終わる。
これでやっと。
死の間際、何を考えるのだろうといつも想像していた。
じんわりと熱が広がる腹の感覚を確かめながら、傾いていく景色を見ながら私はその時を迎える。
ゆっくりとこちらに向かってくる鷹の足音を聞く。
奴は容赦なく私の喉を掻っ切るだろう。
今私を満たすのは、安堵だ。
大切な物を壊してしまう恐れや、一度知ってしまった暖かさを失う絶望感や、耐えられない自責からの解放を予感して、私は。
あぁ、やっと。
「許さないっスよ」
耳元で囁かれた聞き慣れた深い声に、解き放ちかけていた意識が急激に引き戻された。
「な、ん…」
揺らいでいた視線のピントが合っていく。
バサりと揺れた黒い羽織が滑り落ちて、柔らかな茶色が溢れた。
その柔らかさを触れて確かめたいと、かつて願ったその髪がふわりと舞う。
「いつの間に」
「さァて、いつの間にでしょうねぇ」
鷹の呟きは私の心中をそのまま映していたけれど、浦原の返答と共に鷹の瞳に生気の色は無くなっていた。
気がついた時には後ろに回り込まれて、鷹の喉が掻き切られていた。
ドサりと音を立てて転がったのは、私ではない。
転がって此方を見る虚な瞳を見た。
どこか満足げな表情にも見える。
あぁそうか。
奴もまた、解放されたかったのか。
この地獄のような円環から。
「酷い怪我だ」
急に視界に入り込んできた鳶色の瞳が揺れた。
ふんわりと目の前に屈んで微笑む浦原の目線を、私は受け止めきれず横に逸らす。
それでも頬に添えられた掌から伝わる熱からは逃れられない。
その熱と裏腹に、小刻みに伝わる震えが苦しい。
「名前サン」
呼ばれたその名の余韻を味わう。
「夜鷹は死にました」
ゆったりと笑みを含んだ声音を聞いて、私はゆっくりと視線を戻す。
柔らかそうなその前髪の向こう側で揺れる瞳をとらえる。
貴方はどこまでも優しくて、そして
「…残酷な人」
ぽつりと呟いた自分の声がやけに頭に響く。
同じように震える手を伸ばして、目の前の肌に触れた。
想像よりずっと柔らかいその温もりを、私の掌に押し付けてくる。
「アナタの為なら、蛇にも鬼にもなるっス」
それに、
私の青白い指が触れていたその唇が動いて、悲しそうに歪んだ微笑みで彼が言う。
「言ったっスよね?
アナタはボクのなんスよ。
勝手に諦めて死ぬなんて、許さない」
傲慢だなぁ。
そう思ったのか、言ったのか。
自分でも分からないけれど、でも多分見透かされているだろうと思う。
暖かい掌に視界が遮られて、柔らかな闇が降りてくる。
私は何も考えずに、その闇に意識を手放した。
終
