あの頃の君たち(2/3)


ーあ、御堂筋くんや。

ふと上げた視線の先、階段を登って曲がっていく後ろ姿を見つけて走り出す。

「みっ、堂筋くんっ…と岸神くん」

御堂筋くんの長い足で大股に登っていくスピードは想像していたよりもずっと早く、何とか姿が見えた時には息は上がっていて、その勢いのまま話しかけてしまった。
見慣れた2人が其々驚いたような視線を寄越していて、私は俯いてしまう。

「と、って、悲しいなぁ、苗字先輩」
「ご、ごめんなさい」

ハッと顔を上げれば、可笑しそうに笑う岸神くんがこちらを見ていた。
明らかに御堂筋くんしか見えていなかったかのような自分の発言に、顔が赤くなっていくのを感じる。
岸神くんは、可愛いなぁ先輩は、と揶揄うようにクスクスと笑っていてそれがまた恥ずかしい。
彼は私の気持ちを、もうずっと前から知っている。

「何ィ?そないに走って、用事あったんやないの?」
「あ、えっと…」

そんな岸神くんの前にずいっと出てくると、カクンと首を横に折って御堂筋くんが疑問を口にした。
至極当たり前なその質問に、私は口籠る。

「用事ないんやったら、ボクゥ、小鞠クンに引き継ぎあるから」
「あ、ごめん…」

ー失敗した。

久しぶりにした失態を心の中で盛大に後悔する。

部を引退して、クラスも違うし無駄な移動を校内でしない御堂筋くんとは、いよいよ接点がなくなってしまった。
部活があった時は、マネージャーという立場柄、普段の生活の中でもそれなりに話すことがあったのに。
残り少ない高校生活だというのに、この調子じゃどうしようもないなとため息を吐く。

「苗字サン」

肩を落として背を向けたところに、御堂筋くんの声が追いかけてきた。
慌てて振り返ると、岸神くんを先に行かせた御堂筋くんが静かにこちらを見ている。

「どうしたん?」

小走りで近寄ると、御堂筋くんはため息をついて口元を手で押さえた。

「キミなァ、喋ることくらいちゃァんと用意して話しかけぇや」
「え?」
「…チィッ」

久々に聞く御堂筋くんの舌打ちに、私は肩を竦める。

「話したいことあったんやけど、忘れちゃった。そんなことない?」
「ナイわ。キモ」
「そうだよねぇ、ごめんごめん」

一見冷たく見える態度も、もう3年の付き合いの中で見慣れてしまった。
思えば、最初は怖くて怖くて仕方なかったのだ。
慣れとは凄いものだ。
素っ気ない態度や刺々しい言葉よりも、わざわざ呼び止めてくれたことが嬉しいなんて。

「今日放課後、暇ァ?」

緩みだした頬を隠そうと手の甲で頬を押さえていると、御堂筋くんがポツリと呟くように言った。

「え、うん!暇!」
「あ、そ。じゃ、資料まとめ手伝ってェ」

思いもしなかったお誘いに、わかった!と返事をするが、御堂筋くんはこちらを見もせずに背を向けて、じゃ放課後部室で、と言い残してさっさと行ってしまった。

ーきっとただの御堂筋くんの気まぐれだろうな。

そうは思っても、やっぱり嬉しくて自然と軽くなる足取りをそのままに、私は教室へ戻る。


※※※

背を向けて歩き出して、御堂筋は勢いよく口元を手で覆った。

ー恥っず!キッモ!

いつもそう変わらない自分の体温が、おかしな変化をしていることがわかる。

「御堂筋さん」

廊下の端で待っていた小鞠が、面白そうにニヤつきながら御堂筋に声を掛けてきた。

「先、行っとけ言うたやろ」
「えぇ、なので先に行って待ってました」
「…いよいよ可愛げなくなったなァ、コォマリィ」
「いえいえ、そんな、滅相もない」

クスクスと笑う小鞠を横目で見て、御堂筋は今日2回目の舌打ちをする。

「もうすぐ卒業ですねぇ」
「…それが何?」
「いえ、残念だろうなぁと」
「ハァ?意味わからん。誰目線?」
「さぁ?誰でしょう」
「キミィ、ほんま包まへんくなったなァ。曝け出しすぎちゃう?」
「やだなぁ。先輩のご指導の賜物ですよ」

御堂筋の嫌味を小鞠が更に嫌味で返すという、見る人から見れば恐ろしいことこの上ない冷ややかなやりとりをしながら、2人は空き教室に入り引き継ぎを始めた。

ー卒業か。

メモをとっている小鞠を見ながら、御堂筋はそっと声に出さず呟く。

彼女とはもう会うことはなくなるだろう。
それがいい、と御堂筋は思う。

ーボクにとっても彼女にとっても、ただの同級生で終わることが1番良いんや。

ここ最近、このことを考えるときにいつも自分に言い聞かせていることを、御堂筋は今日もまた同じように呪文のように胸中で繰り返した。
別に今日一緒にやらなくてもいい作業を放課後、彼女に頼んだ矛盾は棚に上げて。




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