去り際に残された髪の余韻を目で追う。
「悪い、俺これからクラブなんだよ。もう行かねぇと」
慌てて声をかけると、えープレゼント開けてくれないの、と不満気な声を上げる生徒たちをいなして準備室を飛び出す。
どこ行った。
きょろきょろと見回して姿を探すがもう廊下には見当たらない。そういえば今日はお茶部をするから、と言っていた気がする。ハーブの様子を見ると言っていたっけ。あいつは律儀に活動をする時は俺に事前に報告をする。多分、他の園芸部の活動も気にしているのだろう。別に自由に活動してもらって構わないのだが、今日は特段園芸部の活動はないこともあり場所は広く使っていいぞと伝えてあった。
早足で廊下を歩きながら牧の行きそうな場所に当たりをつけて真っ直ぐそこへ向かう。

「牧……!」
「あれ、御影先生」
ハウスの側でビニールシートを広げている牧が目を丸くして俺を見た。早かったんですね、とのんびり言って作業に戻っていく牧を見て息を吐く。
「いや……さっき準備室覗いてたろ」
「あ、バレてました?」
お前もプレゼント渡しにきてくれたんじゃねぇのか。
そんな言葉が出かかるが、流石に図々し過ぎて押し留めた。
不意に風が巻き上がってビニールシートが暴れているのを見て、慌てて抑えに駆け寄る。
「ありがとうございます」
牧はふと笑って礼を言うと、「丁度いいから先生は座って重しになっててください」と指示されて素直に従った。
「牧?」
何を始める気だと呼びかければ、何やらいそいそと準備を進め出す。
広めの盆に大事そうに紙袋から一つ一つ何かを取り出していく。全て布で包まれたそれらを解いていくと、中から現れたのは茶器だった。
「おぉ、言ってたヤツ!いいの見つかったな」
お茶部をするということで俺も少しばかりお茶のことを調べていたから、並べられているものが台湾茶器であることが分かる。台湾茶は良いお茶になれば何度か同じ葉でお茶を淹れて、その香りや色の違いを楽しむものだ。だから茶器一つ一つが小さくて、まるでままごとのセットのようで可愛らしい。
「風間くんが見繕ってくれたんですよ。彼に頼んで良かった」
ふふ、と買い物の時のことを思い出したのか微笑むその笑顔に、ぐ、と息が詰まる。俺が高校生だったら、なんて思っているのを知ったら、こいつはどう思うんだろう。
いやいや最近まで中学生だったんだぞ、と自分に言い聞かせる。実は自分が変態だったんじゃないかと思うと背筋がぞっとした。
「御影先生?」
「あ……いや何でもないよ。ところで今日は俺にお茶をご馳走してくれるってことでいいのか?」
「はい!美味しいお茶うけも用意しましたからね」
俺の慌てようなど知りもせずににこにこと楽しそうに笑うと、次々に目の前に準備していきあっという間に茶会の席が用意された。

「えーと、じゃあよろしくお願いします」
胡座座の足にブランケットをかけた牧が頭を下げる。その姿はゆったりと寛いでいるように見えて優雅だ。俺も倣って胡座座になる。
流れるような所作に目を奪われる。基本的に牧の所作は普段から、お、と思うくらい綺麗なところがあるが、定型の作法に則って動かされる手先は洗練された美しさがある。
本当にこいつ高校生かよ……。
その眼差しや手の動きはどう見ても大人の女にしか見えない。だけど顔はやっぱりまだあどけない女子高生で、不思議な感覚を覚える。
そんなことを思ってぼんやりとしていたら、ふと昔昔に読んだ中国の伝説を思い出した。
白蛇の精が修業の後に美しい娘に変化して、ある男と湖の辺りで出会う。相思相愛となった2人は逢瀬を交わしていく。女は男のために茶を淹れてもてなし、男はそれを受けて……。
実は私は白蛇の精でして、なんて言われでもした方がしっくりくるかもな。
「まずは一煎目です」
馬鹿げたことを考えていたら、茶を淹れ終わった牧と目が合った。どうぞ、と勧められて、俺の手には更に小さいその器を手に取る。
「これは……美味いな」
フルーティーで蜜を思わせるような甘い香りがふわりと香った。こんなに香りのするお茶を初めて飲んだ。
「そうでしょう?」
嬉しそうに笑った彼女につられて笑ってしまう。
それから、2煎目、3煎目と同じ茶葉で淹れていき、2人で香りと味を楽しんだ。不思議なことに淹れるたび、味も香りも変わっていく。お湯の温度や茶葉の開き具合で、その変化が生まれるのだと得意気に牧が説明してくれた。こりゃ確かにハマるな、と分かる気がする。
「台湾茶って初めて飲んだが、茶葉によって全然味が違うんだろうな。これは甘味が強い気がする」
「そうなんです!」
目を見開いて、きらきらと顔を輝かせる。ああほら、そのぴかぴかの笑顔。
「これは、 東方美人トウホウビジンっていうお茶で特に甘味が強いお茶です。取れる年によっても全然味が変わりますが、今回のこの茶葉は甘味が強いですね」
楽しそうに語って、それから左上を見て考える癖。
「もう少しすっきりしたものがよければ……有名どころなら凍頂烏龍茶トウチョウウーロンチャ 文山包種茶ブンザンホウシュチャなんかもおすすめですよ」
また視線が戻って、ふわりと花が解けるような柔らかな微笑み。あぁそうか。
「俺は、この東方美人好きだったな。名前からしてべっぴんさんに淹れてもらうのに相応しいお茶だった。
色んな顔を見せてくれるべっぴんさんにな」
そう、この子はお茶に似てる。飲むたびに印象を変えて、その度に新鮮な驚きと喜びと嬉しさをくれる。
「べっ……?!」
「お、また顔が変わった」
「う、うるさい……!!」
顔を真っ赤にして慌ててお茶うけのドライフルーツをバクリと食べると、ぶすくれたまま頬張る姿を見て笑う。
本当に見てて飽きない。

