モノクロームの思い出に(2/3)
「ほんまに来た…」
アホ面でポカンと口をあけている石垣くんを見る。
電話では話していたものの、会うのはかなり久しぶりだ。
昔より更に人の良さそうな柔らかい顔になったように思う。
「キミが来い言うたんやろ」
「いや、言うた。
言うたけど、ほんまに来てくれるとは…」
「…帰るわ」
「ちょ、ちょぉ!待て待て!」
折角来たんや参加して行けや、とグイグイと店に引っ張られて連れ込まれる。
「えー!御堂筋くんや!」
「マジか!」
「すげぇ!」
懐かしい面々が口々に騒ぎ立てて集まってきた。
鬱陶しくて舌打ちすると、変わってへん!とまた楽しそうに笑う。
石垣くんにしたって、コイツらにしたって、人のこと変わらん変わらんて、そうそう人が変われるか、と胸中で呟く。
されるがままにしていると、中央の席に連れて行かれそうだったので、さっさと空いていた1番奥の席に腰掛けた。
「皆、お前と会いたがっとったんやで」
隣に腰掛けながら、石垣くんが困ったように言う。
「意味わからん」
そう言い放つと、そやな、それでこそ御堂筋や、と笑った。
こういう会話、昔もしたような気がするな。
ふと懐かしさが過ぎる。
運ばれてきたウィスキーを舐めながら、入れ替わり立ち代りやってくるかつてのチームメイトの話を聞く。
もっと不快な気持ちになるのかと思っていた、と自分で自分に驚いていた。
高校時代の自分が見たら、なにくぅだらん集まり参加しとるん?キモっ!とか言いそうやなと思う。
いや、昔話なんてなんの生産性もないと思っているのは事実だが。
「しかし、御堂筋は男から見てもかっこええな」
「ハァ?」
唐突に山口くんから発せられた言葉に耳を疑う。
「どんな大人になるんかと思とったら」
「そやなぁ、あの御堂筋が」
「まぁでも高校の頃からスタイル良かったしな」
「実は結構モテとったしな」
「そうそう、影からこっそり見とる子とか結構おったよな」
「えー俺全然気づいてへんかった」
「石やんは石やんでモテてたから、それが通常やったんやろ。そもそも鈍いしな、石やん」
「なんか嫌な言い方やなぁ」
自分を置いて進んでいく話を聞きながら、まぁでも話題が逸れてくれて良かったと素知らぬ顔で酒を飲んでいると。
「で、御堂筋。どうやねん」
「は?」
結局戻ってきてしまった話題にすっとぼけてみる。
「だから、彼女とか色々あるやろ」
「実際どうなん、モテる?」
「てか、結局苗字とはどうなってん」
視線が集まる。
「…どうって」
なんも。
呟くように言って、もう一口グラスに口をつける。
「だぁっ!じれったぁ!」
「なんやねん、お前ら!」
「お前もお前やし、苗字も苗字や!」
一斉にギャーギャーと非難が飛んできてうるさい。
「そもそもなんでもないんやから、どうもなりようがないわ」
ていうか、いつの間にこないな話になっとんねん…。
これ以上話すのは面倒で席を立つと、おい!どこ行くんや!と声が飛んでくるから、手洗ァいと適当に返した。
まぁ、あんだけお互いバチバチに意識し合っとったら周りも気づくやろな、と思う。
あの頃は周りが見えてなくて、彼女はともかく、自分はうまく隠していると思っていたが、明らかに彼女と周りへの接し方の間にはかなりの差があった。
「めんどくさァ…」
今戻ると好奇の目の餌食にされることは明白だ。
少し夜風に当たるために外に出る。
冬入り前の京都のこのもったりとした空気感。
酷く懐かしい。
店から少し離れて、川沿いに設置された柵に寄り掛かる。
「…ボク、何やってんの」
自問自答するように呟いてみるが、夜風に虚しく消えていくだけだ。
アホらし。帰ろかな。
ため息をついて視線を店先に戻すと、早足で軒先を歩く人影が目に入った。
横顔が提灯の灯りに照らされる。
あー。
一瞬。
それで十分だった。
昔のように跳ねる後ろ髪はなくなって、変わりに昔よりも長い前髪が風になびいている。
スラリと着こなしたパンツドレスがふわりと揺れた。
切り取られたように、その一瞬時が止まる。
少し走れば、今声を掛ければ、彼女に追いつけるのに。
足は地面に縫い付けられたように動かない。
彼女の余韻だけを残して、提灯の灯りが揺れた。
暫くボーッとしていると、手の中で携帯が震える。
『どこおるん』
石垣くんからの短いメッセージ。
もう一度ため息をついて、さっきまで動かなかった足を無理やり動かした。
「…どこォの店やねん」
居酒屋におよそ似つかわしくない雰囲気の女が、綺麗な所作で銚子を傾けて石垣くんの杯を満たしている。そんなどこがちぐはぐな場面に思わず呟く。
ご丁寧にも、先程まで飲んでいたグラスが置いてある隣の席だ。
大方、石垣くんがその席に誘導したのだろう。
目を丸くして自分の名前を呼ぶ女を見つつ、周りの視線も感じる。
面倒なことになったと思いながら再び席に座った。
こうも周りから見られていると話しづらくてかなわない。
周囲から見られている間は絶対に話している所を見られまいと心に決めて、一言二言交わした後は酒を飲むことに集中することにした。
ちらりと横目で彼女の横顔を見る。
昔より少し痩せた白い首筋とか、ショートカットに切られた艷やかな黒髪の隙間から見える品の良いゴールドのピアスとか、何よりも時折憂いを帯びたように笑うその表情が、過ぎた時間を思わせる。
それに。
ほっそりと長い薬指で控えめに光るその指輪は、やはりそういうことなのだろうか。
もしかして苗字ちゃん結婚したん?
