春は待ちぼうけ(2/3)



冬休みも終わり、高1最後の学期が始まる。
早朝、まだ誰もいない教室に入り自分の席に座って、ひんやりと冷たい机に横顔をつけた。
横にかけたリュックから手探りで携帯を取り出して画面を操作する。

光太郎先輩とのメッセージのやりとりを見返すと、ぼーっとしていたのか、文中の御堂筋に連絡先教えてええか?、の一文をよく読みもせず、スタンプだけ送っていたことに対しての自分の謝罪が出てきた。
よく分からない様子で電話に出た私の様子から、御堂筋くんが光太郎先輩に怒ったらしく(彼は意外に常識人なので、多分私に断りなしに光太郎先輩が御堂筋くんに連絡先を教えたと思ったのだろう)、慌てて私からも御堂筋くんに謝罪のメッセージを入れることになってしまった。
そして最終的に私も御堂筋くんに怒られたのは苦い記憶だ。
スタンプだけ見てOKなんやなって早とちりした俺が悪いんや、と泣き笑いマークをつけて送られてきていた光太郎先輩からのメッセージをみて、ほんとごめんなさい、と心の中で再度謝る。

お怒りのメッセージへの返信とともに、一枚だけまともに撮れていたあの写真を編集してデータを送ったが、その後彼からはなんの音沙汰もなかった。

自分が欲しいって言ったんだから、感想くらいさぁ…。

最後のメッセージ欄に表示される写真を眺めてそんなことを思うが、一体どんな感想の言葉が欲しいというのだろう。
よく分からない。


前に御堂筋くんとした会話を思い出す。

“…恐い?”

私が言わずに留めた言葉を、すんなりと繋いでみせた彼の心の内を思った。
人を写真に収めることを恐いと思うなんて、普通理解できないような思考を理解して示した御堂筋くん自身は、他人に対してどういう感情を抱くんだろう。
そして私がこの写真を撮ったことを、どう捉えるんだろうか。

「気持ち悪いって思うかな」

私は、正直、気持ち悪いって思ったよ。

言葉に出した自分の問いに、心の中で答える。

御堂筋くんに私が続けたかった言葉の先を言われた時の感情を思い出す。
誰かが自分のナカへ、ぬるりと侵入してくるあの強烈な違和感。
いや、あの時だけじゃない。
御堂筋くんといると、そういうことが度々あった。
いとも簡単に私の心の動きを読み取られてしまう瞬間。
それはまるで初めてのことで、不快なのかどうかもよくわからなくて。
驚いて反射的に拒否してしまった自分の嫌な感じを、少しだけ悲しく思う。
つい突き放してしまうのは、やっぱり私の中の恐れの部分なのだろうと思う。
これ以上、なにか大きな存在を作って失うことが恐いという、私の中の恐れ。

じゃあ、御堂筋くんは?、と自問自答して、ふと記憶の底から、あの夏の日の階段が浮上する。
御堂筋くんと恐らく初めてまともな会話を交わした、あの時。
夏休み明けの御堂筋くんの違和感を言葉にした私に、彼が言ったあの言葉。

“苗字さんって、キモいな”

あの言葉は、彼の内面に触れようとした私への拒絶の言葉じゃなかったか。
嫌われたくはないなぁとぼんやり思う。
でも、私にとっての【人を写真に収める】ことの意味を知っている御堂筋くんは、どう。

そこまで考えて、私は唐突に悟る。

あぁ、やっぱり私、御堂筋くんのこと知りたいんだ。

何を考えてるのか、気持ちの癖や、思考のパターンとか、そういうものを知って、御堂筋くんのように考えて、感じられたら。

…感じられたら?





「朝から腑抜けた顔やなァ」

頭上から落ちてきたひんやりとした声にびくりと肩を揺らして視線を上げると、黒いシルエットがゆらりと揺れた。

「お、おはよう」

御堂筋くん、と声を掛けるとチラリと視線が投げかけられて、おはようさん、と返事をして目の前を通り過ぎて行く。
そのまま窓際の自分の席までフラフラと歩いていくと、重そうなボストンバックを机に乗せる。
一連の動作に見入っていると、眉を寄せてこちらを振り向いた視線と目があった。

「何ィ?」
「…いや、なんか、久しぶりだなぁって」

苦し紛れに言葉を紡ぐと、なんやそれ、と呆れたように言い、御堂筋くんはストンと席に座る。

誰もいない教室の白い光の中の沈黙は、とても居心地が悪い。

「今日、早いね」
「自主練やったから、早めに切り上げただけや」

「今日から部活?」
「そやね。メニュー消化せな」


ダメだ、会話が続かない。
たった2往復の会話で限界を感じ、諦めて御堂筋くんの横顔に向けていた視線を手元の携帯に戻す。
別に見たいものはないが、手持ち無沙汰でなんとなく携帯をいじった。




「良かったわ、写真」


ガランとした教室に、ポツリと言葉が浮く。

今、なんて。

パッと御堂筋くんを見ると、頬杖をついて窓の外を見ている。
信じられない気持ちでその横顔と背中を見る。

「…あ、りがと…」
「…べェつにィ…」

冬の朝日の中で、御堂筋くんの白い首筋や耳が赤く染まっているのを見た。
よく分からない御堂筋くんの心の内をどうにか汲み取ろうとして。




「―でさぁ、これがおもしろくて」
「ぎゃはは!なんやそれ、おもろー」

ガラガラ―。

クラスメイトがちらほらと教室に入ってきて、沈黙が消えた。
私はハッとして目を逸らす。

今日から新しい学期が始まる。
きっとあれが、御堂筋くんと2人きりでこの教室で会話をする最後の景色だっただろうと思いながら、熱い顔を誤魔化すように私は再び携帯に目を落とした。