「じゃあそろそろお開きにしましょうか」
「おう。今日はありがとうな。本当に美味いお茶だった」
すでに片付けを済ませて立ち上がった彼女に続く。微笑んで視線を捕らえてそう伝えれば、その目が悪戯っぽく笑った。
「御影先生、お誕生日おめでとうございます」
「え?」
思わぬ言葉にぽかんと口を開ければ、牧がふふと微笑んだ。
「今日のお茶会は先生のお誕生日の特別なお茶会ですよ。私からはお茶と癒しの時間をプレゼントでした」
俺はさぞ間抜けな顔をしていたに違いない。
「そ、そうか……ありがとうな」
気の利いた軽口の一つも出てきやしねぇ。
夕日がちょうどいい具合に顔を照らしてくれていて良かった。
「じゃ先生、さよなら」
「あぁ、また明日」
制服のスカートを翻し髪を揺らして帰っていく後ろ姿を見送って、その場に座り込んだ。
「マジで……はぁー……」
敵わねぇ……。
今日イチのデカいため息が出る。少し余裕で接することができたかと思えばこれだ。すぐにひっくり返される。
いや本当にあいつは妖怪かなんかじゃねぇのか。じゃなけりゃ、こんなの絶対におかしい。














ついにやってきた。待ちに待った体育祭。
「ハーイ!春乃」
楽しみが過ぎて早めに登校していた私に、テンションが高めなひかるが近寄ってくる。
「おはよう、ひかる。早いね」
そう伝えると、ひかるは手にした櫛を持って満面の笑みを浮かべる。
「今日は体育祭だからね〜友達の髪してあげる約束してて早くに来たの」
ねぇねぇところでぇ、とニンマリとひかるが笑うのを見て身を引く。明らかに何か企んでいる顔だ。
「な、なに?」
「んふふ……お姉さん、お洒落は好きですか?」
そう言って素早く伸びてきた手にあっという間に捕まってしまった。

「わぁ……春乃ちゃん、可愛い……」
「えぇ……そうかな、ありがとう」
遅れてやってきたマリィが私を見て沁みじみと褒めてくれた。そんなにまじまじと見られたら照れる。
「でしょでしょー?!春乃は絶対、アップのポニーテールが似合う!って思ってたんだよね!ついでに巻いて、横の髪はあえて残すことでアンニュイな雰囲気に仕上げてみましたぁ〜」
「こら、ひかる。人を玩具にしない」
「えーだって教室に来てみたら、だっさいハチマキきちんと巻いて座ってるんだもん!いじりたくなるよ〜」
テンション高く騒ぐひかるとは対照的なみちるが呆れた顔をしている。いや、まって、だっさいハチマキって酷くない?
「うん、でも確かに、春乃可愛くなったと思う」
とはいえ、みちるにそんなことを言われて嬉しくないわけがない。
「えへへ。ありがとう」
「可愛い……」
マリィがひしと抱きついてくる。その上から、ひかるが抱きつき、控えめにみちるが抱きついた。女の子の良い匂いがする、なんて思ってしまった私は変態だろうか。
「おーい、そこの団子になってる女子!ホームルーム始まるぞー」
御影先生が教室に入ってきて声をかけられると、アビヤーン!といつもの別れ際のセリフを残して、みちひかツインズは自クラスへ戻って行った。
前を向くとつなぎ姿で教卓に立つ御影先生とがっつり目が合った。
一瞬目を見開いて、それから先生の目元が、ふわと緩む。
「よーし、座れー」
すっと外された視線は教室全体へ向いて、どこか楽しげな先生の声が響いた。
吃驚した……。
一瞬時間が止まった気がした。“いいな”と目だけで言われた気がして。

