いつもそうだ。
終焉は突然やってくる。
音もなく、気がつけば背後に佇んでいる。
肩を叩くのは死神か、それとも。
「夜鷹花魁、お客様がお待ちです」
「はぁい」
今日の客は珍しく飛び込みだと聞いた。
通常、花魁の指名は常連が占める。
客は次の約束をして店を後にするからだ。
馴染み以外の客に会うことなど、ほぼ無いことだと言っていい。
「今日のお客はどんな御方?」
「はい、飛び込みのお客さんですけど、お召し物も上品で偉ぶらず粋な御方です」
「そう」
廊下の角を曲がり、客の待つ座敷が見えた。
瞬間。
ふっと香った薫りに全身の毛がぞわりと逆立った。
「翆」
「?姐さん?」
急に立ち止まった私を、心配そうに翆が覗き込む。
カタカタと震えだす身体を抑えるように、そっと拳を握りしめた。
すっと吸い込んだ息を肺に満たしていく。
「わっちとしたことが、大切な用を忘れていた。
翆、お遣い頼める?」
「でも、お座敷が…」
「座敷はわっち一人で大丈夫。それよりも大事な用なの。ね?」
お願い、と緩く笑って見せると、戸惑いながらも小さな頭をコクリと下げてくれた。
「ありがとう」
手短に、ある屋敷まで伝言を届けるよう伝える。
表向きは夜鷹の馴染み客がいるということになっている屋敷だ。
実際は四楓院家の持ち物で隠密活動時に使用するものだが、私は専ら連絡用につかっていた。
伝言は、恐らくこれが最後になることを告げる浦原へ向けた暗号だが、無事に届くかどうか。
どちらにせよ、翆にとってはここにいるよりはまだ安全だろう。
反対方向へ歩いていく翆の小さな後ろ姿を見送って、私も足を踏み出し障子に手をかけた。
「失礼致します」
「よぉ」
久しぶりだなぁ。
独特のその声音。
忘れもしない、この匂い。
「鷹」
震える喉から、その名を出す。
この男だ。
私に暗示をかけ夜一様を殺させようとした男。
「嬉しいねぇ、覚えててくれたのかい?
俺はお前がいなくなって寂しくてなぁ。まさか生きてたとはな。正直ここにこうして来るまで半信半疑だったんだがなぁ。
俺はてっきりあちらさんで処分してもらったモンだとばかり思ってたぜぇ」
鼻が曲がりそうな匂いが鼻腔を掠める。
顎を無理矢理上に引き上げられて視線が合った。
瞳孔の開いた鋭い視線が殺気を直に伝えてくる。
「でぇ?この後に及んで、まぁた俺の仕事邪魔してるのは、なんの嫌がらせだ?」
「はて、なんのことやら」
目元で緩く笑ってみせれば、鷹の眦がひくりと動いた。
「オイ、良い子だなァ、お前はよぉ」
薄気味の悪い笑みを浮かべ、顎に当てられていた指が耳に触れる。
込み上げる吐き気を抑えて冷たい目で見返した。
「それが私にかけてた暗示の発動条件?」
「チィッ」
とうの昔に暗示は解かれている。
私が処刑されなかったのは、浦原がこの暗示にかかっていたことを突き止めたからだ。
使えない駒だとわかるや否や、鷹の動きは素早かった。
気がついた時には壁に押し付けられ、首を抑えられ短刀が突きつけられていた。
背中に走る激痛に息が止まりかけるが、視線をそのまま目の前の男に送る。
「昔の名で諜報なんざ、てめぇ、何企んでやがる」
「あぁそうでしたねぇ。鷹の兄貴は親父がつけた私のこの名が嫌いでしたっけ」
「俺はテメェにその名を何度も捨てろっつたよなぁ?」
憎々しげに歪むその表情を見て、私は思わずうっそりと目を細める。
「その顔をやめろっつってんだ!」
怒声と共に大きく振りかぶられた短刀の切先を受け流した。
殺したい程に憎い相手だったからこそ見てきた癖や、感情の細かな揺れに気がつける。
皮肉な話だ。
「兄貴の方こそ、貴族の偉いさんと何企んでるんです?
流魂街の連中拐かしたりなんかして」
「知るか。知っててもテメェに言うかよ」
殺り合いながら言葉を交わしていると昔に戻ったようだ。
あの地獄のような日々に。
「そう簡単に口は割ってくれませんか」
「ハッ。だから舐めんなっつただろうが!」
投げられた短刀を交わして、そのままの流れで相手の懐に飛び込む。
コイツは剣の扱いが下手だった。
いつも隙が生じる。
もらった…!
懐の脇差を素早く抜いて相手目掛けて突き立てた。
筈だった。
「なっ…?!」
脇差は空を切り、そこにある筈の重量がないことに気がついた時には遅い。
しまっ…!
一瞬、嬉しそうに細められた瞳が視界の端に捉えた。
「仕舞いだよ」
この世で最も嫌いな男の声が終わりを告げる。
だけど、こうなることを私はどこかで知っていた。
そうだ、私が普通に死ねるわけなんてない。
これは報いだ。
終
