銀河鉄道の夜
11

これは、夢だろうとわかっている。
見知った顔が出てくるのは、記憶にないものは脳の中で映像化できないからだ。

窓の外、流れていく不思議な光景を見つめながら自分に言い聞かせる。

ちょっと列車の中を探検してくる、と2人の子供は行ってしまった。
子供の順応力は凄いなと感心する。
自分など、ここに迷い込んでからというものずっと混乱しているのに。
いやあの2人だって、現実ではないのだから関係ないのかもしれない。

それにしても夢であろうが、同姓同名の自分の幼少期にそっくりな男の子が動いて喋っているのは、気分がいいものではない。
痩せっぽちで、無口で、目だけは爛々と輝いているようなそんな子供。

「可愛ないなァ」

いつの間にかかぶっていた、嫌に馴染みの良い学生帽をグッと目深に下す。
暗くなった視界で耳を澄ますと、どこからか音楽が聞こえきてた。
この曲はなんだったか。

「新世界交響楽だよ」

帽子の隙間から、聞こえてきた声の方向を辿って視線を向ける。
燈台守だと言っていた東堂が、こちら側の窓の外遠くを見つめていた。

「もうそろそろサザンクロス駅が近いからな。
数駅前でもこの曲が聞こえる。
美しいだろう。何度聴いても飽きんものだな」

東堂はそう言うと前を向いて、口元に綺麗な笑みをたたえたまま、目を閉じて音楽に聴き入った。

確かに東堂の言う通り、夜空を走りながら聴く新世界は美しかった。
終わりに向かう儚さと、うっすらと漂う仄暗さとが混ざり合って、恐ろしい程に美しい。
まるで世界の終末のように感じられて、だけどもう足掻くこともできず、強制的に覚悟を決めさせるような、そんな感覚。

何故だか、自分とそっくりな少年の隣にいた、可愛らしくころころと笑うあの女の子のことを思い浮かべていた。
どこかで彼女に会っている筈だ。どこかで。

とても大切な人で、ボクのー。

「アキラくん」

不意に声を掛けられて、ハッと視線を上げると子供たちと真波が戻ってきていた。
その後ろには、確か総北の。

「巻ちゃん!!」
「…切符を拝見」

叫ぶように言って車掌に向かって輝く笑顔を向けた東堂を他所に、心底面倒そうな顔をした長身の車掌が切符を切る鋏をゆらゆらと揺らした。
胸元には案の定、“巻島”と金字で刻印されたプレートが付いている。
長い玉虫色の髪は三つ編みにしてあり、その三つ編みを東堂が悪戯っぽい顔をして弄び反応を伺っている。

「やめろっショ!」

苛ついた様子で巻島が三つ編みを東堂から取り上げ前に垂らすのを見て、東堂は満足気にくすくすと笑った。

「まぁそう怒るな」
「うるさいっショ」

東堂から切符を受け取ると、巻島がぱちっと小気味のいい音を立てて切符を切る。

「巻島さん、今日機嫌悪くないですか?」

真波が切符を手渡しながら言う。

「んあ?あー…。いや、大したことないっショ。
ただなんか、落ち着かねーっつうか…」

巻島は腑に落ちないといった顔をしながらも、流れるような動作で切符に傷をつけた。
真波はというと、自分で聞いておいて、ふぅん、と興味のなさそうな相槌を打って切符を受け取る。

「ハイ、切符拝見」

いよいよ余所者3人のところに回ってきてしまった。
子供2人と顔を見合わせる。

「どうしたっショ?切符は?」

まずい。
そんなものあろうはずが無かった。
乗ろうと思って乗っているわけではないのだから。

「あれー?切符どこに仕舞ったか忘れちゃった?」

真波が愉快そうに声を掛けてくる。

背中をツゥっと冷たい汗が伝った。
こんなところで投げ出されてしまってはお手上げだ。
せめてこの子達だけでもどうにかならないかと考えを巡らす。

「なんだと、3人ともか。
案外ポケットの中に入っていたりするのではないか?」

東堂の言葉を聞いて、入っとるわけないやろ、と心中で舌打ちする。

「いいから、騙されたと思って探してみろ」

そんな心中を察したかのように東堂がキッパリと言った。
クスクスと笑う真波を巻島がじろりと見る。

3人がそれぞれ恐る恐るポケットを弄った。

カサリと音がして少年がポケットから包みを取り出した。
包み紙の中身がぼんやり光っている。

思わず興味を惹かれてその小さな掌を覗き込んだ。
全員同じ気持ちだったらしい。
少年を取り囲むようにして、その場にいた皆がその包みの中身に注目していた。

「これ…」

御堂筋少年が不思議そうに呟きながらくしゃくしゃになっていた包みをそっと開けると、淡い色の金平糖が3つころりと入っていた。
金平糖それぞれが、ぼんやりと柔らかく瞬いている。

「これ石垣のおっちゃんがくれたやつや」
「石垣…」

少年の小さな呟きの中に、馴染みのある懐かしい名前を聞いて不思議な気持ちになる。
あぁいつぶりだろう、その名を聞いたのは。

「これは」
「うん、これは凄いですね」
「初めて見たっショ」

気がつくと、3人がうーん、と唸って、その小さく光る塊に目を落としていた。

「珍しいものなの?」

少女がそっと問いかけるように聞いた。

「珍しいなんてもんじゃないよ。
こんなのどこで手に入れたの?」

真波が大きな目を更に大きくして少年の顔を覗き込む。

「な、なんだか、わからん」

少年がおどおどと答えた。

「…まぁ、とりあえず、お前ら3人いいっショ。
そんなもん出されちゃ、切符云々の話じゃないからな」

巻島はため息を吐くと、やれやれどうりで落ち着かねぇわけショ、と呟いて猫背の背中を更に丸めて巡回に戻っていった。


fin
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