「頑張れー!!!!」
大きな声を張り上げて自分のチームを応援する。初めての体育祭、初めての応援。楽しい。学校行事ってこんなに楽しいものだったとは知らなかった。来年は応援団に参加してみようかな。
「風間くん、足早いねぇ」
「うん。玲太くんなんでもできるから」
リレーで走る風間くんを見ながら、マリィが嬉しそうに言う。お、呼び方変わってる。
「そうだね、玲太くんね」
「な、なによぉ」
頬を染めて照れているマリィが可愛すぎる。これは風間くん堪らないだろうな、なんて女子高生らしからぬことを考えて、いかんいかんと打ち消す。油断すると20代の自分がすぐに出てきてしまう。
【次は綱引きです。参加する生徒の皆さんは入場門にお集まりください】
「あ、次私出るやつだ」
アナウンスを聞いて立ち上がると、マリィが私を見上げて拳を握る。
「春乃ちゃん、頑張ってね!」
「まかせて!勝利に貢献してくる!」
意気揚々と応援席を出たところで、本多くんにばったり出会した。
「牧ちゃん、綱引き出るの?」
「そう、今から!」
「そうなんだ!オレ、その次の玉入れだからもう行っとこうかな」
「うんうん!行こう行こう!」
並んで歩き出すと本多くんが、ふふ、と笑う。
「なに?」
「なんか今日の牧ちゃん楽しそう。テンションがいつものオレみたい!」
そういう本多くんも、どことなく浮かれているように見える。
「そうかも。本多くんのテンションがうつっちゃったのかな」
「うんうん!良いと思うよ!その方が絶対楽しいと思う!」
顔を見合わせて笑うと、ほわっとした気持ちになる。本多くんはやっぱり癒し……。
「ぶ!」
余所見をしていたら、いつの間にか前に人が立っていてぶつかってしまった。
「おいおい、気をつけろよ?」
聞き馴染みのある声に顔を上げる。
「御影先生」
ぶつかった鼻を撫でて顔を顰めて名前を呼ぶと、はは、と笑われた。
「そんな顔すんなって。可愛い顔が台無しだぜ?」
「かっ……」
言われ慣れていないのだから、他の女子に言うようにそんなセリフをホイホイ言わないでほしい……!!
他の男の子たちの胸キュン台詞は薄ら覚えているからまだ耐性はあるとして(私に向くことは無いだろうが)、なんの身構えもできない御影先生の言葉は心臓に悪い。
「はい、じゃあお前はこっち。本多は玉入れだろ?なら、あっちな」
大きな手に肩を掴まれて回れ右をさせられる。どうやら反対方向に歩いてきてしまっていたらしい。
「はいはーい!じゃ、牧ちゃん頑張ってねー!」
「本多くんもね!」
御影先生に連行されながら手を振ると、左右に跳ねた髪をぴょこんと揺らして本多くんは走り去っていった。
「いつの間にか本多と良い雰囲気じゃねぇか。良いねぇ青春」
肩に置いていた手を離して、横を歩く御影先生が笑う。
「え?ダーホンは癒しですけど、そんなんじゃ」
「ふぅん?ま、頑張れよ」
背中をトンと押されて綱引きの列に入れられてしまった。変な勘違いをしていると思うけど、ムキになって訂正するのもなんだかなと思って、そのままにしておくことにした。


初めての綱引きの結果は惨敗だった。
順番的に一番後ろについたのだが、急に綱が動いて引き摺られてしまって大怪我だ。
「うわ、結構ひどいね」
「ざっくりいってる。いたそ〜。大丈夫?牧さん?俺おんぶして運ぼうか?」
集まってくるチームメイトには大変申し訳なく思う。思うけど、でも私は。
「うん、ぜんっぜん大丈夫!!!」
特大の笑みを浮かべて見せた。
なんだか今、凄くアドレナリンが出ている。
そりゃそうだ。体育すらまともにやったことのない私が、体育祭なんていう体育の能力を競うイベントで結果が残せるわけがない。そんなことは分かりきっていたことだ。今は兎に角参加できたことが嬉しい。
むしろ怪我は力一杯全力で参加した勲章のように感じられた。
結構な怪我をしているのにも関わらずにこにこしている私に戸惑うチームメイトをかき分けて、一際大きな声が聞こえてきた。
「おい!牧!大丈夫か?!」
泡を食ったように慌ててやって来たのは御影先生だ。大袈裟だな、と思いながら満面の笑みを向けてみせる。
「あ、先生。見てください!名誉の負傷です!」
「お前っ……」
めそめそ泣いているとでも思ったのだろうか。私の顔を見て、はぁー、と大きな溜息をつく。
「こいつの面倒は俺が見るから、お前らは戻ってろ」
御影先生の言葉に、はーい、とチームメイトたちは散っていく。
「立てるか?」
「あ、はい」
勢いよく立とうとして痛みが走り、よろけた身体を背後から支えられる。
「お前なぁ、自分の非力さが分かってて競技に参加したのかよ」
少し屈んでいるのか、呆れたような御影先生の声が耳の近くでする。近い。
「とりあえず、水場まで移動するぞ。頑張って歩け、不良娘」
「だから、不良じゃないって」
「俺に心配かけるような生徒は不良なんだよ」
こん、と頭に力の入っていない拳が降ってきた。
あぁちょっと待って、まずいかも。
そんな思いが頭を過る。掻き消そうとして知らなかったフリをするけれど、嘘がつけない正直な心臓はバクバクと跳ねている。