03
「ささ、着きましたよぉ」
気がついたら、入り組んだ路地の一画に佇むお店があった。
看板には“浦原商店”の文字。
「すいません、ありがとうございました。」
丁寧にお礼を言って、荷物を受け取ろうとすると、彼はスタスタと歩いて行ってしまった。
そのまま店の引き戸を開け、中へ入っていく。
「あれ?どうしたんスか?」
引き戸から、彼がひょこっと顔を出して、手招きする。
招かれるまま店内に入ると、妙に静かなことに気がつく。
松さんの荷物は小上がりに置かれ、彼は勝手にお店の奥へ上がっていったらしい。
「すいません。今、アタシだけなんで、大したお構いができないっスけど」
そう言いながら、麦茶の入ったコップを差しだす。
私はお礼を言いながら受け取ったのはいいものの、飲んでいいのかどうか迷う。
テッサイさんがいれば美味しいお茶淹れてくれるんスけどねぇ。
そう言いつつ、小上がりに腰掛けふぅと一息ついて私を見る。
「どうぞどうぞ。座ってくださいな」
「あの、もしかして、お店の人なんですか?」
「そうなんスよ。浦原と言います。
この店の店主やらせてもらってます」
どうぞ、よろしく。
と悪戯っぽく笑った。
「えぇ!それならそうと、早く言ってくださればよかったのに…」
「だぁって、そしたら、荷物だけ渡して帰っちゃってたでしょ」
それはそうだけど。
それの何が悪いんだろう。
「若い女の子とお喋りなんて、滅多にできないっスから。
おじさんの戯れに付き合ってもらったんスよ」
すいませんね。
そう言って笑う顔は、確かにこのお店に馴染む気がする。
しかし、松さんの知り合いで駄菓子屋さんというから、てっきりお年寄りだと思い込んでいた。
それがこんな、若い人だとは。
「おじさんとは思わないですけど…」
そう言いつつ、いれてもらった麦茶に口をつける。
「それで、今日はどんなご用件で?」
浦原さんの問いで、あ、と口を開く。
「あの、松屋の遣いで来たんですけど」
「松さんの?」
「はい。松さんから、浦原さんにその荷物を渡して欲しいって」
「へぇ。もしかして、松さんのお孫さんっスか?」
「あ、いえいえ。
私は、松屋と松さんのこと好きすぎて、お手伝いさせてもらってるだけです。
苗字といいます。」
我ながら変な自己紹介だなと思う。
でも他に説明のしようがない。
「そうっスよね。松さんに身内がいるなんて聞いたことがなかったっスから…。
あれ、もしかして、下のお名前は名前サンでは?」
「あ、はいそうですけど…」
「やっぱり。あなたが名前サンっスか」
私が怪訝な顔をしていると、浦原さんが言葉を続ける。
「いやね、松さんと話すといつも、名前ちゃん名前ちゃんって嬉しそうに話すもんだから。
松さんは名前サンをお友達と言ってたもんで、仲良しなんだろうなとは思ってたんスけど。
まさかこんなにお若い方だとは思わなかったっスよ」
「そうですか…」
松さんが私のいないところで、誰かに私のことを話していることが単純に嬉しかった。
「ほんとに仲良しなんスね」
「そうですね。私にとって松さんは大事な人ですから…。
こうやってお遣い頼んでくれたり、お店のこと手伝わせてくれるようになったのも、最近で…。
頼ってくれるようになったことが、今はとても嬉しいんです」
「いい関係なんスね」
「はい」
私が頷くと、浦原さんが柔らかく微笑んだ。
色んなふうに笑う人だな。
その笑顔を見てそんなことを思う。
「お荷物拝見しますね」
「あ、はい、どうぞ」
浦原さんが風呂敷の結び目を解くと、寒ざらしの露が入った瓶と白玉が入ったタッパー、そして手紙が一通。
「あぁ、松さんの寒ざらしだ。アタシ、これに目がなくって」
「松さんの作るおやつ、最高ですよね」
松さんのおやつで、あの辺の大人も子供も育つんですよ。
私がそう言うと
なんだか皆家族みたいで、いいっスね。
とまた、浦原さんはあの柔らかい笑みを浮かべた。
松さんは、この人に今年最初の寒ざらしを食べさせたかったのだろうか。
なんだか少し分かる気がする。
松さんの想い人だったりして。
そんな想像をして、ちょっとくすぐったい気持ちになった。
浦原さんは一緒に入っていた封筒の中から、手紙を取り出して視線を落とす。
真剣な目で浦原さんが文章を目で追っている間、私は日が暮れかける外を見ていた。
「名前サン」
「あ、はい」
外に向けていた視線を戻すと、不思議な色の浦原さんの髪がキラキラと光った。
「これから、ちょこちょこ松屋さんにお邪魔することになるかもしれないっス。
アタシとも仲良くしてくださいね」
「? はい」
なんで来ることになるんだろう?
不思議に思ったが、浦原さんの笑顔が眩しくて、ま、いっかと気にしないことにした。
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