返答に思わず耳をそばだてる。
返ってきたのは、え?、という間の抜けた声。
「これ、意味なくて、まぁカモフラージュ的な…」
気まずそうに歯切れの悪い説明をする彼女。
なんや、てっきり…。
間違っていた憶測に安堵して、グラスに口をつけるとふと横から視線を感じる。
この感じ。
ドクドクと早まる心臓に気づかない振りをして、琥珀を喉に流し込んだ。
ここまで変われへんもんかね。
こうやって受け流して、絶妙な距離感を保っていた頃から何も。
自然に話が逸れて、話題を向けられた山口くんに注目が集まっていった。
隣の彼女はどこか物思いに耽ったように、頬杖をついている。
「飲み足りひん顔してるで」
酒を注ぐと、はっとした顔をして礼を言うその顔を眺める。
何でもないように笑みを作っているように見えるけれど、合間合間に一瞬の陰りが見え隠れする。
昔より少しは顔に出さない術を身につけたのか、と思うが、こちらもその分人の細かな変化を見抜く力は増している。
女性からの好意や付き合いも、今までなかった訳では無い。
だから。
「…やっぱ、いいや。ごめん」
分かりやすすぎやわ、苗字さん。
「…キミ、変わってへんなァ」
視線をやれば、彼女が一瞬身を固くする。
すぐに怯まずに言葉を返してくるが、その言葉が自分にとっても彼女にとってもえらく皮肉で思わず悪態をついてしまった。
大人ならもっと、お互いうまくやらな。
表面上、楽しそうに、と表現されるであろう表情で質問を重ねる姿を見て、今手を取ってキスでもしたら全てが一変するんやろか、とか有り得ない想像をしてみたりする。
質問の奥の意図を汲み取って返すと、何故そこまで分かる、とでも言いたげな顔で礼を言われる。
その礼に返事をすると、何が嬉しかったのか柔らかく微笑まれた。
相変わらずコロコロとよく表情が変わる。
にしても、やっとちゃんと笑たなァ。
くだらないやり取りに、ふふふと楽しそうに笑って手の甲で頬を抑えている彼女を見る。
その仕草は高校生の頃の彼女のまま。
「御堂筋くん変わってへんね」
彼女の一言にふいに鮮明な記憶が蘇る。
"大人になったら、御堂筋くんも私も変わってまうんやろうねぇ"
"変わらへんよ、ボクゥは"
"どうかなぁ"
"キミィは変わらんというか、変われへんやろなァ"
"どういう意味?"
"成長せぇへんやろなって意味"
"…10年後めちゃくちゃええ女なっとって、その言葉後悔しても知らんよ"
"よォ言わんわァ"
「変わらん言うたやろ」
キミは覚えているだろうか。
大切に抱えてきたこの思い出を。
「確かに、綺麗になったなァ」
高校生の自分が言えなかったことを、大人の自分が言葉にしてみる。
なんや、案外簡単やなァ。
それが感想だ。
口に出してしまえば、どうということはない。
目を見開いた目の前のこの子のことを想い続けながら、随分と遠回りしてきた気がする。
もう不器用な高校生じゃない。
将来の不安や色んな制約も、自分の力でコントロールできる。
「ご、めん、電話だ」
タイミング悪く彼女の携帯が鳴り出した。
もうちょいやったのに、と面白くない気持ちで慌ててその場で電話に出る彼女から目を逸らす。
「だから、どうしたの?…え、まさかここの場所も…?…いや、ごめん、いいよ大丈夫だから。
怒ってないって。大丈夫大丈夫何とかするし…。
さすがの先生も仕事外のとこでセクハラまがいのことはしないでしょ…うん…え、うそ、マジで?ここに?先生が出たのってどのくらい?…あんの、性悪…。
いや、ホントこれは私の詰めの甘さだから、気にしないで。キミは私の無事を祈っていてくれればそれでいいからさ…うん…じゃあね、お疲れ」
携帯を切ってため息をついている様子を感じる。
聞くとはなしに聞いていた会話から、困ったことになっているのでは、と思い声を掛けようとしたところに更に彼女の携帯が着信を知らせて震えている。
液晶をみてまた1つため息をつくと、ごめん、と言い置いて席を立ち、離れた所で携帯に耳をつけた。
すぐに戻ってきたその顔は、苛立っているような、落胆しているようなそんな表情。
バックやカーディガンを掴んで、周りに謝っている。
石垣くんが心配して声をかけると、困ったように笑いながら手を振った。
「ちょっと仕事絡みで、しつこい人が来てて…まぁでも大丈夫です、なんとかするんで」
じゃ、と言い置いてさっと出ていってしまう。
明らかに誰がどう見ても、大丈夫ではない様子だった。
「御堂筋、ええんか」
「…ええわけないやろ」
石垣くんの言葉に低く返すと、ギョッとした顔で見られる。
「…穏便にな」
「さァ、どやろか」
ボクも行くわ、とジャケットを引っ掴んだ。