04
松さんと並んで、ぼーっと外を眺めながら座る。
今日もすこぶる暑い。
半分のチューパッドを口に咥えて、脱力する。
ちなみにもう半分は冷凍庫だ。
チューパットはとてもお得な食べ物だと思う。
「ねぇ、松さん」
「なぁに」
チューパットが溶けて水滴が短パンから出た素足に落ちた。
「浦原さんって、松さんのお友達?」
あれから浦原さんは本当に、ちょこちょこ松屋にやってきていた。
決まって閉店近くになってやって来て、私が帰った後も松屋にいるようだ。
浦原さんについていくら観察しても、実は少し変態気味ということだけしかわからない。
松さんと浦原さんの関係も知らないのだ。
そのくらい聞いてもいいかな、と松さんに思い切って聞いてみたかったことを聞いてみた。
「そうねぇ…。大切な人のお友達ってところかしら」
「大切な人?」
「そう、大切な人」
松さんはそう言って、目を細めて遠くをみる。
「私にも昔いたのよ、好い人が」
「えっ!松さんの恋人?!」
「恋人…って言ってしまっていいのか、わからないのだけど」
とっても昔の話よ。
松さんはそう言って、いつもみたいに柔らかく笑う。
でもその笑顔は、若い頃の松さんってこんなふうに笑うんだろうな、って思うような笑顔だった。
なんだ、浦原さんは松さんの想い人じゃなかったのか。
ちょっと残念なような、それはそれでよかったような気持ち。
そういえば、松さんの親類の話って聞いたことがない。
この前、浦原さんもそんなこと言ってたっけ。
ふとそんなことを思う。
松さんに家族はいないんだろうか。
もしかして、ずっとその好い人のこと想ってるとか?
だとしたら、本当に気が遠くなるような話だ。
「ねぇ松さん」
「んー?」
「松さんの、その好い人とはさ、結局どうなっちゃったの?」
「さぁ、どうだろうねぇ。私もまだ分からないの」
そう言って、なんとも言えない顔で笑う松さんをみて、聞かないほうが良かったかもと少し後悔する。
誰にでも大切に、自分だけのものにしておきたい秘密があるものだ。
「思い出は沢山あるのよ」
「え?」
「その人は、京さんっていう人でね。
とっても粋な人だったわ…。」
そう言って、懐かしそうに目を細める松さんは、今でも恋してるような顔。
「京さんに私の作るおやつ、褒めてもらったの」
嬉しそうに笑って、頬を染めながら教えてくれた。
あぁ、いいなぁ。
素直にそう思う。
何年経っても、誰かのことをそんなふうに想いながら語れるなんて。
松さんはそのまま話を続ける。
「昔はね、日本中が本当に貧しくて」
戦後、大変な思いをしたのだと松さんは言う。
松さんだけじゃなくて、多くの日本人が飢えに飢えていたと。
「そんな時、甘いものって夢にみるくらいに食べたいものだった。
まさにシアワセの味ね。
それで、少しでも沢山の人に幸せになってほしくて、甘味屋をしようと思ったのよ」
松さんは一生懸命働いて、念願の甘味屋さんを建てたのだという。
お店が少しずつ軌道に乗り始めた頃、京さんに出会ったらしい。
「じゃあ京さんとは、松さんのおやつが出会いのきっかけだったってこと?」
「そう。ほんとは甘い物苦手な人だったのにね」
うふふと嬉しそうに笑う松さんの横顔を、私は嬉しい気持ちで眺める。
「なんだか、楽しそうっスねぇ」
「浦原さん」
店先で浦原さんが、目を細めて笑っていた。
こんにちは。
挨拶をしつつ、下駄を鳴らしながら店内に入ってくる。
「なんの話っスか?アタシも混ぜてくださいな」
「ん、ちょっと内緒の話、ね、名前ちゃん」
「ふふー、内緒内緒」
「えー、なんスかぁ。あたしだけ仲間はずれっスか?」
ぶーと唇を尖らせる浦原さんをみて、その姿が可愛らしくて思わず吹き出してしまう。
「名前サン、笑ったっスね!」
「だぁって、浦原さんが変な顔するから」
「へん?!変な顔って失礼だなぁ」
「あははは、ごめんなさい、ごめんなさい。でも、くる、くるしい、あは」
謝りながらも笑いが止まらない。
「もー…笑いすぎっス」
浦原さんは優しい笑顔で、大笑いする私をみる。
そして、長い腕を伸ばして、大きな手のひらを私の頭に乗せた。
突然、そんな優しい顔になるから。
急にそんなことするから。
私はどうしたらいいかわからなくなってしまう。
「あらあら、仲良しさんなのねぇ、2人とも。
なんだか、昔の私と京さんのこと、思い出すわぁ」
松さんが笑った。
「えっ!松さん!」
「なんのことっスか?」
「な、なんでもないよ、ね、松さん」
「また!ずるいっスよ、松さんだけ、名前サンと内緒話!」
「そこ?!」
ふふふ
また松さんが笑った。
「さ、そろそろ、店閉めようか、松さん」
私は空になったチューパッドのゴミを、ゴミ箱に捨てて立ち上がった。
「そうねぇ、じゃあ私はちょっと奥で休ませてもらうわね」
松さんは頷いて、奥へ入っていった。
最近、少し松さんは元気がない。
暑さのせいもあるのか、疲れやすくなっているみたいだ。
松さん痩せたなぁ…。
前よりも一回り小さくなった松さんの背中を見送る。
「アタシも手伝いますよ」
「ありがと」
浦原さんに笑顔を送ると、浦原さんもへらっと気の抜けた笑みを返してきた。
この人の笑顔も、松さんの笑顔と同じような効果があるらしい。
見ているとホッとする。
「…それにしても、名前サンの今日の服…目のやり場に困るっスね…」
「え?なんで?」
浦原さんの視線が、上から下に順番に下がっていく。
タンクトップから出た腕、鎖骨、短パンからでた足に、じんわりと汗が滲む。
「いや、あの!変な目で見ないでもらってもいいですか?!」
「いやぁ、目の保養、目の保養」
「もう、変な顔してないで、ささっと店を閉めますよ!」
「また変な顔って!ひどいっス!」
「さぁ、働く働く!」
パンパンと手を叩くと、はぁいと気の抜けた返事と共に、浦原さんが動き出した。
明日も明後日も、こんな日が続いてほしいな。
そう願う。
松さんがいて、浦原さんがいて、美味しいお菓子があって。
そんな日が。
夕方でもまだまだ高い太陽をみて、ふっと息を吐いた。
「あっついなぁ」
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