05



夏はあっという間に過ぎていき、虫の声も蝉しぐれから秋虫の声に変わった。

縁側に座って、庭の花を眺める。
蚊取り線香の煙がゆらゆらと揺れて、私の身体にまとわりついた。

「名前サン、お疲れ様です」
「浦原さん」

手渡してくれるお茶の湯呑を受け取る。
礼を言うと、ニコと笑って浦原さんが隣に腰掛けた。
ゆっくりと茶をすすると、いつも松さんがお茶を飲む時の綺麗な所作を思い出す。

「あっという間だったね」

背後のがらんとした部屋を感じながら呟いて、現実感のない変な感覚を味わう。



浦原さんが来るようになって数カ月後、松さんは逝ってしまった。
もうここに松さんはいない。
前回の入院の時、すでに余命宣告を受けていたらしい。

最後は大切な人たちと過ごしたい。

そう言って、松さんは最後の時間を松屋で過ごすことを選んだのだ。
そしてその最後の時間の手伝いを、浦原さんに頼んでいたのだそう。


あの日、いつものように松屋を訪れた私を待っていたのは、薄暗がりと浦原さんだった。
松さんは布団の中で眠るように横たわっていた。

本当のところ、こういう日が来る予感はずっとあったのだ。
どんどん小さくなっていく松さんを見ながら、私はいつの間にか願うようになっていた。
どうか少しでも長く、と。

ぼぅとする頭で、浦原さんが説明する事の次第を他人事のように聞いていた。

昨夜遅く、アタシが看取りました。
警察の実況見分も終えています。
やはり身内の方がいないようで、遺体の引受人がいないのでアタシがどうにかしようと思うんですが…。

はぁ、そうですね、と気の抜けた返答を繰り返すうちに、力の入らない身体と反対に、思考だけは妙に冷静になっていく自分に違和感を感じていた。


お葬式はどうしよう。

喪主がいないんスよ。さっきも言いましたけど、身内の方がいないんで…。

…私がする。

…そうですか。じゃ、アタシもお手伝いしましょ。



それからは早かった。
近所の馴染みのお客さんに電話や直接出向いてお知らせをして、葬儀は松屋で行うことに決め、葬儀に必要な諸々を手配した。
お金は馴染みのお客さんが出し合ってくれ、お花まで揃えることができた。
埋葬は近くのお寺で永代供養でと先に松さんが遺言していたらしい。
物事は私が思うよりも、ずっとスムーズに軽やかに流れていった。
それだけ、松さんと浦原さんが準備をしていたということかと思うと、私は最後までやっぱり守られる立場だったんだと思う。

葬儀では色々な人が声をかけてくれ、皆で松さんの思い出話しをした。

松さんのおやつがとっても美味しかったこと。
松さんがかけてくれた言葉。
松さんが昔とても綺麗だったこと。
男の人は一度は松さんに恋をしたことがあること。
とても強い人だったこと。
そして、どこまでも優しい人だったこと。

皆、泣きながら笑いながら、悲しみや慈しみを共有していた。
私も同じように泣けたらいいのに、不思議と涙は出なくて、皆の話をニコニコと聞いていた。

無事に埋葬まで済ませ、息つく暇もなく店の片付けに入った。
遺品も全て松さんの指示が遺言としてあり、その通りに処分していった。
あっという間に数日が過ぎ、今日の夕方にやっと全てが終わったのだ。

明かりを消して月明かりだけでお茶を飲む。
かつて松さんもそうしたことがあったように。