02
「じゃ、松さん行ってくるね。明日から朝来るようになるからね」
「はーい。ありがとう」
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
店仕舞いをして、松さんに声をかけて店を後にする。
松さんから預かった風呂敷の荷物を抱えて、住所を見ながら道を歩く。
夕方になってもまだまだ暑い。
スキニーが肌にべったりとくっついて、ノースリーブから出た腕がジリジリと焼ける。
「この辺のはずなんだけどな…」
呟いて、もう一度携帯を確認する。
「んー?」
なんでだか、位置情報がうまく取得できない。
「えーなんで?」
「お嬢さん」
「わぁ!」
突然、後ろから男の人の声。
驚いて前に2,3歩進んで振り向く。
「び、びびっくりした…」
「いやぁ、驚かせてしまって、すいません。
そんなに驚くとは思わなくって」
大丈夫っスか?
と頬を掻きながら、ヘラっと笑う男をまじまじと見た。
こんな炎天下なのに、深緑の羽織。
羽織の下には深緑の甚兵衛。
目深にかぶったこれまた深緑と白の縦縞の帽子。
甚兵衛のはだけた胸元は、逞しく引き締まっている。
すらりと伸びた手にはステッキ。
足元は下駄。
なに?この人?
雰囲気が独特すぎる。
「あのぉ…ホントに大丈夫っスか?」
「あ、あぁ、すいません。ちょっとぼーっとしてしまって」
暑いっスもんねー
と男は扇子を取り出してパタパタと煽いだ。
「もしかして、道に迷われたんスか?」
「あ、そうなんです…。
なんでか、マップがうまく機能しなくなっちゃって…」
「この辺よくあるんスよ。電波障害があるんスかねぇ…」
開いていた扇子をパチリと閉じて、閉じた扇子を顎に当てて斜め上を見る。
「もしかして、この辺りにお住まいの方ですか?」
「はい、そうっス。」
「浦原商店っていう駄菓子屋さんを探してるんですけど、ご存知ないですか?
えっと、住所が…」
「あ、大丈夫っス!知ってますよ、そのお店なら」
住所の紙を渡す前に、男は明るい声を出した。
「それじゃぁ、行きましょうか」
「え、いや、でも」
「いいんス、いいんス。アタシも同じ方向っスから」
それ、持ちましょう
と男は抱えていた風呂敷包みを私の手から持ち上げて、鼻歌を歌いながら歩き出した。
「ほんと、なんか…すいません。荷物まで持たせてしまって」
「気にしなくていいっスよ」
カランと下駄を鳴らしながら歩きつつ、さり気なく歩幅を合わせてくれているのが分かる。
「ついでっスから」
前を向いたまま、口角をあげる背の高い横顔をちらっと見た。
− なんか変なことになっちゃったなぁ…
私は胸中で呟いた。
ものすごく雰囲気のある人と、真横に並んで歩くなんて緊張する。
何してる人なんだろう?
陶芸家?
小説家?
何にしても、芸術家的な人だ、きっと、うん。
頭の中で自問自答を繰り返して、1つの結論を出す。
しかし出したのはいいものの、芸術家と話す話題など持ち合わせていない。
「あ…暑いですね」
「そっスねぇ」
なんだこの、いいとも的な会話。
自分の話題の無さにがっかりしながら、トボトボと歩く。
空を見上げると、大きな入道雲がゆっくりと流れていた。
雨が降るかなぁ…。
前に松さんが、こういう晴れた夏の日に大きな入道雲が出たら、大雨の合図だと言っていたことを思い出した。
晴れたまま雨降ればいいな。
晴れたまま降る雨が好きだ。
そういう雨を狐の嫁入りというらしい。
これも松さんに聞いた話。
狐の嫁入り。
素敵な響きだと思う。
「一雨きますかねぇ。狐の嫁入りが見れるかも」
「え…えぇ。そうですね」
びっくりした。
考えてることが、こうシンクロすると驚いてしまう。
「驚いた。
お若いのに、狐の嫁入りなんて、ご存知なんスか?」
「あ、はい…教えてもらって‥。好きなんです。なんだか、」
ロマンチックじゃないですか?
私はそう言って、狐のお嫁さんがしずしずと、輿入れの行列に合わせて歩くところを想像する。
「ロマチック…そうかもしれないっスね」
私を見て緩く笑ったその顔が、あまりに優しくて。
一瞬息を吸うのを忘れてしまった。
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