「マァナミ、キミィはどこへ行くん?」
それまで黙っていたアキラくんが急に口を開いた。
おや、という顔をしたがマナミはすぐに笑みを取り戻す。
「オレはすぐそこまでだよ。狩場を移動してるだけだからね」
マナミがそう言うと、東堂さんは何が面白いのかくすくすと笑った。
「狩場?」
「うん。鳥を捕まえるんだよ。そして売るんだ」
あれが商品、と網棚に乗っかっている白い布にくるまった荷物を指差す。
「鳥て、鳥そのもの?羽根とかじゃなくて?」
「そうだけど」
きょとんとした顔でボクを見るマナミを、ボクは意味がわからなくて見つめた。
だって鳥を包んだにしては、あの荷物はあまりに薄すぎる。
「見せた方が早いだろう、真波」
「そうですね」
東堂さんが横から声を掛けると、マナミは、よっと立ち上がり網棚から例の荷物を下ろした。
「これは鷺だよ」
手早くくるくると包みをマナミが解いて広げてみせる。
ボクらは目を見張った。
そこには確かに、あの白い十字架のように光る鷺の体がぺたんこになって横たわっていた。
「ほんとに鷺だぁ」
苗字サンが感心したように呟く。
「目、瞑っとる」
ボクはその三日月型の閉じられた目を、そっとなぞった。
感触は確かにふわり柔らかい。
「これ、どうするん?」
「どうするって、食べるよ、もちろん」
「え?!食べられるん?」
「そりゃそうだよ」
もしかして食べたことない?、とマナミが不思議そうに言った。
「鷺も鶴も注文結構あるんだけどなぁ。でも雁の方がずっと人気だけどね」
喋りながら別の布を解いて、またぺたんこに綺麗にならされた雁を見せてくれた。
雁の黄色と青と白のまだら模様が、ペカペカと何かの明かりのように光っている。
「ね、綺麗でしょう?
ちょうどいいや。これは余り物だからキミたちにあげる」
布の上に横たわっていた最後の雁を持ち上げると、音もなく半分に割いて、それをまた更に半分に割いた切れ端を渡してきた。
ボクと苗字サンは小さな雁の切れ端を一枚ずつ持って、顔を見合わせる。
「キミもどうだい?」
「ボクゥはええ」
それまでボクらのやりとりを眺めていたアキラくんは、ふいっと顔を逸らしてまた窓の外に視線を送った。
「じゃあ、東堂さんどうぞ」
「悪いな、商品をもらってしまって」
「また獲るんで、大丈夫ですよ」
東堂さんは嬉しそうに雁の切れ端を口に入れて美味そうに食んだ。
口を動かすたびに、雁の灯が消えてはつき、消えてはつきを繰り返しているのが分かる。
ボクは唾を飲み込んで、思い切って端っこを少し齧ってみた。
それは甘くて、砂糖菓子のように口の中でほろりと砕けた。
口の中でチカチカと灯が鳴って、消えていくのが分かる。
ーなんや、ただのお菓子やないか。
心の中でボクは呟いて、変な嘘を吐く人やなぁ、とマナミを見る。
疑わしげなボクの視線をよそに、マナミは東堂さんと渡鳥の景気や最近起こった鳥の大移動で燈台の灯が遮られた話なんかをのんびりとしている。
「これ本当に鳥?ただのお菓子でしょう?」
同じことを思っていたのか、苗字サンが不思議そうに言った。
マナミと東堂さんが、えっという顔をして話を中断した。
ボクも慌てて苗字サンを見る。
芒がなくなって、光が遠い向こう側から車内に差し込んできた。
「あっ、やっばい!ここで降りなきゃ!」
我に帰ったようにしてマナミは慌てて荷物を持って立ったと思うと、もうその姿は見えなくなってしまった。
「あれ?!」
「どこ行った?」
ボクと苗字サンは2人して顔を見合わせると、東堂さんがにやりと笑って少し伸びをしてアキラくんが見ている窓の外を見た。
ボクらもつられるようにして、その視線の先を追う。
窓の外ではマナミが両手を大きく広げて、何かを待ち構えるようにしてカワラハハコグサの原に立っていた。
カワラハハコグサが青や黄色の燐光を発して、まるで夢の中にいるようだ。
「む。そろそろ来るな」
東堂さんが愉しげに呟いた途端、ぎゃあぎゃあと鳴き声がしたかと思うと濃紺の空から一斉に流れ星のようにして鷺が降ってきた。
マナミは、そぉれ!、と楽しそうに叫ぶと、数匹の鷺の黒い細い足を器用に掴んで袋に入れ込んでいく。
袋の中でぴかりぴかりと眩しい光が点いては消えてを繰り返すうちに、徐々に明かりは弱まり遂にはぼんやりとした白い光を発するのみとなった。
マナミが獲りきれなかった鷺たちは天の川の原にそっと降り立つと、安心したようにそっと目を閉じてそのまま溶けていく雪のように地面に広がっていく。
カワハラハコグサのあの燐光は、あぁ鷺たちの命なんだ、とボクは思った。
「あぁすっきりした。ちょうどいいくらい獲れた」
聞き覚えのある軽やかな声がしてふわりと風が舞う。
ハッと隣を見るとそこではもう、マナミがいそいそと鷺を綺麗に重ね直しているところだった。
「どうやって、あそこからここまでいっぺんに来たん?」
ボクは驚きながらも、多分当たり前のことなんだろうなという気持ちもしながら思わず言った。
「どうって、来ようと思ったから来たんだよ」
案の定マナミは、どうということもない、という顔で首を傾げて言っただけだった。
fin
