06



「松さん、幸せだったかなぁ」
「そりゃぁ、名前サンみたいなお友達ができたんスから」

幸せに決まってますよ。

ふわりと笑顔を作る浦原さんの横顔を見て、視線を月に戻す。


「私さぁ、松さんが大好きだった」


浦原さんは黙ってじっと聞いている。


「いじめられて辛かった時も、大学に受かって嬉しかった時も、好きで好きでどうしようもなかった先輩にフラれた時も、松さんに一番最初に話した。
松さんはいつも静かに聞いてくれて、笑ってくれて、一緒にいてくれた」


虫の声がよく聞こえる。


「私は松さんに何ができたのかな。
松さんの何を知ってたんだろう」


松さんにしてもらってばっかりだった。
わかってもらってばっかりだった。
いつも守られて、助けられて、最後まで支えになれなかった。
後悔がいくつも押し寄せる。
不甲斐ない自分に落胆する。

頭の中をぐるぐると自分を責めるだけの言葉が締めていった。
相変わらず何も言わない浦原さんに対しても、その気持ちは向かっていく。
そんな自分が嫌で。


ぽっかりと浮かんだ空白の沈黙の中で、浦原さんの匂いがふわりと揺れた。


「…悔いているんスか?それとも、」


寂しい?


浦原さんの最後の言葉にハッとする。


そうか、私は。


「…寂しい…。寂しいよぅ…」


眼の前がぼやけて、顔が熱くなる。
月明かりが霞んでいく。

私だけ仲間はずれになったみたいだった。
浦原さんと松さんが共有しているものに入れなことも。
お客さんたちが話している私の知らない松さんのことも。
皆と同じように感情を重ね合わせることができないことも。
最後まで松さんが私を守って、頼ってはくれなかったことも。
全てが、寂しくて。


「それでいいんスよ。あれから一度も泣いてないでしょう」


悲しみなさい。そうやって受け入れていくんスから。


いつの間にか抱きしめられた胸の中で、柔らかい浦原さんの声を聞いた。
私は身体中の水が無くなるかというほど泣いた。
嗚咽が喉を枯らして、頭がズキズキと痛んだ。
でもその痛みが、苦しみが、心が少し戻ってきたことを教えてくれる。


「名前サンが知っている松さんが、松さんの全てっスよ。
キミはそれを、よぉく知ってるはずだ。」

だから、何も知らなかったなんて、できなかったなんて、言わないで。

悲しみの波の中で浦原さんの声を聞く。
これから、きっと些細なことで私は松さんを想って泣き、自分を責めたりもするだろう。
でもその分だけ、私は松さんとの思い出を反芻する。
そこに松さんがいる。







「強い子っスねぇ、名前サンは」
「そうでしょう?」

正直、葬儀からの名前さんは見てられなかったっスけど。

喜助が力無く笑うと、松も緩く笑った。
胸の鎖が無機質な音を立てて揺れる。


「あの子は大丈夫。
それに、喜助さん、貴方もついてるんだし」
「ホント、参るなぁ。計算通りでしょう」

さぁどうかしら。

フフと笑う松を見て、喜助はため息を吐いた。

このアタシを動かすなんて、大した人だ、まったく。

喜助は胸中で呟く。

分かっていて乗っかていたところも大いにあったが、松もそれは承知の上で喜助に頼んでいた。
それらも全てわかった上での呟き。

尸魂界に行ったらどんな強者になるんスかねぇ。

喜助は楽しいような、愉快なような気持ちで、口端を持ち上げた。

「それじゃ、そろそろ行くわね」
「アレ、もういいんスか?」
「いつまでも留まって、斬られるのは御免ですからね」
「そりゃそうっスね」

苦笑する喜助を背に、松は空を見上げた。
その姿はかつての若かりし頃の姿。

「向こうさんには伝えてるんで、きっと見つけ出してくれるはずっス」

コレ、大サービスなんスよぉ。

扇子を開いて口元を隠して戯ける喜助に、フと微笑みを残して松が光になっていく。

「名前ちゃんと貴方を引き合わせたのだって、大サービスよ」
「言いますねぇ」
「頼んだわよ、名前ちゃんのこと」
「ハイ。お任せください」

またね。

軽い別れの言葉だけ残して、松が喜助の眼の前からいなくなった。

「ハイ、また」

喜助の言葉だけが、後に残された。